六章・陽光(1)
【目を覚ませ! アサヒッ!!】
焦るライオ。想像以上の凄まじい爆発で大きなダメージを受けたアサヒは、未だ意識を取り戻さない。代わりに自分が肉体を制御しようとしたが、それもまた叶わずにいる。
【結晶に傷……!?】
自分達の核になっている“竜の心臓”が剥き出しになり、その表面に亀裂が入っていた。致命傷ではないが、一時的な機能不全に陥っている。そのせいで回復がいつもより遅いし交代もできない。
他に手は無いか──彼が方法を模索している間に、ドロシーは何故か“箱庭”へ干渉し始めた。事情はすぐに察する。
それ自体は朗報である。本当に彼女が死んでいたら、知った瞬間アサヒは絶望に沈んだだろう。そうなれば、まず敗北が濃厚で、良くても魔素を暴発させての痛み分け。
だが、このままではより最悪の結末を迎える。あの娘がドロシーに囚われたら、そこで終わり。彼にもようやく奴らの本当の狙いがわかった。あの女と蛇は記憶災害化した朱璃と同化して強引に取り込むつもりなのだ。そうなればアサヒも、必然的に連中に降るしかなくなる。
どうしたらいい? どうやって切り抜ける?
焦燥するライオの頭上で、何故かドロシーの表情にも変化が起きた。
「まさか!?」
なんだ? 驚いた瞬間、さらに驚愕すべき事態が起こる。女の干渉していた
「箱庭が──クソッ!?」
迫って来る刃。跳躍して避けつつ悔しがるドロシー。切り裂かれた球体から、さらなる輝きと共に“彼女”が姿を現す。
「逃がすか!!」
【なんだと!?】
朱璃だ。なんと自力で脱出してきた。しかも、その手には伊東 旭の抜け殻に酷似した別の杖が握られている。
「逃げるつもりなんて無いわ。そもそもここは私達の体内! あなたはまだ、この手中にいるのよ!」
「しゃらくさい!」
朱璃の周囲に渦が生まれ、体内へ吸い込まれたと思った次の瞬間、水晶のような六角柱がいくつも虚空から吐き出され、彼女に向かって襲いかかろうとしていたドロシーを包囲する。
「疑似魔法!?」
「どいてろ、紛い物!」
ほとんど隙間無く組み合わされた“檻”に、すかさず刃状障壁を放つ朱璃。ドロシーを象った人形は、再び体内の結晶を切り裂かれ消失した。
だがもちろん、これで倒せたわけではない。
「アサヒ! すぐにここから脱出するわよ! 中にいたら埒が明かない!!」
【待て、どうやってだ!?】
普段なら彼の思念波は届かない。衝撃的な展開の連続のせいで、その事実を忘れて問いかけるライオ。
ところが返答はあった。
「この杖があれば可能よ」
【貴様、聞こえているのか……我の声が】
「さっき、やられそうになった時からね。なんでかなんて考えるのは後でいい。アンタが答えたってことは、アサヒはまだ寝てるの?」
【結晶が破損した。おそらく、それによる機能障害が原因だ。交代もできん】
「回復は可能?」
【この程度なら、あと数分で修復されるだろう。我の心臓を舐めるな】
「別に舐めちゃいないわよ。そういうことなら仕方ないわね、アタシが運ぶ」
霊力糸でアサヒを絡め取る朱璃。そのまま自由な両手で杖を振り被る。ここがドロシーの体内だというなら、さっきと同じことをするまで。
もちろん、単に魔素の刃を振り抜くだけで脱出はできない。そんなことで外へ出られるなら、伊東 旭がとっくの昔に成し遂げている。
必要なのは見極め。この偽りの世界と、現実世界との境界を見抜き、そこへ的確に刃を通すこと。
(できる)
さっき
心の境界を見抜く霊術。
「ここだ!」
彼女が見せてくれた術を解析し、習得した朱璃の目には青い光の線が映った。迷わず刃を振り下ろす。
世界が割れ、光が流れ出し、その流れに乗って外へ飛び出た。
「なにこれ!?」
現実世界の東京に出るのだと思ったら、そこは空中。ドロシーの体内に似る煙った視界。ただし、こちらは暗い。時折周囲で稲光が閃く。その度に新たな記憶災害が生じる。
雲か。おそらくここは雷雲の中。咄嗟に飛翔術を使い、高度を維持する。そんな彼女を輝く一対の瞳が見下ろした。
【まったく、我が子孫ながらヤンチャな子】
雲の中、さらに高い位置に何かいる。とてつもなく大きくて長いシルエット。先端から声ならぬ思念波が発せられる。
【じゃじゃ馬にはしつけが必要。接待ゲームは、もうおしまい。あなたにも月華達と同じように教育を施してあげる】
朱璃はまっすぐ睨み返す。杖を構え、アサヒを糸で構えたまま傲然と、見上げながらに相手を見下す。
「やれるもんなら……やってみなさい!!」
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