六章・陽光(2)

 ついにカートリッジの中の結晶体しんぞうが消え果てた。体内の魔素も尽きかけている。弾倉を抜いて確かめると、残弾もほとんど無い。

「……そっち、あと何発?」

「四発だ……」

 小波こなみと背中合わせに座り込み、荒い息をつく。

 朱璃が開発したDAシリーズもMWシリーズも本当に優秀な兵器だ。装甲の半分は既に剥がれ、残りもひしゃげ、フレームは歪んでいる。噴射機がいくつか脱落し、友之の方のMW六〇一は盾にしたせいで使えなくなった。それでも壊れてしまうまでは、数多くの敵を屠ってくれた。

「班長と同じ時代に生まれて、良かったね」

「だなあ」

 彼女がいなかった時代の先輩達は、どれだけ悔しい思いをしてきたんだろう。普通の銃では竜を倒せない。普通の鎧では一撃受ければおしまいだった。すごくすごく大変だったはずだ。辛くて、哀しくて、悔しかったはずだ。


 でも、そんな彼等が諦めず前へ進み続けてくれたから今に繋がった。星海ほしみ 朱璃という少女が生まれて来てくれた。


「なら、まだやれるね」

 背中合わせで、互いを支えにして立ち上がる二人。

「ああ」

 銃弾は残り僅か。魔弾はもう使えない。アシストスーツはただの重りになった。けれどまだ動ける。南日本の職人が鍛え上げてくれた太刀だってある。

 周囲では仲間達もまだ戦っていた。もう、ぱっと見で数えられるくらいしか生き残っていないようだが、それでも抵抗を続けている。月華げっかが、風花ふうかが、烈花れっかが、斬花きりかが、大谷おおたにが、門司もんじが、マーカスが、カトリーヌが諦めず抵抗を続けている。なら自分達だって、休んでなんかいられない。

 また東京を取り巻く魔素の雲から、そして頭上の雷雲から新たな記憶災害の獣達が吐き出された。

 無数の竜巻が発生し、洪水も押し寄せて来る。

 イナゴの群れが頭上を埋め尽くす。

 地が揺れ、炎を噴き上げた。


 ──本当に圧倒的な力。あの蒼黒そうこくをも上回る脅威。これがドロシー。シルバーホーンが恐れた最強の怪物。


 それでもなお、戦場に立っている者達の目に諦めの色は浮かばない。調査官も、兵士も、術士も、護衛隊士も、何度倒れても立ち上がる。頭上から鳴り響く轟音。あの音が聴こえ続ける限り、彼等の心は挫けない。


 アサヒと朱璃が戦っている。

 そう信じて、自分達もまた立ち向かう。


「班長、ありがとうございます。助かりました。でもこれ、脱ぎます!」

 迫り来る敵を見据え、緊急時には瞬間的に脱ぎ捨てられるよう朱璃が仕込んだ分解機構のスイッチに触る友之。小波も同様にDA一〇七を外そうとする。

 だが、その時だ。

 突如、空に輝きが生じた。

「なんだ!?」

 見上げた二人は、信じられないものを目撃する。

 月華やマーカスも大きく目を見開いた。

「……流石」

「やっと、やっと戻って来やがったか……バカヤロウ!」


 深夜の空に“太陽”が生まれた。




「艦長、あれを!!」

「なんだ!?」

 東京湾の入口、かつての横須賀港。辛うじて隠れられる廃墟を見つけた水無瀬みなせ艦長以下東京遠征艦隊は、ここに潜んで朱璃達からの連絡を待っていた。

 彼等が初の長距離航海を行ってこの場所まで来たのは、いざという時の脱出行における選択肢を増やすためだ。海路でなら陸路よりさらに短期間で秋田まで戻れる。慣れない海での操船や対海獣新兵器の取り扱いに手間取ったせいで予定よりも少し遅れてしまったが、実際この場所までは無事に辿り着けたし、帰りは想定通りの日数で戻れるはず。

 それで、とにかく東京へ突入した者達の帰りを待っていたわけだが、突如としてそびえ立つ雲の結界の向こうに強烈な輝きが生じた。

「戦って……いるのでしょうか」

「かもしれん」

 さっきからそれらしき音や振動は観測されている。だが、雲の結界の向こう側で起きていることをここから正確に知る術は無い。

「我々も突入すべきです!」

 南日本から派遣されて乗艦した術士達が、そう騒ぎ立てる。あの中にいる親や姉妹達が心配でならないのだろう。

 だが、そうはいかない。

「我々の任務はここで待機することだ。闇雲に動くべきではない」

 下手に突入して戻れなくなったら、突入部隊がいざ脱出して自分達を頼ろうとした場合に困らせることとなる。艦隊──といっても二隻だが──も、守らなければならない。

「しかし……!」

 なおも術士の少女が食い下がろうとした時、雲の結界にさらなる変化が表れた。

「艦長!」

「なんだ、あれは!?」

 それまで規則正しく一定速度で回転を続けていた雲がピタリと動きを止めた。表面に渦がいくつも生じ、奥へ向かって魔素が吸い込まれて行く。

「雲が薄れて、向こう側が見えてきました!」

「結界が消えるのかもしれません!」

「艦長!」

 これを好機と捉え、再び突入を提案する少女達。

 だが方針は変わらない。自分達はここを守る。

「我々は動かん! ただし!」


 水無瀬は笑った。結界が消えてくれるなら、たとえ一部分でも晴れて敵影を捉えられたなら、ここからだってできることはある。


「ついにあれの出番だ! 南のお嬢さん方にも手伝ってもらうぞ!」

「は、はいっ!!」

 大きな音を立て、彼等の背後で動き出すものがあった。それはとてつもなく長い筒状の物体。しかも数は三本。


 その名も四五口径四六cm三連装砲。戦艦大和の主砲を現代に蘇らせ、王太女・朱璃が改造を施したMWシリーズ史上最強最大の超絶トンデモ兵器。


「いつでも撃てるように砲身をあの光の方へ向けておけ! どんな敵だろうと、この海軍魂の象徴でぶち抜いてくれるわ!」

「ウキャーーーーーーッ!!」

 艦長の頭上で、何故かこの旅についてきてしまった子猿が、やんややんやと手を叩いた。




 光が雷雲を消し飛ばし、中心に生まれた太陽が、そのまま地上へ落ちてくる。

 いや、舞い降りて来た。飛翔術を使って。

「褒めてあげる、アンタ達! よく生き残った!」

 アサヒを糸で抱えたまま大地に降り立つ朱璃。その手に持った杖から放射される銀色の光に包まれた途端、生存者達の肉体にも変化が起きた。

「き、傷が……!?」

「右目が、元に戻って……!!」

 負傷が瞬く間に治癒されていく。しかし失明した右目の快癒に喜んだ烈花や他の面々に対し、朱璃は素早く水を注した。

「悪いけど一時しのぎよ。本当に治ったわけじゃなくて、魔素で損傷部分を埋め合わせただけ。後で死ぬほど辛くなると思うから、先に言っとく」

「そんな……」

「後で言って欲しかったッス!」

 ガッカリする一同。しかし一時的な措置とはいえ、これでまた五体満足な状態で戦える。そう思うとやはり嬉しかった。

「朱璃!」

 駆け寄って来たマーカスを見上げ、フンと鼻を鳴らす朱璃。口許は笑っている。

「大したもんだわ」

 周囲に転がる夥しい数の友軍の死体。これだけの激戦を潜り抜けておいて、やはりこの男は未だ無傷。自分の育て親は、本当に生き延びることに関しては天才的。


 これ以上無く優秀な調査官だ。


「さあ、やるわよアンタ達! やっと親玉が出て来る! あのクソ女をぶっ飛ばして完全決着といこうじゃないの!!」

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