四章・欲暴(2)
「まったく、アクビが出そうだわ。私は二二〇年、この日のために鍛えてきたというのに、努力が足りないんじゃない? 努力が──ね!」
「ガハッ!?」
脚を変形させ、人間には知覚できるはずのない速度で走っていたアサヒが腕一本で叩き落とされアスファルトを砕き、地面にめり込む。一瞬、ドロシーは嘲笑を浮かべた。だが次の瞬間、初めて回避行動に移る。
「ちょっ!?」
アサヒの背後から立て続けに撃ち込まれる魔弾。彼を目くらましに絶好のタイミングで仕掛ける朱璃。
一発目は障壁で防いだ。だが二発目で早くも障壁が割れる。素早く横に動くドロシーの、その跳躍した先にさらに一発、三射目が飛んで来ていた。彼女がそこへ来ると予測した上での置き弾。
避けられない! そう思った瞬間、突き刺さる閃光。
しかしダメージは無かった。彼女の意思に関係無く、蛇の方のドロシーが障壁を使って防いでくれたのだ。コンビでなければ危うかった。
「アハハ」
再び足を止め、笑う彼女。体内の魔素を消耗した朱璃も一旦攻撃の手を止める。今のを防がれるのでは、同じことを繰り返しても意味が無い。
「素晴らしい……素晴らしいわ朱璃!」
まさか、こんなに早く自分に一撃当てられるとは。やはりあの娘の才能は格別に優れている。
「気安く呼ぶんじゃないわ、ババア」
答える朱璃の右目の中で六芒星が輝く。月華達から学んだ知識を基に独自開発した術で、視認した対象の一秒先の未来位置を高精度で予測するものだ。この新術と彼女の魔弾とを組み合わせた威力は見ての通りである。
だが、それでも通じなかった。走り出し、隙を伺いながら次の一手を探り始める朱璃。
一方、ドロシーも朱璃とは逆方向へ走り、互いに円を描くように移動しながら約束通り自分の“動機”を語り始める。
『退屈だったのよ』
その声は、よくよく聴けば地面や周囲の建物から発せられていた。街全体が魔素による再現。その魔素を震わせて自身の声を合成している。兵士や術士達が幾多の怪物と戦う喧噪の中でも、だからこそ良く通る。
『最初は、彼の存在に胸が躍った』
伊東 旭。
人類で最初に魔素に適合し、使いこなした男。
後の彼女の夫であり、そして
『……』
ドロシーは一旦、語るのをやめた。その間に討伐軍の戦士達がまた新たな“竜”を屠り、彼女の言うポイントを積み重ねる。
そして、また語り出す。
『でも、すぐに飽きたわ。同じことの繰り返しだもの。記憶災害が発生する。彼が倒して人々を守る。記憶災害が発生する。また彼が頑張って人々を守る。いつまで経ってもそればかり。内容が変わらないヒーローショウ』
どんな面白い見世物だって、同じ演目ばかりではつまらなくなって当然だ。
『国造りは、まあ、多少は楽しめたわよ? 渦巻く者としての能力以外凡庸な彼を、王様として磨き上げる日々も悪くはなかった』
せっかく捕まえた男だから自分好みに仕立て上げた。生まれながらのヒーローのように、誰もが憧れる“主人公”さながらに。
「クソッ!」
まるで自分が馬鹿にされているように思えて闇雲に攻撃を繰り出すアサヒ。だがやはり通じない。二本の細い腕が、そして絡み付いた蛇が、力任せの素人体術を嘲笑い翻弄する。常人を遥かに超えた身体能力を発揮できても、相手もまたそれに匹敵する反射神経や動体視力を有していれば関係無い。その状態では技量の差こそが物を言う。
ましてやドロシーは二二〇年研鑽を重ねて来た。互角の身体能力に加え、朱璃の術同様に相手の動きを経験則から先読みできる。ならば彼女の優位は揺るがない。
「梅花! 向こうを手伝ってあげなさい!」
「承知!」
アサヒだけでは手に余る。そう判断した月華は自分が他のフォローに回り、カトリーヌを星海班に合流させた。
「あら、こっちは結構手強そう」
「その首、貰うぞ!」
飛翔術と人体の限界まで鍛え上げた肉体。さらにアサヒには無い経験と技術を駆使して斬りかかる彼女。
もちろんアサヒより遅い相手など、たとえ玄人だろうと敵ではない。ドロシーは軽々とあしらったが、そこへ朱璃の魔弾が飛んで来た。
「チッ!」
あの未来予測の術は厄介だ。こちらがどれだけ素早く動こうと、次の瞬間どこにいるのかを見抜かれていては意味が無い。
仕方ない、先に朱璃から始末しよう。そう思って間合いを詰めようとしたところへ残る星海班メンバーが牽制射撃を浴びせて来る。
「やらせるかよ!」
弾を適度にばら撒き、こちらがどう動こうと必ず当たるよう攻撃してくるマーカス。威力は無いが、生身のドロシーは一応障壁で防ぐ。
「今だ!」
「しゃあッ!」
攻撃を防ぎ、足を止めたその一瞬を狙い近接攻撃を仕掛けて来るアシストスーツを着た男女。友之と小波の振るった太刀は、カトリーヌ同様に受け流される。
だが彼女が反撃に出るより速く、さらなる銃撃が浴びせかけられた。大男と白衣の女による渋いタイミングの援護射撃。
となると、次は──
「今だっ!!」
「シッ!」
予想通りアサヒの拳が心臓を狙い、カトリーヌの長刀は脚を狙って払われる。ところがドロシーは跳躍し、空中で仰向けの姿勢になることで両方同時に避けた。
すると、その腕に何かが絡み付く。
「!?」
バランスを崩し、背中から落下したところへ魔弾が飛来。アサヒが左手をライオのそれに変化させ、同時に追撃を仕掛ける。
「くっ!?」
障壁で魔弾を防ぐ。巨大化したドラゴンの手は、そのまま彼女を捉えて地面に抑え込む。
「みんな!」
完全に動きを封じた。すかさず右の拳に魔素を集束させ、トドメの一撃を繰り出そうとするアサヒ。今の自分なら周囲に被害を出さず、この女だけを撃ち抜ける。
他のメンバーも彼が仕留め損ねた場合に備え、追撃の構えを取る。
「お見事」
ドロシーは笑った。予想以上に彼等の連携は素晴らしいものだった。こういう命がけの戦いがしたかった。長年それを待ち望んでいた。
でも、もう飽きた。
突然地面が消える。建物も、怪物達も、空も、何もかも消失した。
「なっ……」
バランスを崩すアサヒ。他の面々も一面銀色の世界で均衡を失い無様に回転する。ほら、だから無駄だと言ったのに。ここで自分達に勝てるはずが無い。不利な盤面などいつでもひっくり返せる。ドロシーは哄笑しながら拘束を抜け、飛び上がった。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
まあ、楽しませてもらった。ほんの一時ではあったけれど、彼等は実に良い演者だった。その功績に報い、そろそろ全ての真相を明かし、新世界への切符を渡してやろう。
「何故かは、もう語ったわね。退屈だったからよ!」
「うるさい!」
諦めず朱璃が放った魔弾を、腕の一振りで消し飛ばす。こんなもの、本気を出せば障壁で防ぐまでもない。
「どうやって? 彼女から接触してきたの! 彼に、旭に最も近しい存在だった私を彼女は選んだ! 頼ってくれた! だから私は、あのつまらないオモチャを捨てた!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます