四章・欲暴(1)

「私達につきなさい」

 いきなり要求するドロシー・オズボーン。記録によれば彼女の死後二〇〇年以上が経過している。なのに、その姿は明らかに二〇代のそれ。

「抵抗したって無駄なのよ。あなた達はもう、この世界から逃れられない。ここでの私は無敵の存在。仮に外の世界へ出られたって、私達の力は、それでもあなた達の力を遥かに凌駕している」

 余裕たっぷり断言して、しかし、直後にきょとんと表情を変えた。目の前の討伐軍一行、その大半が困惑している様を見て、ようやく何かに気が付く。

「あら、まだ話していなかったのね二人とも」

 その愉しむような目は、順番に朱璃あかり月華げっかを見つめた。視線の先に気付いた他の面々も二人に問いかける。

「殿下……?」

「母様、これはいったい……」

「彼女達は知っていた。いえ、朱璃の場合は気付いたと言う方が正しいわね。なんにせよ、とっくの昔に私が黒幕だとわかっていた。そうでしょう?」

「まあね」

 眼前の女を睨みながら、その言葉を肯定する朱璃。月華もやはり否定しなかった。彼女の場合、さらにずっと昔から事実を知っていたのだ。


 伊東いとう あさひに聞かされて。


「……彼女の名は、ドロシー・オズボーン。いえ、伊東 ドロシーと呼ぶべき? 北日本王国の初代王妃よ」

「なっ!?」

 まだ相手のことを理解できていなかった術士達も、ようやく驚いて振り返る。

「でも、初代王の妻は二〇〇年以上も前に事故死したと……」

「まさか……」

 今度はアサヒに注目する一行。彼のように初代王妃も記憶災害に? いや、それ以外は考えられない。

 ところが今度は、その推理を否定するドロシー。

「少し違うわね。一応、まだ生身の肉体。ただ、こっちの“ドロシー”と融合してはいるけれど」

 そう言って、腕に絡み付いてきた蛇の頭を、もう一方の手で撫でる。

「融合……?」

「もう知ってるでしょう? この子は魔素そのもの。宇宙の彼方にある魔素の海で生まれ、自我を得た特異な高密度魔素結晶体りゅうのしんぞう。それを体内に取り込んだことで私は自らを変異種と成した」


 白いドレスの下で彼女の胸の中央部が光を放つ。その光は血管を通じて全身に広がっていった。


「見た目が若いのはそのおかげ。全身に行き渡った高濃度の魔素が私の願いに応え肉体を若返らせる。全盛期のまま維持してくれている。ふふ、南日本の術士隊は女の子ばかりか。羨ましい? あなた達のお母さんみたいでしょ?」

「誰が……!」

 挑発するような物言いに、少女達の柳眉が逆立つ。

「お前のような化け物と一緒にするな!」

 彼女達が怒ったのは自尊心を傷付けられたせいではない。月華の持つ能力、その代償を知っているから。


 養母は自らの“時間”を犠牲にして南日本を守り続けて来た。

 彼女が幼い姿なのは、それだけ己が身を削って来た証。欲に身を任せて獣と同化した女などと同一に見たりしない。


「母様を馬鹿にするな!」

 風花ふうかまでもが激昂して噛みついた。当代の術士の中で月華の次に強い霊力が制御を失い、漏れ出している。

「こら、落ち着きなさい」

 そんな風花の手を握り、霊力の漏出を止めてやる月華。自分がどう言われようとそんなことは些末な問題。

 今は、この状況を切り抜けることが先決。

「馬鹿にしたわけではないのだけれど、失言だったかしら? ごめんなさい」

 言葉とは裏腹に、悪びれた様子も無く肩をすくめるドロシー。


 そこへアサヒが問いかける。


「何がしたいんだ?」

「……」

 ドロシーは現れて以来、初めて笑みを消した。呆れたような──朱璃がよく見せる表情と似た顔で吐き捨てる。

「彼を再現しているだけあって、察しの悪い子だこと。まだわからないの?」

「わかるわけがないだろ!」

 死んだはずの人間がいきなり現れ、実は生きていたと語り、そして地球の全生命を死滅させようとしている怪物と共に在る。


 こんな状況、すぐに理解できる方がおかしい。

 彼の言葉は、朱璃と月華以外の面々の代弁でもあった。


「しょうのない子達」

 嘆息して、ドロシーは種明かしを始める。ただし彼女は退屈が嫌いだ。このままじっと立ちっぱなしで延々計画の説明をするだけなんて、馬鹿らしくってやってられない。

 なので、ついでに楽しむことにした。

「ゲームをしましょう」

「ゲーム?」

「今から、あなた達は全力で戦うの。三ポイントゲットするごとに、私がどうやって今の私になったのか。何が理由で、何を目指しているのかを少しずつ教えてあげる」

「ふざけるな! いいからさっさと──え?」

 背中に衝撃を感じ、自分の胸を見下ろすアサヒ。鋭い爪のようなものがそこを貫通している。

「な……?」

 驚き、彼を攻撃した相手を見る一行。これまで自分達の存在を認識できなかった通行人の一人が腕を異形に変え、長く伸ばしアサヒの体を貫いていた。見る間に、その姿が人間以外のものに変わっていく。


「落雷は必要無い」


 ほくそ笑むドロシー。ここは彼女達の世界だ。人と蛇、二体の“ドロシー”が支配する、彼女達の思い通りになる魔法の国。

 つまり記憶災害を発生させるには、彼女の脳内に流れる電気パルス一つがあればそれでいい。十分に事足りる。

 次から次に通行人達が変貌を始めた。一人一人が、あるいは数人数十人が融合して大小様々な姿の怪物を形作る。ビルや車まで変貌し始める。

「迎撃! 隊列を崩さず応戦して!!」

「全体の指揮は婆さんに任せる! 星海班! アタシ達は、あの女を叩く!」

「了解!」

 月華と朱璃の指示に躊躇無く応じるマーカス達。アサヒも怪物の腕を掴み、へし折って走り出す。いちいち動揺している暇など無い。

 最後の戦いは今、始まったのだ。




「ヒュヒッ!!」

 笑うような鳴き声を発し、カマを振り下ろす巨大カマキリ。カマキリに似ているというだけで、明らかに地球産の生物ではない。全身が鉱物で形成されている。

「フン!」

 そのカマを霊力障壁で受け止めるカトリーヌ。ところがノコギリの刃に似た突起が障壁を貫いてきた。そこからどんどん亀裂が走り、拡がっていく。

 別に人間だけが霊力を利用できるわけではない。地球の変異種が魔素を利用するように、記憶災害で再現された異星や異世界の生物が霊術に似た力を使うこともある。

 慌てず、長刀で関節の隙間を狙い、カマそのものを切り落とす。バランスを崩した敵の懐へ素早く踏み込み、ダメージの回復が始まった瞬間に輝いた一点を狙い、切っ先を突き入れる。


 手応えあり。確実に“心臓”を破壊した。


『一ポイント』

「!?」

 響き渡ったドロシーの声を聴きつつ、拡散を始めた敵から離れ、姉妹と戦っている別の標的を狙う彼女。

(一体倒すごとに、ポイント獲得ということか)

 馬鹿げたゲームそのものに興味は無いが、黒幕の真意なら知りたかった。あの女は何故こんなことを?


「オラッ!」

 陸軍兵の魔弾が術士の攻撃によって露出した“心臓”を撃ち抜く。


「ハッ!」

 大谷ら護衛隊士の攻撃により“心臓”の位置を特定した斬花が、分厚い甲殻に守られているそれを刃状障壁で切り裂いた。


『三ポイント』


 再び響く声。余裕がある。なんて女だと戦慄する一同。

 何故なら──


「くっ……!!」

「当たりやがれっ!?」

「アハッ、遅い、温い、それでも精鋭部隊なの?」

 ドロシーはアサヒを含む星海班メンバー全員の集中攻撃を浴びていた。なのに、全てを軽々と捌き続けている。回避ではなく、受け止め、受け流しているのだ。

「こんなもの? これで私に挑むつもりだったの? 馬鹿みたい」

 マーカス達の銃撃を全て分厚い魔素障壁で防ぎ、人間の知覚を超えた超スピードで繰り出されるアサヒの攻撃まで体術だけであしらってしまう。

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