九章・開眼(3)

 目を覚まし、起き上がると、傍らには月華がいた。こちらも満足そうな表情で微笑んでいる。

「随分と時間がかかったけれど、なんとかクリアしてくれたわね」

「月華さん……」

 まさか、ずっと見守っていてくれたのだろうか? 申し訳なくなって頭を下げる。

「すいません、お待たせして」

「いいのよ、私が頼んだことだもの。ところで鍵は見つかった?」

 問われて苦笑するアサヒ。彼女自身が言ったのだ、鍵を見つけなければ夢から脱出することは叶わないと。

「アイツを許すこと……ですよね」

「そう、正確には彼を受け入れること。自分の半身と認め合うことよ」

 お膳立ては、すでに整っていた。ここに到るまでの間、アサヒと巨竜は何度か共闘している。

 ただ、どれもこれも巨竜の方からアサヒに力を貸しただけ。一方的な関係だ。それでは健全で完全な協力関係とは言えない。

「でも、それが“魔素を完全に支配すること”と、どういう関係があるんです?」

「ふふ、わからない? なら、こうすればわかりやすいかしら」


 急に右手でアサヒに触れる月華。

 直後、その手から電流が迸った。


「なっ!?」

 慌てて自分の中の魔素を抑え込もうとするアサヒ。こんなところで暴発したらどれだけ被害が出るかわからない。

 しかし何も起こらなかった。魔素の暴れ出す気配が無い。どころか、通電した時の衝撃さえ感じなかった。さらには──

「な、なんだこれ?」

 全身が青白く発光している。どこか見覚えのある光。

「もしかして……霊力?」

「そう、貴方の中の“紅銀べにぎん”が霊術を使ってくれたのよ」

「あいつ、そんなことができるんですか?」

「それだけじゃない。彼は遥か昔から“記憶災害”として戦い続けて来た。つまり魔素の扱いに関しても熟達している」

「あ……」

 そうか、そういうことだったのか。

「だから俺とあいつを和解させて……」

「正解。私も貴方が独力で魔素を制御しきれるとは思っていない。なにせ見かけに反して生まれたばかりの赤ん坊だもの。そこまで期待することは酷だわ。

 でも貴方の中には彼がいる。彼に頼れば二度と暴走の危険は無い。なのに、貴方の中の伊東 旭の記憶と意識がそれを妨げ、後一歩のところで心の扉を閉ざしていた。なら相互理解を深めさせれば良い」


 だから夢を見せた。お互いをもっと良く知り、自分自身の過去を見つめ直すための長い悪夢を。


「効果的だったでしょ? 夢というやつはね、辛くて悲しいほど記憶に焼き付いてしまうものよ」

 語る彼女の言葉は、まるで経験者のそれ。自身もまた似たような夢を誰かに見せられたことがあったのだろうか?

「よっと」

 かけ声と共に、指先から魔素を放出して球体を形作る月華。見事な真球と化したそれの表面に電流が走ってスパークを生じさせた。だが、やはり記憶災害は発生しない。

「やがては、独力でこれと同じことができるようになるでしょう。でも、今は素直に相方に頼りなさい。貴方達二人が力を合わせれば、勝てる者などほとんどいない。渦巻く者と雷の王、両方揃ってこそ、この世界を救う希望たりえるのよ」

「はい」

 瞼を閉じ、月華の言葉を心に刻みつける。

 直後、ふと違和感に気付いた。

「あれ? 雷の王って……あいつの本当の名前、知ってたんですか?」

「貴方、寝言でそう言ってたわ」

「あっ、なるほど」

 眠っている間のことはわからない。だからアサヒは素直に信じ込んだ。実際には月華も夢の世界に引きずり込まれ、すぐ近くであの会話を聞いていたからなのだが。

(正直に言うには、ちょっと格好悪い話だしね)

 南日本の守護者として彼女にも面子がある。それを失うような真似はできない。

「さ、訓練も終わったことだし、そろそろ夕飯の時間でもある。行きましょうか」

「あ、はい」

 促され立ち上がるアサヒ。窓の外の暗さを確認し、そういえばと周囲を見渡す。

「朱璃はまだ戻ってないんですか?」

「地上の調査なら、もう終えたみたいよ。まあ何も無いし、大した収穫は無かったでしょ。今は梅花から霊術の指導を受けてる」

「早速やってるんですね」

「時間が無いもの。さっさと覚えてもらわないと困るわ」


 次の戦いで蒼黒を倒せなかった場合、あらかじめ京都に避難させておいた南日本の住民達は、すぐに福島へ向かわせるつもりだ。福島と仙台、その二都市を買い取る対価として霊術の知識を北日本に提供する。だから、最低でも一人は術が使えるようになってくれていないと契約不履行で追い返されてしまいかねない。

 そうなったらもう戦争だ。まだドロシーという脅威も控えているのに人間同士で無駄な争いをする羽目になる。


「こちらは命がけよ。だから貴方達にも、真剣に取り組んでもらいたい」

「は、はい」

 気圧されてびくつく少年。雷の王としっかり手を結んだ今でも、こういうところは成長していない。

 月華は苦笑しつつ、いざとなったら彼を爆弾として使おうと思っていた事実は、永久に秘密にすることを決めた。




「お、おお……」

 驚愕に目を見開く門司もんじ。胸の前で拳一つ分の間隔を開け、向き合わせた両手の平。その中間に小さな青白い光が生じている。

「これが霊力?」

「そうです。いきなりそこまで体外に放出できるのは素晴らしいですよ。先生には才能がありますね」

「いやあ」

 斬花きりかに褒められ年甲斐も無く照れた。まさか、こんな歳になって自分の中の新しい才を掘り出せるとは思わなかった。

 逆に、両隣の友之ともゆき小波こなみは落ち込んでいる。

「全然駄目だ……」

「なんにも出ない……」

「二人とも力が微弱すぎます。残念ながら霊術は使えません」

「ううっ……」

「悔しい」

 無情な判定に落ち込む両者。

 ちなみに、ウォールは門司ほどでないにしろ、そこそこ才能があるそうだ。男性にしては珍しいと驚かれている。護衛隊士達は一名を除いて全滅。

 ただし、その唯一合格となった一名が──


「な、なんですかこれは? 水?」

「これは……素晴らしい」


 門司の時以上の驚きに目を見張る斬花。烈花れっか風花ふうかもぽかんとしている。

 大谷おおたに 大河たいがの手と手の間には光でなく水が生じていた。他の面々と同じことをしたはずなのに、明らかに結果が異なる。

「大谷さんは水霊すいれいとの相性が極めて高いようです。だから無意識に水霊術が発動しているのですよ」

「水霊術?」

「霊術には人によって相性の良い属性というものがあります。烈花は炎霊えんれい、風花は風霊ふうれいとの高い親和性を誇り、少ない霊力の消費で強力な術を行使できるのです。大谷さんのこの才能なら、訓練次第ではかなりの水霊術の使い手になれるでしょう」

「そうなのですか……」

 説明を受け、改めて驚く大谷。まさか自分にそんな才能があるとは思わなかった。仲間達も予想外の可能性を示した彼女と門司、そして希少な男性術士になれるウォールの三人を称える。

 ところが建物の中から出て再びグラウンドに戻った彼女達は、目の前の光景に絶句した。訓練中だった術士候補生達も信じられない姿に再び足を止め、息を飲んでいる。

「まさか、ここまでとは……」

 カトリーヌでさえ戦慄していた。彼女の目の前で朱璃が門司達と同じように己の魔力を体外へ放出している。


 その異質な才に、誰もが目を奪われる。


「……なんなのよ、これ」

 本人でさえ意味が分からなかった。両手の前で向かい合わせた手の平。その間隔が押し拡げられ、すでに目一杯左右に腕を広げた状態になっている。

 炎が、風が、水が、砂が、光が、闇が、ありとあらゆる属性の霊力が混ざり合い巨大な球体を形作っていた。

 それが朱璃の才能。術士としての彼女の可能性。

 勇気さえあれば偉大な魔女になれる──月華が言っていた言葉の意味を、彼女は本当の意味で理解することができた。

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