五章・奸計(4)

『クソッ、どけよっ!!』

 流石にこの体勢から押し返すのは無理だ。圧倒的な重さの前に装甲と金属の骨格が軋み始める。頑強な素材が用いられているが、それでも長くは保たない。

 なのに朱璃は、


「詰みよ」


 勝利を確信した。

 敵は逃げれば良かったのだ。こちらには追う理由が無い。早々に撤退していたら大した痛手を被らずに済んだ。けれどもう遅い。友之にトドメを刺そうとして完全に脚を止めてしまっている。そこへ小波が側面から襲いかかった。

『離れろ!』

 魔素の噴射口は、実は拳にもある。移動のための他のパーツとは異なり、これは完全に攻撃用だ。より細く高圧に絞り込まれた魔素が噴き出すそれを、自分の右腕ごとヤドカリの口に叩き込む小波。

 直後、放出された魔素が頭部を貫通した。

『ギュギッ!?』

 悲鳴を上げる怪物。なのに死なない。やはりまだ、アサヒに比べたら大した威力は引き出せていない。でも効いてはいる。ならさらに叩き込めばいい。

『このっ!! このっ!! 死ね!』

 腕を引き抜き、何度も殴りながら立て続けに圧縮魔素を発射する小波。少しだけ巨体が浮き上がる。その隙をついて右腕を支柱のように立てた友之も、組み伏せられた姿勢から同じ攻撃を繰り出した。

『おらッ!!』

 連続で撃ち込まれた魔素弾が腹部の柔らかい甲殻をひしゃげさせる。

『ピッ!? ギ、イッ!! ギッッ!?』

 上下からの挟撃を喰らい、慌てて貝殻の中へ引っ込む怪物。そのまま爪先だけ外に出し、友之から離れて海へ逃がれようとした。

 朱璃は追う理由など無いと思ったものの、友之と小波はそうでもなかったらしい。戦闘の興奮からか、さらに追撃をかける。

『逃がさねえよ!』

『こっちの銃も、でっかいからね!』

 素早く起き上がる友之。回り込む小波。共に構えたのは重機関銃タイプのMWシリーズ五〇四。ソ連が開発したNSVを改造したもので重量は二四kg。旧時代の人間に比べて筋力が強化されている現代人からすれば、けして重い武器ではない。しかし反動が大きいため普通は地面等に固定して使う。

 トリガーを引く二人。その姿勢は揺るがず、弾道にもブレが生じない。パワーアシストスーツを装着した状態でなら、重機関銃の反動も普段使っている突撃銃のそれと大差無く感じられた。

 朱璃の愛用する対物ライフルと同じ一二.七mm弾が高速で連射され、敵が隠れた巨大な貝殻にめり込む。だが貫通はできていない。

 ならば──

『焼いてやる!』

 素早くスイッチを切り替え、火球を放つ二人。熱せられた貝殻は瞬く間に変色し亀裂が走った。普段の二人が使う疑似魔法より圧倒的に火力が高い。

 秘密は背面腰部に取り付けられた金属の筒。そこから膨大な量の魔素がパワーアシストスーツ全体に供給されている。一部は手の平の放出口から銃へ流し込まれていた。二人は自分の魔素を導火線として用い、この大量の魔素に火を点ける。すると体内の魔素だけで発生させた疑似魔法より威力が大幅に上がるという仕組み。

 外からは見えないが、筒の中では銀色の球体がオレンジ色の油に浸かっていた。球体は人工的に生成した“竜の心臓”で、これを消費しながらDA一〇二は動いている。カートリッジ一本での稼働時間は全力での戦闘行動を想定した場合、およそ二〇分。

「我々も撃て!」

 大谷の号令で疑似魔法を放つ隊士達。さらに熱せられた貝殻が弾け、小さな亀裂が走る。

「よっしゃあ!」

 その亀裂に、すかさず拳を叩き込む友之。同時に、熱に耐え切れず出て来た顔を小波が蹴り上げる。

「フン!」

 怪物は二人の連携の前に、為す術なく息絶えた。




「なるほど、あれが完成したパワーアシストスーツか。併用することでMWシリーズまで強化されるとはな」

「姉様、あれで殴られたって本当マジッスか?」

「ああ、流石に痛かったぞ」

 とうの昔にもう一体のヤドカリを倒していたカトリーヌ達は、バラバラになって地面に散らばったそれから離れ、やはり遠巻きに北日本の新兵器を観察していた。

「おい、やっぱやべえな梅花姉様……」

「頑丈さでは人類最強よね……」

 あんなものに殴られて「痛かった」の一言で済ませる姉の言葉に、妹二人は若干引いてしまう。

 ひそひそ話は聴こえていたが、カトリーヌはあえて無視した。実際、自分でもちょっとどうかしている耐久力タフネスだと思うことがある。昔、けっこう大きな“竜”に踏まれた時にも軽い怪我で済んだ。

「そいやDAってなんの略なんです?」

「ドラゴン・アーマーだそうだ」

「安直な……」

「てか、竜は敵っしょ?」

「そうとも限らん」

 彼女が空を見上げると、ちょうどアサヒが戻って来たところだった。恐ろしく素早い敵と戦っていたようだが、やはり勝ったのか。マーカスや護衛隊の活躍でゾエアも全滅したらしい。あるいは親が両方やられた時点で種の存続を優先し撤退を選んだのかもしれない。だとしたら意外と賢い生き物である。

「なるほど……」

 同様に降りて来るアサヒを見つめ、頷く斬花。あの少年も“竜”には違いない。けれど今は人類の味方である。

「まあ、ボクも納得できましたよ」

 ニヤリと笑う烈花。竜に通じるかは未知数だが、あの“竜の鎧”は同じ人間にとってはかなりの脅威だ。まだ自分達術士なら確実に勝てるレベルではあるものの、仮に量産配備された場合、無視できない程度には危険な兵器。

「なにより、魔法の杖と竜の鎧。どっちもボクらみたいな修行や才能を必要としないのがやべえッス。誰でも身に着けるだけで強くなれる」

「ええ、だからこそ、こちらも確実にあれを手に入れなければ」

 北日本にパワーバランスを覆させてはならない。将来、再び起こるかもしれない戦争のために。その戦争を回避できる未来のために。

「そういうことだ。だから、まずは彼等を確実に大阪へ導く」

「はい、姉様」

「了解ッス」

「ここはまだ危険かもしれない! 急いで離れるわよ!」

 朱璃に呼びかけられ、三人の術士達は小走りに駆け寄って行った。




 何かがおかしい。

 再び馬に乗り、戦闘を行った地点から離れ行きつつ、振り返る朱璃。この奇妙な状況に疑念を抱く。

(ここはまだプレートの境界線上でしょ?)

 なのにどうして追撃を仕掛けて来ない? それにさっきの戦闘では、アサヒだけが竜に襲われ、自分達には変異種があてがわれた。ドロシーは竜や変異種を操れる。その情報が真実だとすると、あの状況もまた操作されていた可能性が高い。


 あれでは、まるで──


(こちらの手の内を探るような……威力偵察が目的だったとでも?)

 あの蛇にそこまでの知能があるのか? もちろん、あってもおかしくはない。シルバーホーンが明確に格上と認めるほどの相手なのだし。

 けれど、やはり不可解だ。福島での戦いの時、敵はアサヒに対する強烈な執着を示した。なのに今回の攻撃は淡白すぎる。自分達と彼を引き離したさっきの状況は、彼の力を奪うには絶好のチャンスだったはず。でも、そうしなかった。

 こちらに対し試すような真似をしたこともおかしい。人間ごとき、あの大蛇から見ればなんら脅威とは思えまいに。


 まるでチグハグ。


「別の意思を感じる……」

 あの蛇以外に誰かが自分達を見ている。そんな気がした。ここまで全く襲撃が無かったことも含め、ひょっとしたら第三者が一連の動きに関わっているのかもしれない。

「どうしたの朱璃?」

 神妙な顔の彼女を訝り、アサヒが声をかけてきた。その顔を見つめ返し、朱璃は一つの可能性に思い当たる。

(コイツが記憶の大半を与えられなかった理由。それって、もしかすると……)

 まだ仮説の段階。だから彼に教えるべきではない。

 いや、この推察が当たっているなら──


「……アンタは知らなくていいことよ」


 彼にだけは、絶対に知られてはならない。




「……フフ、へえ……」

 一面が銀色の世界。地面など無いように見える空間に、女が一人立っていた。その目は眼前に投影された映像へ注がれている。

「面白い物を作るわね」

 疑似魔法を増幅する銃に人工の高密度魔素結晶体。さらに、それを消費して動作させるパワーアシストスーツ。

 その三つが一人の少女の手により生み出された。まさに奇跡。彼女の頭脳には十二分に価値がある。あだやおろそかになどできはしない。

「そう思わない? 旭」

 問いかけた彼女の傍らには一本の杖があった。誰に掴まれているでもなし、地面に突き立っているわけでもなしに何故か自立している。全体的に骨のような材質で、そのせいかどこか生物的な印象も受ける。ねじれて螺旋を描いており、頂点に青い球が嵌め込まれていた。それは透明で、中を覗き込むと無数の小さなものが動き回っている。


 杖は当然、何も答えない。彼は壊れてしまったから。

 壊れてなお、いまだに他者を守り続けている。

 懸命に、他の何をも顧みず。


「自我を失っても、やっぱり君はヒーローなのね」


 自分にとっても、そうだ。

 彼は素晴らしいものを生み出してくれた。

 彼の血を引くあの少女と、そして、彼の力を継いだあの紛い物を。


「おかげで、私達の夢は大きく前に進む。ねえ? ドロシー」

 今度の問いかけには反応があった。周辺は一面の銀色。その空間の一角から白い大蛇が這い出して来て彼女の体に絡み付く。

 一人と一匹で一つの怪物になり、女は妖艶に微笑む。

「悪いけど、この星には死んでもらう」


 その未来は回避できない。自分がさせない。

 でも、どうか恨まないで欲しい。

 怒る必要は無いのだから。


「もうすぐわかる。みんな一緒に連れて行ってあげる。生死さえ関係無い。あの崩界の日から魔素は全てを“記憶”し続けているもの。一木一草残さず……ね」


 次の瞬間、目の前の球体が変色して赤い輝きを放つ。

 彼の怒りを示すように。

 女は屈み込み、その無力な杖に口付けした。


「また会いましょう、渦巻く者。彼等がここまで来た時に」

 言うなり、彼女と蛇は霧の中へ溶け込んで消える。後には、杖だけが静かに佇み続けていた。

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