五章・奸計(3)

 一方、地上でも──

「殿下! やはり銃は通じません、弾かれます!」

 巨大ヤドカリの甲殻に対し、北日本の兵士達が持つアサルトライフルの弾は無力だった。何人かは疑似魔法による攻撃も試みているが、多少怯ませる程度の効果しか無い。朱璃の魔弾なら通用するだろうが、さっき一発撃ったばかり。すぐに二度目を使えば魔素不足で動けなくなる。この状況でそれは不味い。

 だとしても、彼女は冷静に指示を下す。

「カトリーヌ、アンタ達はあっちのデカブツに対処!」

「了解!」

「ハハッ! 焼いたら美味そうだな!」

「切り分けるのはお任せを」

 彼女達から見れば大した脅威ではないのだろう。前方に立ち塞がったもう一方の怪物へ意気揚々と立ち向かって行く術士達。すると朱璃は、その後へ続こうとした風花の服の襟掴み、彼女だけを引き留めた。

「ぐえっ!?」

「アンタはこっち!」

 カトリーヌから聞いた話では、この子は守りに長けてるらしい。

「こっちは準備に時間がかかる。少しでいいから稼いでちょうだい」

「わ、わかりました! でも、もうちょっと優しく!」

「おねがい」

「はい!」

 ぞっとする笑みを向けられ、慌てて袖に手を突っ込む風花。四枚の木の葉を取り出したかと思うと、一枚ずつ四方に投げる。葉の表面には文字と謎の記号。術士が使う符というやつだ。術の効果を定め、時に増幅もする触媒。続けて彼女が呪文を唱えると猛烈な突風が生じ、渦を巻き始めた。

「うおっ、アサヒみてえ!?」

「風の結界です!!」

 似ているが違う。アサヒの渦が周囲の魔素を吸収する際の副産物であるのに対し、彼女の旋風は後方から迫りつつあったもう一体の怪物を押し返す。巻き込まれた隊士や調査官達には全くダメージを与えずにだ。ただの風でもないらしい。

「あっちいけ!」

『!?』

 少女が裂帛の気合を放つと、さらに風の渦が拡大して巨大ヤドカリを怯ませた。必死に脚を動かしているものの、それ以上前へ進めずにいる。

「これが霊術……!」

「凄いな」

 北日本の面々は改めてその威力に感嘆する。

 ところが、次の瞬間──

「下から来るぞ!」

『ギピッ!?』

 いちはやく異変に気付いたマーカスが、地面から這い出してきた敵を踏みつける。悲鳴と共に緑色の体液が飛び散った。そして周囲から続々と同じものが這い出す。猫くらいの大きさの甲殻類達。


「ゾエアよ!」


 馬にとりついた一匹を、やはりブーツの底で蹴り飛ばす朱璃。ゾエアとはエビ・カニなど十脚目の幼生。親がここにいるのだから、子も同じ場所に潜んでいたっておかしくない。

「じ、地面の下までは無理です! 自分の術じゃ防ぎようがありません!」

「上等! みんな、降りて馬を守りなさい!」

 大阪までの道のりは長い。ここで彼等をやられてしまえば残りは徒歩だ。それでは着く前に南日本が亡んでいるだろう。

「殿下の指示通りに!」

「はい!」

 大谷ら王室護衛隊が真っ先に降りて攻撃を始めた。幸い、あの親ヤドカリに比べ幼生は脆く、普通に銃弾が通じる。正確な射撃で容易く蹴散らされていくゾエアの群れ。

 しかし、その様子を見たマーカスは怒鳴りつける。

「弾を節約しろ!」

「あ……はいっ!」

 そう、この先も旅は続く。浪費は避けなければならない。思い出した彼女達は突撃銃型“魔法の杖”MW二〇三のスイッチを切り替え、疑似魔法を織り交ぜながらの近接戦へと移行した。

 護衛隊は精鋭揃いだが、普段は王都の中で城勤め。このように地上で長時間行動した経験は少ない。

(感覚を切り替えよう。ここはいつでも補給のできる王都じゃない)

 マーカスのおかげで早目に気付けて良かった。大谷はさらにサーベルを引き抜く。魔素にもまた限りがあるため、陸軍、王室護衛隊、特異災害対策局、そのいずれも戦闘員には近接戦闘訓練を施す。彼女の学んだそれは現女王や故・剣照けんしょうと同じ流派の剣術。間合いに入った敵を半ば無意識に斬り伏せて行く。

 空識一刀流。どちらかと言えば攻撃に重きを置く流派。しかし、彼女は護衛隊士としてカウンター主体の防御技術を磨いた。視覚のみに頼らず五感を総動員し、刃の届く範囲に侵入した敵を察知して迎撃。たとえ背後から襲われたとしても、彼女にとっては死角ではない。

 とはいえ、幼生達は際限無く湧き出してくる。ついに彼女の剣を掻い潜った一匹が脚に張り付いた。

「フン!」

 すかさずマーカスが蹴り飛ばす。直後、大谷は吹っ飛んだ敵を切り裂いた。白刃は波のような軌跡を描き、さらに別方向から飛びかかって来た敵も二体続けて断つ。

「流石にやるな」

「恐縮です」

 流れで背中合わせになり、一瞬だけ連携して再び離れる二人。非常にやりやすいと双方共に考える。

(あの人の弟子なだけあるぜ)

 マーカスは昔、女王になる前のほむらに教えを受けたことがあった。剣こそ教わらなかったものの、戦い方は良く覚えているし、彼女が陸軍で訓練教官をしていた頃の教え子達とも合わせやすい。


 一方、結界を維持している風花も密かに彼等の戦闘を観察していた。護衛隊士や調査官の持つ銃は、その銃口から冷気の塊を放ち、敵を凍結させて動きを封じる。彼女を狙って襲いかかった敵もそうして何体か氷漬けになり、トドメを刺された。おかげで自分で対処する必要が無い。


(MWシリーズ……)

 北日本が長年研究を続けている、魔素を用いた疑似魔法学の成果。南日本の技術者達も盗み出した情報を基に再現を試みたのだが、なかなかオリジナルほどの性能は引き出せていないという。まさしく現代の魔法の杖。

 盛岡の地下都市に潜伏していた一年の間、何度か使用される場面を目撃したことはある。だが、いずれも射撃練習をこっそり見学した程度。実戦での使用を目の当たりにしたのはこれが初めて。

(よく見ておかなくちゃ)

 スパイの自覚が無いと言われがちな彼女だが、だとしても、そういう職務についているという意識はある。役立つ発見があるとは限らないが、それでも出来る限りの情報は収集しておかなければ。

 そこへ、もう一つ疑似魔法学の研究成果が投入された。関節部から銀色の煙を吐き出し、二体の巨人が参戦する。

(で、出た!!)

 梅花から話は聞いていた。それでもMWシリーズ以上のインパクトが彼女を襲う。


『お待たせしました班長!』

『装着完了です!』


 それは巨大な銃を携える、二人の重装歩兵だった。




「──四八秒。まあ、そんなとこでしょうね。改善の余地はあるけど」

 時計も見ずに言う朱璃。なんとこの状況で時間を数えていたらしい。

 現れたのは全身甲冑の二人組。中身は友之と小波。今までは門司とウォールの手を借り、荷運び専用の馬の背に括りつけられていた荷の装着作業を行っていた。


 試作型パワードスーツ・DA一〇二。アサヒの能力を解析して得たデータを基に改良を施し、先月ついに完成した新兵器。


 朱璃は風花の結界で足止めされている巨大ヤドカリを見上げ、指先を突き付けた。

「背中の馬鹿でかい貝殻を含めて全高五m弱。体重は一トンと推定。竜じゃないのが残念だけど、初の実戦投入にはちょうどいい相手。やっちゃいなさい!」

『押忍!』

『援護、お願いします!』

 金属の骨格の上に、マーカスが結婚式場で使った時には無かった装甲板が足されている。頭部全体をしっかり覆ったそれのおかげで声がくぐもって聴こえるものの、二人は臆すること無く屈み込み、クラウチングスタートの姿勢でタイミングを計った。

「結界を解除!」

「はいっ!」

 何が起きるのか見てみたい。そう思った風花は素直に風の結界を消す。

 瞬間、別の突風が吹き、地面の一部が弾け飛んだ。進路上にいて巻き込まれた幼生達がまとめて砕け散る。


『どおおおおおっ!』

『せいっ!!』


 再び銀色の煙を吐き出し、巨大ヤドカリへ体当たりする二人。銃弾とは比較にならない質量に高速で激突され、巨体が大きくよろめく。

 が──

『あだだだだだっ!?』

『は、反動が……』

「なにやってんのバカ!?」

 憤慨する朱璃。体当たりなんて指示は出してない。衝撃で自分もダメージを受けるのは当然だ。アサヒじゃないんだから。

 しかし実を言えば、友之と小波もしたくて体当たりしたわけではなかった。想像以上の速度が出た結果なのである。

『す、すげえぞこれ! 本当にすげえ!』

『あ、ああ、流石は班長だ!』

 一旦間合いを取る二人。関節を動かす度、シリンダーが伸び縮みする。防御力を高めるため装甲を足したものだから、かなりの重量になってしまった。その状態で機敏な動きを実現すべく水圧シリンダーも組み込んである。中の液体は魔素と結合しており、装着者の意思に反応して収縮と膨張を行い、補助動力の役割を果たす。


 パワーとスピードを跳ね上げる仕掛けは、他にもある。


『小波、左!』

『!』

 ゾエアが飛びかかって来た。友之の警告を聞いた瞬間、銀色の煙を噴射してその場から跳び退く小波。生身の動きを遥かに超えた高速機動。

『友之、気を付けろ!』

『おうっ!!』

 親はもう一方の友之を狙って攻撃を仕掛ける。意外に俊敏な動きで繰り出されたハサミが彼を捕えた。内側に並ぶギザギザの突起が装甲にぶつかって火花を散らす。

 だが一瞬だけだ。一旦閉じたハサミは力づくでこじ開けられる。友之の膂力がヤドカリの握力を上回り、強引に押し開いた。

『もういっちょ!』

 煙を噴出しつつ体を捻る彼。勢いのまま、ハサミを人間の手首に当たる部分から強引に引き千切ってしまう。


 これが、もう一つのパワーアシスト機能。アサヒの戦い方を参考に組み込まれた噴射器。両肘、背部、両膝に取り付けられたノズルから魔素を噴出し、瞬間的に加速を得る仕掛け。


 巨大ヤドカリは、それでもなお怯まなかった。口から吐き出す泡の量が増え、もう片方のハサミを振り回す。自慢のハサミを奪われ怒り心頭らしい。友之が攻撃をかわした隙を的確に狙い、素早く突進した。

『うぐっ!?』

 押し倒され、のしかかってくる重量に抗う友之。だが今度は完全にマウントを取られてしまっている。ほとんど身動きが取れない。

『友之っ!』

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