幕間・希望

 ──私達は“母様”に育てられた。

 一般的に女の方が霊力は強い。だから“母様の子”は大半が女子。私も妹達も、任務のため今は遠く離れてしまった姉様も、みんな母様に素質を見出され幼少期から過酷な修行を重ねて成長した。


 私達“術士”は都市防衛の要。

 当然“計画”に疑念も持つ者も少なくはなかった。

 貴重な人的資源を定期的に死地へ送り込むことに何の意味があるのかと、何度も何度も問われてきた。


 でも私は知っていた。

 初めて“彼”と接触した一四の少女の時から、ずっとわかっていた。

 私達がこの先も生きていくためには、必ず彼の力が必要になる。あの哀しい英雄の復活こそが生存のために不可欠な戦略なのだと。


 ただ、私的な感情が無かったかと言われれば嘘になる。

 多分、私は“彼”のことが好きだった。だから作戦の継続を望んだのだろう。

 けれど彼は、あんな状態になっても一途に一人の女性ひとを想い続けていた。

 だから私の想いが届くことは決して無い。

 そのはずだったのに、七年ぶりの邂逅の時、思いがけない提案をされた。


『もう一人の俺を頼む』


 彼は自らが復活するのではなく、自らのコピーを生み出すことにした。

 しかも自分の記憶の大半を削った状態で、一七歳の頃の、まだ“螺旋の人”として覚醒したばかりの“自分”を私達に託した。

 理由を聞かされた私は納得し、そして同意した。

 やがて、あの赤い竜の体内から彼と私達の力を合わせてサルベージした“化身けしん”が排出された時、内心胸が高鳴った。


 この“彼”は違う。

 まだ“彼女”に恋をする前の彼だ。

 だったら私にもチャンスがあるかもしれない。

 妹達は英雄としての記憶を持たない彼を見て憎まれ口を叩いた。

 でも、その目は輝いていた。

 あの瞬間、私達の長年の悲願がようやく叶ったのだ。

 あとは故郷に連れ帰るだけ。欠けた記憶の分は新たな経験で埋め合わせればそれで良い。彼が人類の希望であることには変わりないのだから。

 なのに──


「どうして、こんなことに……」

「あいつはまだ休眠期のはずじゃなかったのかよ、姉さん!?」


 私達は甘かった。

 奴の、いや、彼女の執念を甘く見ていた。

 目覚めるはずの無い巨竜が目を覚まし、私達は数多くの姉妹を喪った。

 退路も断たれ、追い詰められた末に針路を変え、北に向かった。

 東京を脱出し、雲の障壁の外へ逃れ、それでも敵は諦めてくれなかった。


 私達は母様に育てられた。

 任務遂行の為なら心を殺して事に当たれと教え込まれた。

 だからその教えに従った。結局、私は自分の恋よりも“希望”を守る道を選んだ。

 妹達も命を賭して時間を稼いでくれた。彼をあの場所へ連れて行くために。遠く彼方からでもその存在に気付いてもらえる位置へ辿り着かせるために。

 しかたないよね、アサヒ。

 最後に残った私が恋心を選んだりしたら、あの子達を悲しませるわ。


「私が出来る限り時間を稼ぐ。だから、その間に遠くまで逃げるのよ。いつか必ず貴方は人類の希望になる。もう一度、かつての輝きを取り戻せる」


 そしてこうなった。私は敗れ、その短い人生を終えた。

 けれど最期の瞬間、彼の全身から放たれ天を貫く光の柱を見た。ほんの少しだけ後悔はあったものの、やっぱり信じて良かったと、そう思えた。


 ありがとうアサヒ。これから大変だろうけど、頑張って。

 もし会えたなら、母様や私の姉妹達によろしく。

 貴方に出会えて、本当に良かった。

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