八章・落下(3)
「うひゃっ!?」
「はん、当てずっぽうのくせに良いカンしてるじゃない」
割と至近距離に落ちた火球に驚く友之と、冷静に次弾を装填しながら立ち上がる朱璃。
「落下予測地点はC3。マーカス達が近いわね、信号送って」
「はいっ!!」
指示された通り、発煙筒を二つ使ってアサヒの落下した地点を周囲の仲間達へ知らせる友之。すぐにマーカス達がアサヒを拾いに行くだろう。
しかし、その前に自分達は──
「逃げるわよっ!」
「はいっ!」
発煙筒を焚いた直後、すぐさまそこから離脱する二人。煙を見て彼女達の位置を知ったシルバーホーンは再びそこに火球を落として来た。
「いたっ! こっちやマーカスはん!!」
「でかしたカトリーヌ! おい、起きろクソボウズ! 走るぞ!」
右肩から煙を上げて倒れているアサヒを、マーカスは不機嫌顔で足蹴にした。その衝撃で目を覚ます少年。
「うっ……マ、マーカスさん……? どうして、ここに」
「決まってんだろ朱璃の指示だ。お前を連れ帰ることを諦めてねえんだよ、アイツは」
「でも、俺はあいつに狙われていて……」
「わあってんよ。だからこうして、ヤロウを仕留めるための作戦を実行してんだ」
そう言いながらアサヒを立ち上がらせ、肩を貸すマーカス。カトリーヌは銃を手に周囲を警戒している。
「作戦……?」
「朱璃がヤロウの動きを封じる策を考えた。上手くいくかどうかは賭けだが、成功すりゃ後はお前次第になる。頼むぜ英雄もどきさんよ」
彼がそう言った時、アサヒは気付いた。
この匂い、まさか……?
「飲んでますか!?」
「おう、強制魔素充填剤をな」
やはり渋面で答えるマーカス。薬なのか? いや、でも彼から発せられているこの臭気はたしかにアルコールのもの。
アサヒの怪訝な表情を見てカトリーヌが苦笑する。
「まあ、たしかにアルコールは入っとるけど、気持ち良く酔うことはないねん。最初から二日酔いになる薬だと思ったらええ」
「なんでそんなものを……」
「さっき言っただろうが! 強制! 魔素! 充填剤! 魔素を短時間で吸収するための薬なんだよ! お前と違ってオレらは体に溜め込んだ分の魔素しか使えねえの!」
「あ、なるほど……」
やっと納得するアサヒ。よく考えたらさっき別の竜とも戦ったばかりなのだ。そういう薬でも使わないと戦えない状態だったんだろう。
「とにかく行くぞ。作戦の内容は移動しながら説明してやる。ほれ、掴まれ」
「はい。あ、いや、もう一人で歩けます」
アサヒのダメージは朱璃に撃たれた右肩も含め、すでにほとんど回復していた。
「便利な体だな、ったく」
自分の腰を叩きながらぼやくマーカス。たしかに魔素で出来た肉体と言うのも利便性を考えれば悪くない。
その時、またしても突風が吹いた。
地面が激しく揺れる。
カトリーヌが銃を構えて叫んだ。
「来たで! うちが足止めするから、二人は先に行って!」
「おい、ふざけんな! お前一人じゃどうにも──」
「ほら、こっちやバケモン!!」
マーカスが止める間も無く、カトリーヌはアサヒの位置に気付いて降下して来た巨竜に銃撃を浴びせ、挑発しながら目的地とは別方向へ走って行った。
マーカスは舌打ちして走り出す。迷っていたアサヒの背中も叩いて移動を促す。
「クソッ、あの馬鹿が!!」
「いいんですか!?」
「仕方ねえだろ、行っちまったもんはよ!!」
あそこで足踏みしていたらカトリーヌの覚悟が無駄になる。今は一刻も早く目的地まで辿り着くしかない。それが結果的には彼女の生存確率を高めるはずだ。
「……さて」
マーカスとアサヒが走り去ったのを確認してから、カトリーヌは急に立ち止まり、ほくそ笑む。
「一人になったことだし、本気でお相手しよう」
その口調は、いつものそれからガラリと変わっていた。
『……』
巨竜はアサヒを追わず、興味深そうな目で彼女を見つめる。彼の足下にはクナイが一本、地面に突き立っていた。先端は彼の影を貫いている。
「影縫い──なんだが」
ほんのわずかな時間、巨竜の動きを止めていたそれはシルバーホーンが一歩踏み出すとあっさり砕け散った。やはり自分の力で長時間封じておくことはできない。朱璃の作戦が頼みの綱。
「まあ時間稼ぎくらいなら、なんとかなるさ」
いつもの明るい笑みとは違う、鋭利で、少し酷薄な印象を抱かせる笑顔。カトリーヌの周囲で魔素がいくつもの紙人形を“再現”する。
「倒せるなら倒したかったが」
その声には、微かな怒りも混じっていた。
「無理なら仕方ない。頼むぞ朱璃、アサヒ──あの子達の仇を取ってくれ」
無数の紙人形が宙を舞う。シルバーホーンが放った火球をその人形達が盾になって防御した。受け止めるのではなく反射したのだ。
『ゴアッ!?』
ダメージこそないが、予想外の反撃を受けてのけぞる巨竜。
カトリーヌはその鼻っ面に銃口を向けた。魔素の銀色とは異なる青白い輝きが全身から放たれる。
「舐めるなよデカブツ。私はこう見えて、けっこう強いぞ?」
「う、うおおおおっ!?」
想像以上の速度に思わず声を上げるマーカス。彼から聞いた目的地までの距離がかなりあったため、アサヒが抱えて走っているのだ。
やがて前方に、そこだけ木立の途切れた広い空間が見えて来た。
「あっ、あそこですか!?」
「そ、そうだ! あの上で止まれ!」
言われた通りの地点で足を止め、マーカスを下ろすアサヒ。そこは円形の巨大な金属板の上だった。錆びてボロボロだが、相当に分厚く作られているらしく、まだどこにも穴は空いていない。これがあるせいで、この一帯には木が生えていないのだろう。
「懐かしいな……」
アサヒは屈み込み、その金属板に触れた。新宿にも同じものがあった。
「お前にとっちゃ数日前の話なんだろ?」
「そうなんですけどね」
でも記憶が戻り、自分が何者か理解したことで、ここが二五〇年後の世界だという事実を明確に受け入れてしまった。だからもう、崩界前の日々の記憶は遠い昔のことだとしか思えない。
「まあいい、とにかく頼むぞ」
そう言いながら発煙筒を焚くマーカス。周囲の仲間達──特に足止めのため残ったカトリーヌへの合図だ。元来た方向からは断続的に巨竜の咆哮や銃声が響いている。だったらまだやられていないはず。
その銃声が止んだ──そう思った直後、空に巨大な影が舞い上がった。
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
再びアサヒの姿を見つけた巨竜が一旦空高く上昇した後、彼をめがけてまっしぐらに降下して来る。
「行ってくださ──早いなあもう!?」
促すまでもなくマーカスはさっさとその場から逃げ去っていた。遠ざかっていく背中を確認したアサヒは、再び宿敵を睨みつけて魔素障壁を全周囲展開する。
「来い!」
マーカスから作戦の概要は説明してもらった。たしかに、この方法なら上空に敵を誘い出すより確実に仕留められるかもしれない。
(でも思い切った作戦だな!)
下手をしたら福島の地下都市も壊滅しかねない危険な賭けだ。きっとあの悪魔のような少女以外には考えつかないだろう。
次の瞬間、衝撃が来た。
巨竜の顎が襲いかかる。魔素障壁に牙が突き刺さり、今にも砕かれそうな強烈な圧力がかかった。障壁に噛み付いた挙句、絶対に逃がすまいと全身で覆い被さって来る巨竜。凄まじい質量を前に本能的な恐怖が呼び覚まされる。
「ま、まだか……まだなのか!?」
焦り、呼びかけるアサヒ。
その姿を朱璃は少し離れた大岩の上から見ていた。
青い瞳は、すでにスコープを覗いている。
「さあ、やるわよ“伊東 旭”もどき。そのクソヤロウをミンチにしなさい!」
すっかり日は落ちていたが、シルバーホーンが炎を吐きまくって盛大に森林火災を引き起こしてくれたおかげで標的は良く見える。アサヒと怨敵の乗っている巨大な金属板の端、そこに仕掛けた爆薬に狙いをつけて躊躇無く撃った。
閃光が闇を照らす。轟音が鳴り響き、そして連鎖する。仕掛けた爆弾は一つや二つではない。音と炎に驚き、目を見開いた巨竜の足下で金属板が悲鳴を上げて傾く。
だが、ほんのわずかだ。
「足りなかった!?」
計算ミスだ。朱璃がリカバーの方法を考え始めたのと同時、銀の稲妻が宙を走る。敵が爆発に気を取られた一瞬の隙にアサヒが脱出し、上下の位置を入れ替えたのだ。
「落ち、ろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
『ッ!?』
真上から拳を叩き付け、全身から魔素を放出しながら押し込むアサヒ。その圧力と巨竜の体重に耐え切れなくなった金属板は悲鳴を上げ、ついにひしゃげて崩落した。
そして現れたのはとてつもなく深い穴。かつて地下都市と地上との間で人間と物資を行き来させていた超巨大エレベーターシャフト。
『ガアッ!!』
シルバーホーンは翼を広げ、両手の爪まで壁面に突き立て落下を免れようとする。
だが、アサヒがそれを許さない。
「もっと、もっとだ!」
さらに放出する魔素を増やして加速する。彗星の如く尾を引く彼に押され続け、巨竜は下へ下へと落ち続けた。
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