七章・迎撃(2)

 規則正しく並ぶ長椅子に左右を挟まれたバージンロード。その奥で小畑と並び待機するアサヒ。客席には多くの参列者が詰めかけている。星海ほしみ班の面々に対策局の調査官や研究員達。他にも初めて見る国会議員など北日本の要職にある者達が数名。

 当然、朱璃の祖母である現女王や母親の神木、それに剣照と開明の姿もあった。彼等の周囲、壁際には陸軍の兵士達が並び、神聖な場所ではあるものの許可を得て銃を携行している。

 やがて、そんな彼等が小さくどよめいた。花嫁がバージンロードの入口に現れたからだ。彼女はマーカスに付き添われ、一歩ずつ何かを確かめるように進んで来る。

 ヴェールで顔が隠れていた。あれは本当に朱璃だろうか? アサヒは疑う。なにせ彼女なら平然とこの場で替え玉を使いかねない。

 参列者達が花嫁に向かって祝福の声と拍手を浴びせる。外からも大歓声が聴こえてきた。王太女が結婚するとあって国民は本日の労働を全て免除され、そのお返しにと大勢がこのチャペルの周辺に詰め掛けている。中には、まだ一度も市民の前に姿を晒していない“初代王の再来”を見ることが楽しみでやって来た人間も多い。もし万が一にも滞りなく式が進行した場合、二人で外に出て集まった人々に対し手を振る予定だ。

 微かに外の喧騒が聴こえて来る。とうとう花嫁が真横まで来た。参列者達の拍手が止んだのを見計らい、牧師が短く挨拶してから目の前の二人へ順に問いかける。まずはアサヒへ、

「新郎、貴方は隣に立つ女性を敬い、生涯愛し続けることを誓いますか?」

「……ち、誓います」

 一瞬躊躇ったが、素早く小畑に肘鉄を入れられ反射的に答える彼。

 ああ、とうとう誓ってしまった。孫の孫の孫の孫を相手に……。

 煩悶する少年に構わず、牧師は続けて花嫁に訊ねる。

「新婦、貴女は隣に立つ男性を敬い、生涯愛し続けることを誓いますか?」


『敬うつもりは無いけど、まあせいぜい死ぬまでの間なら愛してあげるわよ。貴重な実験動物サンプルとしてね!』


 ──そんな回答を予想していたのだが、花嫁は小さな声で一言「誓います」とだけ返した。おかげでますます疑念が深まってしまう。やっぱりこの子は別人なのでは?

「では指輪の交換の後、誓いのキスを」

(そりゃあするよね……)

 まあ、朱璃にはすでに二度も唇を奪われている。もう一回増えるくらい別にいいだろう。そう思いながら互いの左手の薬指に指輪をはめた。昨日朱璃に指導されながら手作りしたものだ。彼女が仕上げしてくれたので意外と見栄えの良い品が出来上がった。嵌めてある宝石も本物のダイヤである。以前、研究用に持ち帰ったらしい。

「アサヒ様、ヴェールを上げてください」

「あ、そか、オレがやるのか」

 なにせ予行演習も事前の打ち合わせも無しだったものだから、段取りがほとんどわからない。ここまでは昔見た映画の記憶を頼りになんとか対応した。共に大冒険を乗り越えた主人公とヒロインが結婚式で幸せなキスをして終了。そういう映画だった。

 自分達の場合、ここで結婚しても何も終わらない。むしろ大変なのはここから。誓った通りに生涯相手を愛せる自信も無い。今だって愛なんかあるのか無いのかわからない関係なのだし。

 花嫁に向かって手を伸ばすと、付添人のマーカスが今にも射殺さんばかりの熱い視線を送って来る。あるいはこの式の後で彼に殺されてしまうかもしれない。そう思いつつ両手でヴェールを掴み、裏返して向こう側へ落とす。

 すると、その下から現れたのは──

「あれ? 朱璃?」

「……なんで意外そうなのよ?」

「い、いや、その……」

 まさか本人だとは思っていなかった。そんなことを言ったら確実に怒られるので言葉を濁す。

「誓いのキスを」

 牧師が急かした。彼もこの式の真相は知っているから、何事も起きないうちにさっさと済ませてしまいたいのかもしれない。

 しかし、アサヒはそれどころではなかった。

(なんだこれ? なんだこれ?)

 またしても頭の中で繰り返される自身への問いかけ。ウエディングドレス姿で顔に化粧を施され、目の前に立っている朱璃。そんな彼女の姿を事実として受け入れた途端、想像もしていなかった衝撃に見舞われた。

 心臓の鼓動が早い。そのくせ締め付けられるように痛い。全身が熱くなる。

 こんな感覚は知らない。小学生の頃の初恋でも、中学生の時に好きだった西川 サキと偶然、一本の傘に入って下校することになった時でも、ここまで激しく胸は高鳴らなかった。


 どうして朱璃を相手に?


「……早くしなさいよ」

「あっ……」

 理由がわかった。あの朱璃が頬を紅潮させて縮こまっているからだ。珍しく本当に緊張している。二度も強引に人の唇を奪っておきながら、この大一番でこっちよりもあからさまに恥ずかしがってしまっている。


 そのギャップにやられた。


「い、いいの……?」

「やんなきゃ終わんないでしょ」

 上目遣いで言われて、またしてもクラッとする。

「じゃ、じゃあ……」

 ヴェールを上げた姿勢のまま固まっていた両手を彼女の肩に置く。途端に華奢なそれが跳ね上がり、こっちも驚いてしまった。

「ご、ごめ」

「いいから、早くしてっ」

 結婚目前だというのにやけに初々しいカップルの様子を見て、参列者達からは小さな笑い声が漏れる。

 朱璃はますます顔を赤く染め、ギュッと目を閉じた。

「ほらっ、これでいいでしょ」

 そう言って自分から顔を上げ、爪先立ちする。

 アサヒの緊張も限界に達した。このままでは気絶してしまうかもしれない。

(だ、駄目だそんなの。朱璃に恥をかかせる。せめて、せめてちゃんとキスしてからでないと……)

 そんな謎の責任感に駆られてゆっくり顔を近付けていく彼。

(あれ? いつ? 俺はいつ目を閉じたらいいの? このまま口と口をくっつけるんだよね? 違う? え?)

 テンパッて目を白黒させ、全身から脂汗を噴き出し、いよいよ二人の唇が重なりかけた、その瞬間だった。


 突然、何かが破裂するような音があちこちで響き、壁やドアの下の隙間から白い煙が噴き出す。


「発煙筒!?」

「いつの間に!」

 当然、事前に式場の中は入念にチェックされていた。なのに煙は瞬く間に式場全体へ充満してしまう。目の前の朱璃の姿も見えなくなった。

「なんっ──」

 アサヒの中に正体不明の怒りがこみ上げる。

 煙が渦を巻き、彼に向かって吸い寄せられた。

「なんだよ! 邪魔すんな!!」

 激昂して作り出した魔素の渦。そのせいで彼と彼の近くにいた朱璃以外、視界に何者も映らなくなった瞬間、刃が煙の渦を貫いて突き込まれた。

 だが朱璃の首を狙ったその一撃を、やはり渦に飛び込んできたマーカスが防ぐ。甲高い金属音がチャペルの中に鐘の音のように響き渡った。

「ッ!?」

 いつの間にかアサヒ達の至近距離にまで迫っていた神職風の装束の暗殺者──人斬り燕が動揺の気配を発する。その怪人に殴りかかるマーカス。

「させねえよ!」

 武器など隠し持つところの無さそうな礼服。しかし彼の怒りに応えるように右の袖が消し飛び、黒い肌が露になる。その右腕には金属製のフレームを組み合わせた機械式手甲が装着されていた。

 ボンッと音を立てて超高速で振り抜かれる拳。貫いたのは残像。この速度でも避けられた。だが敵は未知の武装を前に警戒したらしく、一旦間合いを取る。

 それを見て邪魔なタキシードを脱ぎ捨てるマーカス。下から現れたのは全身に取り付けられた金属の外骨格。

「試運転にはちょうど良い相手だ。付き合ってもらうぜ、人斬り燕!」

 再び手甲から噴出する高圧の魔素。肘周りから後方へと。その勢いで拳を加速させる。両足からも同様に魔素を噴射して人間の限界を超えた突撃速度を彼に与える。

 人斬り燕は長刀で受けた。しかし受け切れない。長刀が柄の中心から砕けて折れる。彼自身は後方に飛んでどうにか難を逃れた。

 だが、

「──ッ!!」

 間髪入れず、今度は背後から銃火を浴びせられた。咄嗟に障壁を展開。青白い光の膜が弾丸をことごとく弾く。


 けれども数が多い。このままでは押し切られる。


 追い詰められても冷静に戦況を判断しようとするその視線の先には、警備のため配置されていた兵士達と、参列者としてこの場にいた調査官達が共にMWシリーズを構えている姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る