七章・迎撃(1)

「結婚式!?」

「そう、明日の正午から王城の近くにあるチャペルで開くことになったわ」

 朱璃あかりがいきなりそう言って来たのは、あの特訓から二日後だった。いつも通り研究室まで足を運んだら誰の姿も無く、どうしたらいいのかと途方に暮れつつ一時間ほど待機していたところ、先に部屋を出たはずの彼女がようやく現れ、そしていきなり自分達の結婚式の日取りを告げた。

「なっ、なっ……なんで!?」

「落ち着きなさい。アイツを誘き出すための作戦よ」

「え?」

「まあ、ちょっと長い話になるから座りなさい。大谷、アンタもよ。いつも思ってたけど、黙って立ってられちゃ気が散るの」

「しかし殿下、私は──」

「その王太女殿下がいいって言ってんだからいいのよ。ほら、座って」

「わかりました」

 王族にそう言われては護衛隊士の彼女には逆らえない。結局、言われるがまま椅子へ腰を下ろす。

 相変わらず他の面々はいない。室内の三人が集まったところで朱璃は説明を再開する。

「まず、アイツの狙いはアタシ。それはわかってるわね?」

「まあ、この間の動きを見る限りそうだと思う」

「ならアタシが狙われる理由は?」

「いや、それは……」

 言われて気が付いた。よく考えると剣照けんしょう達からは朱璃が王太女だから狙われるという話しか聞いていない。王族が暗殺者に狙われるなんていかにもな話だから深く考えていなかったが、当然どんな犯罪にも動機はあるはずだ。

 常識で計れる理由だとは限らないが。

「えっと……王様になりたい、別の誰かが指示したから?」

「だとすると容疑者は他の王族ね。幸い数が少ないからすぐに絞り込めるわ」

「いやいや、待って待って」

 まだほとんど知らない相手だが、そんな理由だとは考えたくない。剣照にしろ開明かいめいにしろ悪人には見えなかった。神木かみきだって、あれで一応は朱璃の母親だ。流石に我が子を殺すような真似はしないだろう。そうだと思いたい。

「ま、骨肉の争いなんてのは定番の話だけれど、一応怪しい連中は他にもいるのよ」

 ニヤニヤしながら語る朱璃。こちらの回答を予想していたに違いない。他にも容疑者がいるなら先に教えてくれればいいのに。

「もしかして、反体制派ですか?」

 察しのついた大谷が問いかける。朱璃は「かもね」と返した。

「でも、人斬り燕は明らかにアタシ達のとは別系統の魔法を使っていた。あれは南の霊術なんじゃない?」

「私は直接見ていませんが、話に聞く限りはそうだと思います。おそらく人斬り燕は南の人間でしょう。しかし三年前の犯行時、奴はただの辻斬りでした。王族のお一人も犠牲になったとはいえ、それも奴が狙ったからではなく、佳純かすみ様がご自分で城を抜け散策されていたことが原因です」

「そうね、佳純おばさんが夜の散歩になんて出かけなければ、あんな悲劇は起きなかったかもしれない」

 二人の会話に突然出て来た名前に戸惑い、今度はアサヒが訊ねる。

「あの、その佳純さんってもしかして……」

「開明の母親よ」

 やっぱりか。人斬り燕の三年前の連続殺人については旧エレベーターシャフトの戦いの後で友之ともゆきから聞いたが、犠牲になった王族が開明の母親だとは知らなかった。

(あんなに明るく振る舞ってたのに、あいつにも辛い過去があるんだな……)

 親を喪った者同士、どことなく親近感を覚えてしまう。

 そんな彼の横で二人はさらに議論を重ねた。

「私は、人斬り燕を潜入工作員だと疑っています」

「南の?」

「はい。我が国に混乱をもたらすことを目的にしているのではないかと。正直申し上げて三年前の時点では、我々は奴に対抗する術を全く持っていなかった。なのに奴は女王陛下や王太女殿下を狙わず、一般市民や兵士、調査官ばかりを襲撃していた。おそらく王族を狙う許可が下りていなかったからでしょう。王族殺しとなれば流石に事が大きくなりすぎます。即座に戦争にも発展しかねない。

 しかし、逆に要人暗殺が目的だったとすれば、辻斬りなどという無意味な凶行を重ねる意味が無い。だからあれは我々の間に疑心暗鬼を生み北日本国内の情勢を悪化させることだけを目的とした一種の扇動工作だったのではないか。そう考えました」

 なるほどと楽しそうに頷く朱璃。

 でも、と言葉を返す。

「今回、アイツは真っ先にアタシの命を狙って来た。これはつまり南が方針転換を行ったということかしら?」

「その可能性は否定できません。しかし、らしくないと考えます。先に述べた私の仮説が当たっているとすれば、南は我が国の混乱に付け込み、なんらかの……おそらくは武力に依らない政治的介入を行うつもりだった。けれどあの事件の折、結局そんな動きは見られなかった。

 それはおそらく佳純様が犠牲になってしまったから。王族に被害を出したことで作戦は中止になり、ほとぼりを冷ますための冷却期間を置いた。けれど、まだたったの三年です。我々の記憶が風化するには早すぎる」

「だから今回は南日本ではなく、別の意志の働きかけで動いている、と?」

「そう思います」

「なるほど、たしかにアナタは優秀だわ」

 感心した朱璃は珍しく素直に人を褒めた。敬愛する王族からの賞賛に大谷は「恐縮です」と頭を下げる。ちょっと顔が赤い。

 黙してしまった彼女に代わり、話についていけなかったアサヒへ朱璃が解説する。

「反体制派というのは、今の北日本の社会に適応できなかった連中よ」

「適応できなかった?」

「食事が配給制であること。将来を国に勝手に決められてしまうこと。そういう諸々の不自由に我慢できなくて自分から社会の枠をはみ出していった人間。旧時代にだっていたでしょ?」

「それは……」

 たしかにいた。伊東 旭が生きていた時代にも社会の仕組みに順応できず苦しんでいる人々は大勢いた。

 けれど、まさかこの生存すら困難な時代にそういった人々がいるとは思っていなかった。みんな、ただ生きることに必死なのだとばかり。

「連中の大半は管理放棄されたピラーに隠れ住んでいるわ。わざわざあの中に入って上の方まで探しに行ったりしないものね。まあ、とはいえ大した悪さはできないのよ。食糧も一応、自給自足してるみたいだし。足りなくなったら盗みに来ることもあるけどね。そもそも努力のできない連中ばかりだもの、大それた計画なんて実行できない。過去に企てた要人暗殺だってことごとく失敗に終わってる」

「はい、ですが──」

「そんな怠け者どもにやる気を出させて、強力な支援も行える指導者が現れた」

 大谷の言葉を継ぐ形で答える朱璃。大谷は少しばかり驚く。

「ご存知でしたか」

「対策局も地上ばかりを見ているわけではないのよ」


 彼女達の説明によると、近年、反体制派の動きが活発になっているらしい。

 まだ目立った行動こそ起こしていないが、バラバラだった複数のグループが統合された上で明確な指揮系統を築き、組織立って活動を始めた。

 もちろん警察組織も兼ねる陸軍が捜査を行い、何十人もの反体制派を逮捕している。

 しかし誰一人としてどんな計画が進行中なのか喋らない。全員が口を揃えて、もうすぐ王制は終わりだと、それだけを言い続けている。

 その言葉を額面通りに受け取るなら革命を起こすつもりなのだろう。だが、それをいつどこで、どのようにして行うのかは判然としない。そもそも彼等に本当にそんな力があるのかも不明だ。


「でも、多分やるわ」

 朱璃は立ち上がり、目の前の二人を交互に見ながら語った。

「人斬り燕は南から送り込まれた潜入工作員。きっと、その見立ては当たっている。王族に犠牲を出してしまったことで連中は人斬り燕に一旦身を潜めるよう指示を出した。けど、三年後の今になって誰かがその事実を突き止めたのよ。その情報で奴を脅し、刺客として利用している。真っ先にアタシを狙ったことを考えると、恐らくはこの国から王族を排したい人間。なら必然的に反体制派こそが最も有力な容疑者ということになる。ただ一番の問題は──」

 トン、と指先で机を叩く彼女。不敵に笑い、二人の間の誰もいない空間を睨みつける。


「誰が、その指示を出している黒幕か……ってこと」


 脅しをかけられている人斬り燕は、この先も王族の命を狙い続けるだろう。だが、彼を倒したところでそれで解決にはならない。指示を出した黒幕を見つけ出さないと第二第三の人斬り燕が送り込まれてくる可能性が高い。

「──とはいえ、それに関しちゃアタシ達の仕事じゃない」

 急にそんなことを言って着席する彼女。予想外の気の抜けた表情を見せられ、アサヒと大谷は眉をひそめる。

「なんで?」

「アタシ達はあくまで特異災害対策局よ。大谷は護衛隊。そして捜査は陸軍の担当。自分の命がかかっていることだし、もちろん対処はするけれど、管轄外の仕事にまで精を出すことはないわ。アタシ達は人斬り燕を迎え撃つことに専念すべき。というわけで話を戻すけど、明日が結婚式だから」

 そうだった。長々と遠回りしてしまったが自分が訊きたいのはそれだ。今度はアサヒが立ち上がり、持ち上げた両手をわななかせる。

「だから、なんで結婚式なのさ!?」

「アンタとアタシの結婚自体、反体制派に対する牽制だから」

 なんだって? 目を白黒させた彼に彼女は真実を告げた。

「早々に王太女であるアタシが身を固めることで王制は当面盤石だとアピールする狙いがあんのよ。しかもアンタは初代王の再来と言われる“渦巻く者ボルテックス”じゃない? その血を王室に迎え入れれば国民からの支持はさらに高まる」

 なるほど? いや待て、一瞬納得しかけてアサヒは逆に激昂する。

「そんな理由で結婚するのかよ!?」

「何? 他に何か合理的な理由があんの?」

「合理的とかなんとかじゃなくて、だから、その……」

 一番大事なのは互いに愛し合っていることなんじゃないかと言いたかったが、朱璃の顔がニヤついているのを見てやめた。当然こちらの考えはお見通しなのだろう。馬鹿正直に言ってもからかわれるオチしか見えない。

「ああ~……なんでこんなことに」

「別にいいじゃない。アンタみたいな化け物、婿に貰ってくれる相手なんてアタシくらいのもんよ?」

「そうでしょうか……」

「ん?」

「……」

 大谷が何か言ったような気がするが、朱璃は聞き逃したし、アサヒは頭を抱えて聞いてなかった。

 ああ、どうしてだ、どうしてこんなことに。


(なんで俺、こんなに落ち込んでるんだ!?)


 朱璃との結婚は形だけ。それだけでこの国に居場所が出来る。人外の自分にはたしかに望外な厚遇。

 でも納得がいかない。まさか、いや、本当にまさかだ。

 ありえない。絶対にそれだけは無い。無いはず。

 葛藤する彼に対し、朱璃は明るい表情で声をかける。

「ところでさ、暇なら指輪の一つも用意しなさいよ。材料ならそのへんにあるもの適当に使っていいから。言い忘れてたけど、今日は安全のため、この建物から一歩も出られないことになってるんで、そこんところよろしく」

「そんな適当な結婚指輪は嫌だっ」

「私、買って来ましょうか?」




 ──翌日、アサヒは予定通りチャペルまで移動した。大勢の護衛に付き添われているが、馬車でここまで来る間、とりあえず襲撃は受けていない。やはり朱璃の予想通りになりそうだ。


『敵が仕掛けてくるとしたら、おそらく結婚式の最中』


 教会の中は狭く、また参列者が数多くいる。ちょうど先日の旧エレベーターシャフトと似たような状況だ。つまりアサヒには全力が出せない。敵が優位を取るにはうってつけのシチュエーション。

 だが逆に言えば、だからこそ敵はこの機を見逃せない。


『アイツには考えを読まれている』


 本来、この結婚式はもっと後で執り行われる予定だった。こんな急な予定変更を怪しまないわけがない。少しでも考える頭があれば怪しむはず。だから実際に敵が来るかどうかは賭けだという。

 仮に人斬り燕が単独犯だったなら、恐らくは来ない。みすみす罠に飛び込むのは馬鹿のすることだから。

 しかし、朱璃と大谷の推測が当たっていれば人斬り燕は反体制派と繋がっており、どうしても彼等の指示に従うしかない事情がある。ならばその理由次第では無理を押してでも仕掛けて来ることは十分考えられる。アサヒの能力を封じられるこの状況には賭けに出るだけの価値があるからだ。


『式が始まったら、さりげなく周りの兵士や調査官に注意しなさい。マーカスが言うには、敵はおそらくその中に紛れ込んでいるそうよ』


 人斬り燕は現役の兵士か調査官である可能性が高い。そう教えられて驚いた。知っている相手でなければいいのだが。

(いや、知り合いじゃなくても嫌だけどさ……)

 あえて言えば、やはり顔見知りの方が戦いにくい。

「さて、と」

 着替えを済ませた彼は、鏡張りの小さな更衣室から出て訊ねた。

「どうでしょう?」

「大変お似合いです。ただ、少々タイが曲がっていますね」

 そう言って直してくれる小畑おばた。こんな時でも彼女はアサヒの世話を焼いてくれる。

「ありがとうございます」

 アサヒはいつものスキンスーツではなく、燕尾服風にデザインされた衣装に着替えていた。

(人斬り燕と戦うのに自分も燕になるって、なんか皮肉だな)

「どうされました? お顔が渋くなっておられますよ?」

 彼の表情の変化に気付いて問い質す小畑。

 アサヒは照れ笑いを浮かべつつ頭を振る。

「いえ、ちょっとつまらないことを考えただけで」

「そうですか……殿下とのご結婚を嫌がっているのかと思いました」

「それは、えっと……」

「ふふ、冗談です。アサヒ様の本心はわかっておりますよ」

 優しく微笑むその顔を見ていると心が和む。自分は一人っ子だったが、姉がいたらやはりこんな気持ちになったのかもしれない。

「なんでもお見通しですか?」

「ええ、侍女ですから」

「メイドさんって凄いんですね……」

「仕えるということは、よく観察することでもあります。観察力なくして一人前の使用人にはなれません」

 そういうものなのだろうか? 小畑の職務にかける情熱とプライドを見たようで今度は尊敬の念が湧いて来る。

 その直後だった。二人のいる控え室のドアがノックされ、小畑が「どうぞ」と答えると即座に開き、兵士が一人、顔を出す。こちらもいつもの大谷だ。

「アサヒ様、朱璃様の支度が整いました。お先に移動してください」

「あ、わかりました」

「では参りましょう」

 小畑が前に立って歩き出す。アサヒには親族がいない。だから彼女が代わりに付添人をすることになった。

 彼女には失礼だけれど、こう思ってしまう。

 母がいてくれたら良かったのに、と。

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