六章・逃走(1)

「チッ!」

「ちょいさっ!!」

 マーカスと友之の長銃から放たれた銀色の光が、敵と自分達の間の地面に着弾して氷壁を生み出す。だが針のように細くなった突起はそれを易々と貫きアサヒに迫った。

「フンッ!」

 ウォール、カトリーヌ、小波、真司郎の四人がかりで空中に魔素を放出。それで四枚の障壁を形成。敵の攻撃はその四枚目でやっと食い止められた。

「あ、あぶな……!?」

 四枚目は小波の眼前、つまりアサヒにとっても目と鼻の先だ。魔素によって形成された障壁は加速魔法による補助さえなければ朱璃の対物ライフルだって防ぐ。それを三枚貫くとは予想以上の貫通力。朱璃は即座に敵の戦力を見積もり直す。

(無理ね、勝ち目無し)

 思った以上に分が悪い。即断した彼女はマーカスに「耳ッ」と短い指示を出すと、同時に彼の肩の上で発砲した。弾丸が白い閃光と化し、標的に命中。数本の突起をぶち砕く。

 でも貫けない。突起の下に本体らしき何かが見えたが、こちらの最大火力でもそこまでダメージが届いていない。しかも砕けた突起はすぐに再生してしまった。これは耐久力も尋常じゃない。

「野郎! また随分とかってえな!?」

 素早く耳を塞ぎ、鼓膜を守ったマーカスが渋面で叫ぶ。

「いいから行くわよ! アタシが牽制するから、その間に左右を抜けて!!」

「了解!」

 指示に従い、馬を走らせる班員達。朱璃は立て続けに発砲した。敵は無数の突起を前面に集中させ、それを防ぎ続ける。


 ──防御するということは、全くダメージが無いわけではないのか。少なくとも自分のこの攻撃には一定の脅威を感じているのだろう。実際、砕けて地面に散らばった破片の分、体積が減ったようにも見える。飽和攻撃を浴びせれば倒せなくはないかもしれない。


(なら仕掛ける? いや、それでも──)

 危険に過ぎる。欲をかけば全滅だ。そもそもあれは一〇分経ったら勝手に消える。無理する必要は無い。記憶災害との戦闘において最も有効な戦術は二五〇年前から同じ。つまり逃走あるのみ。

 まして、今は貴重なサンプルまで連れている。アレを持ち帰ることが出来なくなる可能性を考えれば、やはり不必要な交戦は避けるべきだろう。

 彼女の牽制射撃で敵が防御に徹した隙に、星海ほしみ班の面々は左右に別れ、その両脇をすり抜けた。意外なほどあっさりと突破に成功する。

 もちろん見逃されたわけではない。敵は再び突起を伸ばし追撃を仕掛けて来た。だが今度もまたアサヒに届く寸前で動きを止める。朱璃達が防いだわけではなく、伸びるにつれて細くなったそれが勝手に止まったのだ。距離はおよそ八〇m。どうやら、この距離が奴の最大射程らしい。

「班長、あいつ動きませんよ!」

「油断しない!」

 敵は足を止めたまま──あわよくば、このまま振り切れるかもしれない。そんな希望的観測を述べた小波に注意を促す。

 朱璃の忠告通り、敵は動き出した。ウニのようだった姿が突如展開し、中からトカゲが現れる。背中に無数の突起を背負った淡く発光する巨大トカゲ。

 そして、そいつは猛然と彼女達を追いかけて来た。

「あれが本体なん!?」

「ハリネズミならぬハリトカゲ!」

 体を丸め、背中の突起物で身を守りながら、それを操って獲物も狩る。そういう生態の生物なのだろう。これまでに確認されたことがない新種だ。

 走る速度は馬と互角。射程外ギリギリの距離を稼げているため、ここから一〇分、再度の接近を許さなければこちらの勝ち。自分達の乗っている馬もスタミナの向上に特化した変異種なので、そう簡単に速度を落とすことは無いだろう。

 多少の余裕があることを確認してマーカスが問う。

「大丈夫か朱璃!?」

「ハア……ハッ……ハァッ……」

 彼女は呼吸が乱れ、返事もままならない状態だった。彼女の“魔弾”は威力が高い反面、魔素の消費が激しい。疑似魔法とは、乱発すれば命も失いかねない諸刃の剣なのだ。人類の大半は魔素に適合して進化を遂げたものの、反面、魔素が完全に枯渇してしまえば全身の筋肉から力が抜け、最悪の場合、心停止等の症状を起こし死に至る──そんなデメリットまで背負ってしまった。

 しかし朱璃は愛用のライフルを落とさないようしっかり抱え込みつつ、少し間を置いてから返答する。

「大丈夫……問題無い」

 その言葉通り、乱れていた呼吸が徐々に落ち着き始めた。彼女は魔素吸収能力に関して言えばずば抜けている。たしかに今はまだ体に力が入らないが、数分もしたら行動に支障が無い程度には回復するはずだ。

「わかった、落ちるんじゃねえぞ!」

 頷きながら巧みな手綱捌きで馬を操り、森の中の道無き道を疾走させるマーカス。朱璃の体はこんな時のため一本のロープで彼と繋がれている。だから彼が落馬しない限り彼女も落ちたりはしない。

 問題は、残り数分逃げ切れるかどうかだ。敵との距離は一向に縮まる気配が無い。とはいえ万事が上手く運ぶとも限らない。


 案の定、トラブルが発生した。


「班長、まずいです! 前方に崖が!!」

「ここもかよ!?」

 以前通った時には存在しなかった崖が進路上に出現していた。対岸まで二〇mほどある。やはりなんらかの災害で地形が変化したのだろう。

 しかたない、一か八かで迎撃しよう。朱璃は全員に指示を出す。敵との距離も崖との距離もほとんど無い。悩んでいたらその間にどちらかで命を落としてしまう。

「──わかったわね? 頼んだわよ小波!」

「は、はいっ!!」

「俺は!?」

 彼女の説明した作戦を聞いて悲鳴じみた声を上げるアサヒ。けれどそんな彼を無視して班員達は動き出す。小波とアサヒを乗せた馬を除き、他の馬全てが左右に別れて木々の向こうへ姿を消した。

「来ますよ!?」

「わかってる! 合図したら横に跳んで!!」

 崖の直前で馬を止め、すぐに下馬する小波。アサヒにも降りるよう促し、彼が降りると同時に馬を別方向へ逃がす。

 すでに“竜”は目前まで迫っていた。やっぱりか──自分達の馬を隠した後、マーカスと共に素早く樹上へ登ったアカリはニヤリと笑う。

 敵の狙いはアサヒだ。彼から離れたメンバーには見向きもしない。理由は不明だが、昨日の獣達もあの怪物も他には目もくれず彼を真っ先に攻撃した。


 だから囮に使った。


「今よ!」

 彼女が号令を出すまでもなく、隠れていた班員達がそれぞれにタイミングを見計らい左右の林から凍結魔法を放った。アサヒと小波の眼前まで迫っていた敵の、その足下へと。

 雨で濡れた地面が凍り付き、大口開けて二人を飲み込まんとしていた敵は足を滑らせる。同時にアサヒ達はそれぞれ左右に跳躍した。

「ぐっ!?」

「落ちろっ!!」

「!?」

 アサヒの願い通り、勢いが付きすぎて止まれず崖下へと落下する怪物。

「やったか!?」

 すかさず飛び出して来たマーカスが縁から覗き込むと、トカゲは崖の途中に張り付いていた。ところが掴んだ部分が脆かったらしく、直後に崩れてさらに下へと転落する。予想以上に深い。簡単には上がって来られないだろう。

 とはいえ油断は禁物。

「今のうちに迂回して向こうへ渡るわよ!」

 数百m先に旧時代の鉄橋が見えた。元々そこにあったのか、なんらかの偶然で架かったものかわからないが、今の状況では渡りに船。そこを目指して再び森の中を進む星海班。

 獲物を逃した大トカゲが怒っているらしく、崖下から轟音が鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る