五章・襲撃(1)
彼等は戸惑っていた。人間に“変異種”と呼ばれる獣達だ。
あれは恐ろしい。人間のねぐらの中にいる“あの者”はとてつもなく恐ろしい存在。なのに、それを追わずにはいられない。昼間はそれほど強くない衝動なので遠巻きに眺めるだけで済んだが、夜になった途端、激しい渇望が彼等を衝き動かした。
自分達の血肉に溶け込んだものが、この身をただの獣ではなくしてしまったものが強く求めている。あの力を己が手にせよと訴えて来る。
駄目だ、やはり抗えない──
彼等は一頭、また一頭と森から抜け出てその建物に近付いて行った。すぐに人間に見つかって鉄の武器が火を噴くとわかっていても、どうしても頭の中の声を振り払うことはできなかった。
「敵襲!!」
「ええ!?」
それが始まったのはウォールの後に見張り番を担当して、
「なんやのもうっ」
苛立ちを隠さず起き上がり持ち場につくカトリーヌ。他も全員、昨夜と同じように窓を穴空きの鉄板で塞ぎ、留め金をしっかりチェックしてから銃を構えた。この建物は平屋で昨日のような高低差を活かした戦い方はできない。代わりに後方を崩落した別の建物の瓦礫で飲み込まれているため、前だけを警戒していればいい。
外からガンガンとやかましい音が鳴り響く。建物の周囲を囲う防壁に何かがぶつかっているのだ。まず間違いなく変異種だろう。
「この音、一匹や二匹じゃねえぞ。昨日みたいな群れだ」
「二日続けてなんて、今回はツイてませんね」
「ツキ……かしらね?」
朱璃も対物ライフルを構えながら、視線を一瞬だけアサヒに向ける。アレは鉄骨に縛りつけられたまま不安そうな顔をしていた。傍にはドクターがいる。
昨日、彼を拾った途端に変異種の群れの襲撃を受けた。
そして今日もまた……本当に偶然だろうか?
(断定はできない。でも、アレに敵が引き寄せられている可能性は考えられる)
だとしたら面白い話。彼女はこっそりほくそ笑む。
こうでなくては拾った甲斐が無い。もっと予想外の事態を引き起こせばいい。班員達の前なので口にこそ出さないが、ハプニングはこちらとしても望むところである。
(技術の進歩なんてね、大体が偶然の産物なのよ)
「チッ、流石に数が揃うと保たねえな……来るぞ!」
防壁が崩されかけている。明日には福島に着くだろうが、道中同じように襲撃を受けるかもしれない。そう考えた朱璃は追加で指示を出した。
「みんな、弾を節約して! 出来る限り敵を引き寄せて魔法でまとめて殲滅!!」
「了解!」
この状況でいちいち班長の指示に問い返すような馬鹿は一人もいない。全員が素早く銃の先端に銃剣を取り付け、接近戦に備えた。
「あ、マーカスとウォールは左右の鉄板を押さえて! 真ん中はいい!」
「あいよ!」
「ん」
力自慢の二人が銃を置いて両手を鉄板に当てる。
同時に外のフェンスの一部が倒され変異種の群れが押し寄せて来た。多くはやはり昨日と同じ野犬だが、他にも猪やら鹿やら雑多な種類が混じっている。
狂暴化した獣達は、やはり昨晩同様まっすぐ突っ込んで来て窓を塞ぐ鉄板に体当たりを仕掛けた。建物全体がグラグラ揺れる。ここは旧時代の遺物だ。あまりこれが続くと崩落してしまうかもしれない。
「ぐっ……ぬう!?」
「むうっ!」
凄まじい衝撃で留め金が外れそうになったが、マーカスとウォールの二人は全身全霊の力を込めて鉄板を押さえ続ける。そして、その間に彼等と朱璃以外の残りのメンバーが銃剣を穴に突き込み、変異種達を繰り返し刺突した。
「ここが崩れたらまた物件探しからやで! みんな、気張って守りや!!」
「はい、カトリーヌさん!」
カトリーヌに檄を飛ばされ、張り切って応える友之。
すると小波は苛立たし気に、より激しい攻撃を敵に見舞った。
「ああもう! ああもうっ!!」
「若いねえ」
穏やかに笑いながら、されど淡々と敵を仕留め続ける真司郎。その動きには一切乱れも躊躇も無い。機械的に自分の仕事をこなし続ける様には長年この仕事を続けて来た男の醸し出す風格があった。
鉄板の穴から血飛沫が吹き込み、彼等の姿をあっという間に赤く染める。
「もうっ!! せっかく綺麗にしたんに!!」
「だから、アタシはいいって言ったのよ」
毒づくカトリーヌ。嗤う朱璃。
調査官達は敵がある程度固まったところでめいめいに魔法を放ち、凍結させ、銃剣の先で打ち砕いた。あるいは地面を隆起させ、鋭いトゲを生み出して串刺しにする。ところが変異種達は怯むことなく仲間の死骸を踏み越え、さらに激しく突撃を繰り返す。自分達を使い捨ての駒だとでも思っているかのような躊躇無い特攻。
明らかにおかしい。何が彼等にここまでさせるのか。
──その光景を、非戦闘員のアサヒと門司は部屋の隅から眺めていた。
「どうなってんだい、ありゃ……」
眉をひそめる門司。
アサヒはそんな彼女に問いかける。
「普通じゃないんですか?」
「変異種ったって、ちょっと強くなっただけの獣だよ。基本的に獣は“勝てない相手”に挑んだりしないものさ」
それでも襲いかかって来るのは限界まで腹を空かせて見境を無くした個体か、あるいは強力なリーダーに率いられている大きな群れ。前回と今回の襲撃は後者の仕業のようにも見える。しかし、そういう群れの場合はもっと慎重に狡猾に攻めてくるものだ。こんな闇雲な突撃で無駄に戦力を減らしたりはしない。
「少なくとも正気じゃないよ。全部が極限まで飢えてるみたいだ」
そんな門司の言葉を聞いたアサヒは、ふと気が付いた。
(まさか……俺がいるから……?)
奇しくも朱璃と同じことを考える彼。まあ、これに関しては誰だって同様の推察をするだろう。この状況で朱璃達の側に普段と違う要素があるとすれば、どう考えたってそれは自分だ。
でも、あれらの狙いが自分だとして、その理由まではやはりわからない。朱璃にも門司にも、誰にもまだ答えは不明のままだ。ひょっとしたらあの獣達自身にだって理解できていないのかもしれない。
固唾を飲むアサヒ達の視線の先で、突然、変異種の群れの行動が変化した。左右の窓を突破するのは難しいと見て取り、押さえる者がいない中央の窓へ殺到したのだ。班員達は左右から魔法による砲火を浴びせかけるが、それでも怯まず突っ込んで来る獣達によって窓を塞ぐ鉄板の留め具が軋み始める。
「窓が!」
このままじゃまずい。そう思ったアサヒは無意識に手を貸そうと動いた。しかし彼は鉄骨に縛り付けられているのだ。ロープがピンと張って足を止められた瞬間、やっとそのことを思い出す。
反対に門司と班員達はホッと息を吐く。
「よし、勝った」
「え?」
門司の言葉に眉をひそめ、振り返ろうとするアサヒ。その瞬間、部屋の中央で凄まじい閃光が生じ、強引に意識を引き戻された。中央の鉄板が押し開けられ、強行突破してきた獣の顔が見えた瞬間、待ち構えていた朱璃が発砲したのだ。
魔法によって加速された弾丸が昨夜と同じように白光と化し、衝撃波を放ちながら直進する。朱璃達の作戦によって中央の窓の前へ誘導されていた獣の半数が一撃でバラバラに砕け散り、残りの半分も少なからずダメージを受けて動きを止めた。
すかさず朱璃が叫ぶ。
「トドメを刺せ!!」
「おう!!」
弾薬と同様、体内に蓄積された魔素にも限りがある。マーカス達は自ら鉄板を押し上げ外へ飛び出すと、動きの鈍った獣達を銃剣で殺戮し始めた。まだ元気の良い個体も何匹か残っていたが、少数が相手なら彼等が後れを取るようなことはない。見る間に群れは数を減らしていく。
「ま、一安心ね」
これだけ多くの変異種を倒した以上、付近の敵性体はあらかた殲滅したと見ていいはず。やはり、ふうと一息ついてアサヒ達の方へ振り返る朱璃。
だがその瞬間、目を見開いて叫んだ。
「ドクター!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます