第一部

序章・選択

 陽が沈んでからしばらく経った。静かに燃えながら黒煙を吐き出す森を横目に、ぬかるんだ地面の上で、泥だらけになった男女が向かい合う。炎の放つ暖かい光が両者の姿を照らし出しているのに、互いの間に漂う空気はひどく冷たい。

「どういうこと?」

 赤毛をポニーテールにした小柄な少女は、その身の丈に似合わぬ巨大な対物ライフルを胸の高さで構え、銃口を眼前の相手に押し当てる。ちょうど“心臓”があるはずの位置だ。

「……えっと」

 対するは黒髪黒目、鋭い目付きで、それでいてどこか柔弱な印象を抱かせる少年。抵抗の意志は無いと示したいのか、両手を肩より上まで持ち上げつつ少女を見つめ返す。背丈は彼の方がずっと高いのに、どういうわけか彼女の青い瞳に見下されているような錯覚に陥った。自然、俯いた彼の視線も卑屈に上を向いてしまう。

 少女は体型にフィットした黒いスキンスーツを着用している。周囲にも同様の格好をした男女が数人おり、全員で少年を取り囲んで、彼女の手の中のものより小ぶりな──けれども十分に危険な突撃銃を彼一人に対し向けていた。その表情には微塵の油断も感じられない。まるで猛獣を相手にしているかのような警戒感。

 この陣形でも彼等が同士討ちすることは無いだろう。それだけの訓練を受けて来たプロだと聞いた。

 頭上を鳥が旋回する。甲高く一声鳴いた。

 直後、少年は訊ねる。

「撃つ?」

「アンタ次第よ。どうする?」


 引き金を引くか、それとも──


「……」

 問い返されて、しかし、すぐには答えることが出来なかった。彼の極めて短い人生の中でも、おそらくは一番重要な選択なのである。

 急かすように銃口をグリグリ動かす少女。嗜虐的な笑みを浮かべ、今か今かと回答を待ちわびている。炎の輝きに照らされたその姿は逞しく、生命力に満ち溢れていた。同時に可憐な容姿でもあるはずだが、今の彼の目には悪魔のようにしか映らない。

 周囲の者達もきっと見逃してはくれないだろう。仮に見逃されたとしても、この世界でどうやって一人で生きて行ったらいいのやら。

 どうしてこんなことになったんだ?

 少年は、遠い昔を思い返した。

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