五十章 シュシュ・ア・ミティ

ここは学園のとある温室。

大分外も寒くなり、暖かい温室が恋しくなる。

そんな中、温室では咲き誇る花々に囲まれて、ティーカップを片手にメルルが浮かない顔をしていた。

「はぁ……」

メルルが小さく溜息を着く。

持っていたティーカップ。その中に入った紅茶に息が掛かった。

結局あの後、要舞になんの返事も出来ないまま彼の部屋から飛び出してしまった。

しかも、気まずくなって今日は一回も彼と出会っていない。昼だって久しぶりに一人で食べた。

彼の大切な人になるって、どうすればいいのだろう。

己はもう、大切な人が居るのに……

思わず遠くを見つめる。

「大丈夫ですか…?」

隣に座って、クッキーをつまんでいたユキが心配そうに問いかけた。

その言葉にハッとすれば、メルルはユキの方を見る。

そして眉を下げた。

「ええ、ありがとう…ごめんなさいね、陰気臭くしちゃって」

せっかく久しぶりに会えたのにと申し訳無さそうに唇を紡ぐ。

その言葉にユキは首を横に振った。

「いえ、大丈夫ですよ。何かあったんですか?僕で良ければ聞きますよ」

いくらでも頼ってくださいと微笑みかける。

メルルは持っていた紅茶の入ったティーカップを机へと置いた。

「ありがとう、優しいのね」

心配しないでと笑えばユキの頭を優しく撫でた。

わ、とユキの口から声が零れる。

「子供扱いしないでください。これでも、僕はメルル先輩の相棒なんですから!」

己の撫でる手を取ればぎゅ、と彼女の手を握りしめる。

そして、じっと彼女を見つめた。

その言葉にメルルがくすくすと思わず笑う。

「ふふ、そうね。ごめんなさい。そして、ありがとう、相棒」

彼女の手を握り返せば顔を綻ばす。

ユキはこくこく、と首を縦に頷いた。

どこからともなく暖かな風が吹き込む。

「どういたしまして、です。確かに、相棒だからっていうのもあるかもしれません。それに、一人の人間として僕は、メルル先輩が大切な人で、仲間だと思っています。だから、悩んでいる時は頼ってください。いくらでも力になりますから」

真っ直ぐとユキはメルルを見つめ続ける。

そんな真剣な彼女の姿。

メルルは嬉しくなってありがとう、と小さく呟いた。

「ええ、そうさせてもらうわ。でも、今回は本当に大したことないのよ……でも、一つ言うのなら、そうね」

うーん、とメルルが顔を上へと上げる。

そして一つの答えが浮かんだのか、ゆっくりと口を開いた。

目を伏せる。

顔が熱いせいか、ほんのりと頬が紅くなった。

「大切な人は何人いてもいいものなのかしら……?」

ユキが瞳をぱちくりとさせる。

そして身体を前のめりにさせれば、メルルに顔を近づけて叫んだ。

「勿論ですよ!」

その言葉と声の大きさにメルルが瞳を丸めて後ずさる。椅子の背もたれに背中を預けた。

「そ、そうなの……?」

思わず聞き返せばユキは頷いた。

「そうですよ。僕だって、大切な人沢山います。シモンくんにユアくん、リメくん…三年生の魔法少女の先輩……それに、父さん母さん……そして、兄さん。皆みんな僕の大切な人ですよ」

だから、大丈夫ですとユキは笑った。

得意げな彼女の姿。

彼女の言葉を聞いてメルルが大きく笑う。

「ふふふ、そうね。考えすぎていたわ。ありがとう、ユキ」

少し心が軽くなった気がした。

チチチチチ、と鳥のさえずりが遠く聴こえてくる。

プランターに植えられているコスモスがゆらゆらと風で揺れた。

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