笛の音は遠く彼方から3

栄斗に断れず、渋々、と在舞はお客様の元へと向かう。

「いらっしゃいませ、ご、ご主人様……な、何名様でしょうか?」

あまりの恥ずかしさに思わず声が吃る。

「良い格好だね、アル。二人だよ」

その声の主に思わず在舞が固まった。

「イ、イル……なんで……」

いつもの学ランではなく、モコモコなピンクの着ぐるみ、多分うさぎだろうか。頭がないから確信はなかったが、その服を着た要舞が在舞の店へとやってきた。きぐるみの中の人が出ていて大丈夫なのだろうか……思わず心配になる。

「こんにちは、在舞くん。おじゃまするね」

そして、その隣には黒い蝶ネクタイに燕尾服を着た葵の姿。背が高くシュッとしているせいか、とても格好よくみえる。珍しく眼鏡をつけてはいなかった。

二人に見られて恥ずかしいのか、在舞が思わず手に持っていたおぼんで顔を隠した。

「なんで来たの……は、恥ずかしい……んだけど」

見ないでと思わず叫ぶ。

「いや、見ない選択肢はないけど。だって、可愛いって噂のアルを見に来たんだから」

要舞が腕を組んで堂々と仁王立ちをする。

しかし、着ぐるみのせいかアンバランスなその姿に葵は思わず笑いそうになった。

「可愛い格好だよね在舞くん。凄く似合ってるよ」

その言葉にちら、とおぼんから顔を出した。

「本当?……可愛い?変じゃない?似合ってるかな……?」

思わず問掛ける。質問攻めをされれば、ははと笑いつつ葵は勿論だと首を縦に振った。

在舞がおぼんを胸元へと抱え込めば嬉しそうに笑う。

「そんなに褒められたら照れるね。葵くん、こっちまでどうぞ。ご案内させていただきますね」

嬉しそうな声色に要舞は不満そうに顔を顰めた。

「僕は?ねぇ、僕は?葵との時とはえらい違うね」

まあまあ、と要舞を葵が宥めた。

在舞に案内された椅子へと座る。

在舞がごゆっくり、とぺこり、とお辞儀をしてその場を立ち去った。

二人はメニューを眺める。

メニューには可愛らしい字でこう書かれていた。

『ふわふわきらきらパンケーキ

可愛い美味しいハートクレープ

しゅわしゅわぱちぱちクリームソーダ

メロメロハートのチョコラテ……』

要舞が顔を顰め、葵が目を輝かせる。

「甘いものが沢山だね」

思わず声が弾む。

「甘いものしかないの……ここ…」

要舞から溜息が零れる。

葵は要舞の方を見た。

「要舞くんは甘いもの苦手なの?」

こくり、と渋い顔で頷く。

「あんまし得意じゃない……」

思わず口を尖らせる。

尖った唇にアヒルみたいだなと葵は見つめた。

「そう、なんだね……僕は甘いものしか食べないからなぁ」

うーんと首傾げれば、下の方に小さく書かれた『熱々灼熱のコーヒー地獄』というメニューを葵が見つけた。

「えっ可愛くない」

思わず葵の口から言葉が零れる。

要舞は首傾げた。

「ああ、ここ、ほら」

可愛くない言葉が綴られた場所を指さす。

要舞が文字を覗き込む。

「確かに可愛くない……でも、甘くなさそうだね」

確かにと要舞が同意する。

「これにする?」

こくこく、と要舞が頷く。

「これにする」

これなら大丈夫かも、と瞳を輝かせた。

「じゃあ、頼もうか」

すみませーんと葵が定員を呼ぶ。

メモ帳とペンを持った在舞がやってきた。

「ご注文は何にされましたか?」

一応二人は客なので敬語で問いかける。

こてん、と首傾げれば二人の方を見る。

葵がメニューを指さした。

「えっと、ふわふわパンケーキと可愛い美味しいハートクレープとしゅわしゅわぱちぱちクリームソーダと……えっと、」

次々と葵は呪文のようにメニューを唱える。

「食べるね!?」

思わず要舞がツッコミを入れた。

葵がきょとん、とする。

「え?そ、そうかな……甘いものが沢山で嬉しくて」

頼み過ぎたよね、と恥ずかしくなったのか葵が俯いた。

「大丈夫だよ、葵くん!美味しいよね、甘いもの。僕も好き」

だから、好きなだけ頼んでとにこり、と同意したように在舞が笑う。

「そうそう、葵。好きな物は好きでいいんだよ」

だから、気にしないでと葵の肩を叩く。

そうかな、と照れ臭そうに笑った。

「じゃあ、甘いもの、全部ください」

にこり、と葵が照れ臭そうに笑う。

ガヤガヤとした周囲の中、そこだけしぃん、とした。

葵が不思議そうに二人を交互に見ればきょとん、と首傾げる。

そんな葵の仕草がおかしくて、要舞は思わず笑った。

とても幸せ。

心の中で呟く。

でも、何か大切なことを忘れている気がする。

そう思いながら、要舞は瞳細めて頬を緩めた。


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