中編

そんなこんなで約数年後。

「…?」

彼女は館の下の階からする物音に目を覚ました。

「…なに…」

半分寝ぼけながら下に降りる。

音の正体は台所にいるらしく、台所からガタゴトガタゴト、がっしゃーん!と皿の悲鳴が聞こえる。

あくびをしながら台所を覗くと、青年があわあわしながら半泣きで割れた皿を片付けていた。

「うわぁ…どうしよう…またミカに嫌われちゃうよぉ…起きてくる前に早く片付けなきゃあ…!」

「何してるの、ツキ」

「ぴゃあああっ」

彼女が声をかけると、青年は思い切り飛び跳ねてから顔を蒼くした。

「うあうあ…あ、あの…えっと…」

短い黒髪をふるふると揺らして必死に自分の失敗を隠そうとする青年に、彼女は嗜虐心を煽られにっこりといい笑顔を顔に張り付かせて言った。

「またなんかしたの?」

「ひぃぃい…い、いいえ、あの、は、はひっ」

「その答えはどっちなの」

青年は彼女より高い背を縮こませてその場にうずくまった。

ぐすぐすと泣き声が聞こえる。

「お、お皿…割っちゃって…」

涙目の上目遣いで青年が言う。

それを見た彼女がうっと胸を抑えた(もちろん表情には出ないようにする)。

他の男性だとなんとも思わない彼女だが、可愛い顔立ちの、男の娘とかいてと呼ぶに等しい目の前の拾い子だと別だ。

効果は抜群らしい。

魔女たるもの何事もどんな事にでも冷静さを持って物事に勤しむように心がけなければならないがごめんこれは無理ですまじ可愛いうちの子ほんと可愛い、というのが今の彼女の内心である。

「…あ、あの…み、み…ミカ…?」

「…ああはい、なに」

「だ、大丈夫?」

おろおろと彼女を覗きこむ青年。

彼女とお揃いの黒い髪がさらりと揺れる。

うるうると潤んだ瞳と目が合う。

「最高か??(うん、大丈夫。なんともない)」

「???」

魔女は拾い子にメロメロであった。


朝食を食べてから朝の見廻りに出かけようと準備をする。

いつもの黒いとんがり帽子に黒いワンピース。

胸許にオレンジと黄色の三日月を提げて箒を持つ。

外に出るともう朝日は頭の上まで残っていた。

「…ちょうど昼頃だな。見廻りついでにどこか寄ろうか…食糧も多分もうなかったはず…」

彼女が計画を練っていると不意に箒がすっと取られた。

青年がむすっと膨れて彼女から箒を取り上げたのだ。

「…何してるの、ツキ」

「ぼ、僕のこと置いてく気なの、ミカ」

「なんで」

「だ、だって、ミカ…僕に何も言わずに一人で行動するから…」

自分のセリフの間にしゅんとしていく青年に彼女は無表情で言った。

「だってツキ、なんの役にも立たないもん」

ぐさり。

「いつもいつもドジするし」

ぐさり。

「この前だって肝心なときにマンドラゴラ逃したでしょ」

ぐさ、ぐさり。

言葉の刃が青年の心を切り裂き、言葉の矢が青年の心を次々と貫く。

どよーんとしだした青年に彼女はとどめの一言を突き刺した。

「大体、ツキはドジっ子なのが本来の性格なんだからそれを治さないと私の役には立たないんじゃないかな」

「ぅ、う…うわぁああぁあああぁあん!!」

だーっと滝のような涙を流して青年が家を高速で出て行った。

ばた、ばたん、どたんっ、と扉が閉まる音がする。

彼女はため息をついてから青年について行くように外に出た。

「…うーん…言いすぎたかなぁ…」

箒に乗って上空を飛ぶ。

青年は背が高いから上から探した方が遥かに見つけやすい(ただしいつものドジをしていない時に限る。ドジをしていると木々に姿が隠れて見落とすことが多々あるのだ)。

「ツキー?ツキ、どこにいるのー」

念のため声もかけてみるが、生憎現在空の上なので聞こえるかどうかは知らない。

ツキを探すこと約数時間。

それらしい姿が見えず、諦めかけた彼女は箒に乗りながら上空をただただ漂っていた。

「…はぁ…やっぱり言いすぎたんだなぁ…どうしよう…見廻りはもうしたとして夕飯の食材調達しないとだし、ツキもなんかどっか行っちゃったし…はぁ…帰ろうかな…」

もしかしたらツキも帰ってるかもしれない。

そんな希望を胸に、一旦捜索を中断して家に向かおうとしたその時だった。


ぱんっ


乾いた音が鳴ったと同時に本能で箒を旋回させる。

「っぐぁ…!」

左脇腹を掠めたそれを右手で抑えると、思った通り、だった。

「っくそ、誰だよ、こんな時に…!」

思わず荒々しい言葉になる。

そう言ってる間にも、脇腹からだらだらと血が流れていく。

どれだけ魔女が最強でチート能力を持っていても、この世にたった一つだけ効く武器がある。

元は吸血鬼のために造られたそれは、いつの間にか人間達によって改良されて魔女にも効くようになっていた。

それこそ、どんな魔女でも。

癒しの魔術しか使わない善良な白魔女から人殺しを好む残虐な黒魔女まで。

「…ぐっ、ぅう…ぅあ…」

額に汗が滲む。

これは、やばい。

掠っただけだが血が止まらない。

魔術で弾丸を潰し、破片をもっと細かくしてからそこに私の力を込めてその場にばら撒く。

この後処理をしたら銀の弾丸はもう使えないし何者にも効かなくなる。

きらきらと破片が森に散らばるのを横目に脇腹を治療する。


「《光は全てを治し、癒し、導き与えるもの》」


みるみる内に傷が塞がっていく。

ツキを拾った時に使った、最大級の治癒魔術。

が。

くらりとする視界。

だめだ、保たなかった。

「…ぁ、あ…くらくら、す…る…」

最後に思ったのは、ツキは無事なのかという疑問だった。

箒から手が離れてずるっと滑った。

落ちる。

堕ちていく、どこまでも。

木々が間近に迫ったのを見届けて目を閉じた。

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