魔女と捨て子

雪音 愛美

前編

いいかい、国の外れにある森には近寄ってはいけないよ。森の奥深くには、怖くて恐ろしい、冷酷非道ながいるからね____


それは雨のしとしと降り注ぐ、とある日の午後のことだった。

ゴトゴトと音を立てながら、森の入り口に一台の幌馬車が止まった。

中からは仮面とマントを被った男が数人出てきた。

「…ここか」

ぽつりと呟くと、幌馬車の中から一つの布を引きずりだした。

「ほら、早くしろ!こっちに来い!」

ずるずると引っ張って、森の入り口にどすん、と放り投げた。

男達は卑しい笑みを浮かべながらこう言った。

「ここでいいんスかね?」

「良いんじゃないか?親方の指示だ。あんまり首を突っ込むとコイツみたいになるぞ」

「そりゃ堪んねーや」

男が一人、布の塊に蹴りを入れたのを合図に、リーダー格の男以外が布に好き勝手に暴力を振るい始めた。

ニヤニヤと笑いながら、それを貶すように。

「おら、おらっ!どうだ、痛いか!?」

「やめて欲しいならちゃんと土下座するんだな!」

「ああ、私は卑しい者ですってなぁ!」

布の塊は蹴られるのを避けるように丸くなった。

「…こいつ、ほんとにあれだよな?感情なんてないんじゃないのか?」

「面白くねー」

がっ、と布の塊に一層強い蹴りが入る。

一人がニヤリとして言った。

ポケットから折りたたみ式のナイフを出す。

「これで、やってやろうぜ」

周りが囃し立てた。

「良いじゃねーか!これでコイツもきっと悲鳴をあげるだろう」

「まぁ、ちょっとくらいなら大丈夫だろ、コイツ奴隷だし」

そこは最早暴力の嵐だった。

リーダー格がナイフを持つ手を掴んだ。

「やめておけ。せっかくの商品なんだ、傷をつけるんじゃない。無駄骨になるぞ」

「へーい…」

「お前らもその辺にしておけ。行くぞ」

ぞろぞろと馬車に戻っていく男達。

その時、森の入り口の方で、カラスがばさばさと何匹か飛び立った。

「ん?なんだ?」

男が振り返ったその時。


しゅんっ


何かが自分達の首を通ったと思う間もなく、

男達は何が起こってるのかわからずに絶命した。

あとはただ、暗い鬱蒼とした森が静かにあるだけだった。

その森の上に、空を浮かぶがあった。

それの上の主は大きくため息をついてから言った。

「…あんまり殺しはしたくないんだけどな」

ぽつん、と呟いてから、すぃ、と降りてくる。

「はぁ…この森は危険って噂知らなかったのかな?まぁ、別にいいんだけど。残念だったね、君たち」

それはまだ少女と呼ぶに等しい年齢の女だった。

真っ黒に染まったワンピース。

胸許に三日月のネックレスが揺れる。

濡れたような艶やかな漆黒の髪。

そしてその上に被った大きな大きなとんがり帽子。

紛れもなくに相応しい出立ちの彼女はその澄んだ紅い瞳の中に布を映した。

「…なにこれ」

箒の先で布をつんつんとつつくと、ぼそぼそと話し出した。

「…もしかしてコイツらの仕業?あちゃー、じゃあ殺すんじゃなかったな…やってしまった…後片付けさせてから殺すんだった…という事はあれじゃん、後片付け私がしなくちゃダメなやつじゃん…はぁ…」

ため息を一つついたはどうしようかと途方に暮れた。

無駄な殺しはしない主義だと説明した彼女はやはりこの布をどうこうしようとは考えずに、村に送り届けようとした。

「こんな薄汚い布置かれてもね…入り口入るのに邪魔だし…」

そう言いながら布を転がした時。

ころん、と中から何かが転がり出た。

「??」

ぽかんとそれを見つめる彼女。

しばらくしてそれを見つめながら苦笑いで彼女はこう言った。


「…嘘でしょ…」


そう。

布の塊は、ではなかったのだ。

元は白かったであろうに、受け続けた暴力のせいで汚れ、破れた裾の長い服。

投げ出された手や足には複数の傷跡。

彼女と同じだが、少し荒くボサボサになっていてもなお、艶やかでクセのある黒髪。

そして、目を引くほどに大きな首許の

それに続く銀の鎖は途中から千切れている。

それは、だった。


どこからどう見てもだった。


「…えっと…おーい?もしもーし、生きてる??」

つんつんと半ば恐れるように箒でつつく彼女は、やっぱり途方に暮れてため息をついた。

どうしようかとそれの周りを行ったり来たりして、うんうんと唸って考え込むこと約一時間。


「…仕方ない、ケガ治るまでうちに置いといてやろう」


幾度目かのため息をついた彼女は少年それを抱えあげて箒に跨った。

箒が浮いて、雨の空へ飛んでいった。


「…さて」

現在、冷酷非道などと呼ばれた魔女かのじょは森の入り口で拾った布の中身をお風呂でわしゃわしゃと洗っていた。

森の奥深くに構えた自分の館に帰ってきた彼女はまず、少年を魔術で眠らせてからお風呂に入れることにした。

館の浴室にあるバスタブの中にまず水をたっぷり貯めて、その中に石鹸を放り込んでおく。

すると水が入る勢いで石鹸が泡立ち、お風呂の中が文字通り泡風呂になるのだ。

そこに少年を放り入れてから、彼女は少年の髪をぐしぐし洗い始めた。

魔女生活初めての作業である。

元来、魔女は魔術を使って身を綺麗にするものだ。

魔術で水の塊を作り、その中にざぶんと飛び込む。

すると水が服から肌から全てを洗ってくれる。

石鹸も一緒に入れると簡易の泡風呂になる。

まさかこの館の浴室がこんな形で使われることになるとは。

彼女はそんな事を思いながら少年を洗っていた。

「…よし、こんなものかね」

あとは全て魔術がやってくれるだろう。

彼女は少年が魔術によって洗われ、流されて乾かされているのを横目にふわっとあくびを一つした。

「次は…とりあえず傷の有無と治療、それから清潔な布団に寝かして、ご飯の準備…ああ、こんなに大変なのはいつ振りだろう。なんて面倒くさい案件を拾ってきたんだ私は…」

そんな事を呟きながらも彼女は動かす手を止めない。

なんだかんだで面倒見がいい証なのだろう。

ちなみにぶつぶつと文句を言いながらもどこか嬉しそうにしている。

もしかしたらこの状況を楽しんでいるのかもしれない、というかきっと楽しんでいる。

周りに音符と花が舞ってるし。

「…うん、これで大丈夫だろう。きっとコイツも満足する」

ふふん、とドヤ顔でそう言った彼女は、少年をベッドメイキングしたばかりのベッドの上に寝かせた。

額にぴたりと手を当てて熱があるかを確認し、どこにケガがあるかも瞬時に把握してから、頷いた。

片手に持っていた杖を一振りし呪文を唱える。


「《光は全てを治し、癒し、導き与えるもの》」


ぽわっと淡い色の光が少年を包む。

辺りが一瞬太陽よりも明るく、眩くなった。

瞬く間に少年の傷が傷跡すら残らずに綺麗に治っていく。

最大級の治癒魔術。

彼女はふぅ、とため息をつくと、やっぱりどこかドヤ顔で言った。

「まぁ、こんなもんでしょ」

少年に布団をかけてから伸びをする。

「んー…今日の夜ご飯の摂取にでも行きますか」

彼女は愛用の帽子と箒を持って、館の外へ飛び出した。

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