後編 /side:彼女
気がつくと、館のベッドの中だった。
額にタオルが乗せられている。
冷たかったのであろうそれは、私の熱を吸ってもう生暖かくなっていた。
どれくらいの時間がたったのだろうか。
とろんとした瞳で辺りを見廻すと、ちょうど自分の真横にあるイスに見慣れた青年が眠ったまま座っていた。
「…ツキ」
なんだ、無事だったのかと思って自嘲する。
どうも私はこの拾い子のことになると後先考えないバカになるらしい。
すやすやと眠るツキの頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でる。
柔らかい黒髪が気持ちいい。
「…んにゃ…へへ…みか、それやめてよ…」
寝ぼけてふにゃふにゃ言うツキを横目に私は傷を負った脇腹に目をやった。
しっかりと治療されて包帯が巻かれている。
大事ではないようだった。
まぁ、治癒魔術かけたしね。
問題はどこの誰がこんな私にケンカを売ってきたのかだ。
ここから西にある最果ての森の魔女か?
いや、それならもっと大規模に攻撃をしてくるはずだ、なんてたってアイツは大事になる事件が大好きだから。
私一人を殺すためにこの森全てを焼き尽くすなんてザラだから多分違う。
じゃあ東の方の自称楽園からきた聖者達?
でもそれだと一つだけ違和感がある。
確かに聖なる者にとって魔女というのは厄以外の何者でもないが、なぜ私だけを狙う?
力を見せつけて自慢してる訳じゃないけど、私はこの世界で唯一無二の強さを持つ魔女として有名だ。
この世界の何よりも強く、何よりも怖く、何よりも冷酷で何よりも残虐だと。
そういう噂が立てられている。
迷惑なものだが。
もしも私を倒すならまず、他の魔女から倒すはずだ、魔女を忌み嫌うあいつらは。
その方が魔女殲滅に近くなるし、なにより私を倒すための作戦とかが判るかもしれない。
例えるとこの世界のボスの私を倒すのに必要なレベルを他の魔女を倒すことによってあげるレベリングみたいなもの。
それから向こうには私を殺すメリットが思いつかない。
大体東の国では今収穫祭かなんかのお祭り騒ぎをしてるはずだ。
そんな神に感謝するべき時期に神に遣える者が殺しをするとは思えない。
となると…?
「…ここら辺の人間達だろうか…でも銀の弾丸なんて高価なもの、持ってないよな…ということは貴族の人間…?」
ぶつぶつと考えていると、不意にツキが目を覚ました。
「…んあ、み…か…」
「…あ、ツキ。起きたの。おはよう」
とろんとした瞳で私を眼中に収めたツキはぽかんと目を見開いた。
「おはよ…ぉ…お?…っえ、ええあぁああぁああ!?み、み、み、ミカ…!?え、い、生きて…幽霊!?違うよね!?」
「ちょっと叫ばないで傷に響く」
「え、あ、ごめん…え、え、死んでなかったの…?」
なんて失礼な。
「魔女はそんなちっぽけな理由でくたばらないよ」
「いや、十分な理由だと思うけど…とにかく良かったぁ…」
心底安心したようにツキがはぁ、と長いため息をついてその紅い瞳をうるうるさせ始めた。
「…ほんとに、心配したんだから…」
「…ごめん」
「ううん、いいよ別に。ちゃんと起きてくれたし」
ぽろぽろと涙をこぼしながらツキが私の手をにぎにぎと握りしめた。
あー、これはあれだな、甘えたの時のクセだな。
めっちゃ可愛い。
○
「え?ミカを見つけた時のこと?なんで?」
ツキがきょとんとして私を見たあと、はっと何かに気づいたように叫んだ。
「だ、だ、ダメ!絶対ダメ!教えないから!」
「叫ばないで」
むう、と上目遣いでこっちを見る。
本人にしたら怒ってるんだろうけど私から見たら怒られてる気がしないどころかもっと怒らせてみたいって思ってしまうんだけど大丈夫かな。
「なんで教えてくれないの」
「…だって、教えたらまたミカ無茶するでしょ」
「銀の弾丸の持ち主を殺るだけだよ?」
「そ、それが危ないんじゃないか!もう!絶対絶対ぜーったい教えないもん!」
「そんなこと言わないで。ね、お願い」
首をかしげながらツキを見ると、むむっと唸って私の顔をまじまじ見てから、うーんと考え込む。
「…ミカは強いから負けないと思うけどそれでケガが多くなったら本末転倒だしなぁ、あ、でもそれだったら僕の出番が多くなるからミカにいいところ見せられるかも?しかもそれで見直されたらミカが離れることがなくなる?それは良い案だと思うけどちょっとなぁ…いっそのこと大ケガしたら合法的に監禁出来るからミカのこと一人占め出来るんだけど…ていうか一人占めしたいなら行かせない方が…」
ぶつぶつとなんか呟いているツキ。
言葉の端々にちょっとヤンデレっぽいのが浮き出てるけど気のせいかな。
と、私の耳が何かを捉えた。
「っ、ツキ!」
「え?わわ、ミカ!?」
どん、とツキを押した瞬間、私とツキの間に何かが通って、それがだん、と壁に突き刺さる。
それがきらりと光る銀の弾丸なのに気づいた瞬間。
「…っあいつ…!」
紅い瞳を鋭く光らせてツキが窓から飛び出していった。
「あ」
なるほど、向こうからお出ましらしい。
慌てて私も愛用の箒を引っ掴んでツキのあとを追う。
あー、嫌な予感する。
○
目の前にある血溜まりの中心でツキがそれの上に乗っていた。
「ツキ」
振り上げた片手に鋭い切先の短剣を持っている。
不意にそれが振り下ろされた。
ずさっ、ずしゃ、びしゃり
紅が舞う。
一心不乱に何度も何度も相手を刺すツキに私は声をかけた。
「ツキ」
それでも刃を振るうのをやめない。
何度も何度も何度も何度も。
自分の手がどれほど朱く染まろうと、自分の周りがどれほど緋く染まろうと気にしない。
「ツキ、やめなさい」
ぐしゃぐしゃと肉を裂く音と、ぱきんと骨が折れる音が何度も聞こえる。
それに伴った悲鳴も。
「ツキ」
血溜まりがどんどん広がっていく。
じわじわとまるで蝕むように。
それがツキ自身から出ているものだとわかった私はため息をついて、おもむろにツキを蹴飛ばした。
「ツキ、命令だ、やめろ」
ツキが吹っ飛んで木の幹にぶつかった。
がふっ、と吐血する。
「…ぁ、あ…み、か…」
「全く。これだから人間は嫌いだ。たったこれだけでくたばる。ほんとに弱く儚い」
そいつはもう虫の息だった。
それはそうだろう、ツキの能力を受けて死なないやつはいない。
魔女は拾ったやつに何らかの呪術をかける方向がある。
そいつが秘密を話さないようにとか逃げ出さないようにとか色々理由はあるけど、一番の理由は戦いに使えるようにだ。
そして私がツキを拾った時にかけた呪術は主人への忠誠というもの。
その名の通り忠誠を誓った者のために全力で戦い、全力で守り、全力で復讐するための術。
そしてそれは相手が死に至るまで止まらない。
「…おい人間。聞きたいことは山ほどあるが見逃してやる。その代わり約束しろ」
ぜぇ、ぜぇ、と絶望した瞳で私をその目に写した
「私達の暮らしを邪魔するな」
周りの空気がぐんとさがった。
「それさえ約束してくれるのなら治癒魔術をかけて見逃してやろう。ただし二度とこの森に足を踏み入れるな」
まるでそこにゴミでもあるかのように。
見下した瞳で私は人間を見る。
人間はおぞましく醜悪で穢らわしい。
こくこくと必死にうなずく哀れな
箒に乗ってから後ろに言葉を投げかける。
「それからこの事を他のやつらにも知らせろ。誰もここに入れるんじゃない。ここは人間の場所ではないだろう?誰だって自分の居場所を取られたら怒るものだ。もしも、それに反逆してこの森に足を踏み入るバカがいるのなら、」
ニヤリと口の端をつりあげる。
「その時は全力で私が相手してやる。覚悟しろ」
ベッドにツキを寝かせてから治療する。
「…あー、あの時みたい」
すやすやと眠るツキの頭をなでる。
能力を使えばその反動がくる。
呪術ならなおさらだ。
それを知ってもなお、私のために相手を逃がさないようにしたのかと思うと健気さに泣けてくる。
うちの拾い子ほんと健気すぎる。
「…あー…今日のご飯どうしようか…」
優秀な主夫がいないから私が作るしかない。
私はため息をついて苦笑しながら呟いた。
「ま、あの時と同じものでいいでしょ」
○
とある森の奥深くにある館。
そこには独りの魔女と独りの捨て子が仲睦まじく住んでいる________
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