明太子の日


 ~ 一月十日(日) 明太子の日 ~

 ※コマ回し:フローリングでやるなと

  言われても。ならばどこでやれと?




 パズルとの闘いはまさに佳境。

 今現在、お袋はなんぴとの邪魔も許しはしない。


 それを逆に捉えれば。

 ご覧の通りの治外法権。


「……大丈夫なのか? 凜々花よ」

「だいじょぶだいじょぶ! ハルキーもやったんさい! ちょいやさっ!」



 ごん!

 がつっ!

 がりがりがりっ!



 お袋が文句を言わない以上。

 どれだけの蛮行でも。

 それが正当化されるのだ。



 ――凜々花が吹っ飛ばしたコマは。

 壁に致命的なへこみを作ったあと。


 床に落下して、まるで回ることなく。

 再生不可能なひっかき傷を伴って停止したわけだが。


「へただなあ」

「そう言うならおにいもやったんさい!」

「仕事中だから。後で」


 俺もコマ回しに関しては自信がないから。

 こうして昼飯の材料が並んだ台所に逃げ込んでいるわけだ。


 そしてなるべくリトルモンスターが暴れる現場は見ないようにして。

 パスタソースを作っていたら。


「……立哉さん。この段ボールを借りてもいいだろうか」

「ん? 構わねえけど」


 群馬レタスの段ボール。

 春姫ちゃんは、四辺を折って壁にして。


「……凜々花よ。これ以上は私の良心の呵責がキャパオーバーだ。ここで勝負しよう」

「え? キャリーオーバー中?」

「……それでいい」


 そんなやり取りをしながら。

 二人はコマを手で回そうとし始めたんだが。


「……む、難しい」

「ほんと。簡単そうなのにね! ふんぬおおおお!」


 手の平をすり合わせて。

 軸を回してみたところで。


 コマはまともに回ってくれない。


 まあ。

 紐使っても結果は同じなんだがな。


「お、お邪魔します……」

「ああ、すまんな、貸してやったばっかりなのにすぐ返せとか」

「ううん? はい、ブレンダー」


 何かの薬品を高速で混ぜたいとの理由で。

 中古のブレンダーを貸していた相手。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつを再び使わなければいけなくなった理由。

 買ったばかりの新参者が。


 凜々花が無茶なことをして。

 あっという間に戦力外通告を受けたから。


 気持ちは分かるけど。

 庭にダンジョン作るにはちょっと向いてなかったな。


「よし、これで明太子クリームが作れるな」

「明太子を撹拌するの?」

「体に悪そうな言い方すんな。……これ、そう言えば劇薬とか混ぜてねえよな?」

「経口摂取しても問題ないものしか……、まだ」

「まだじゃなくて永遠にダメ! 料理道具なんだからな!」

「そ、そうでした……」


 まったく、なに混ぜようとしてるんだよ。


 念のため、良く洗ってから。

 クリームと明太子をブレンダーにかけて。


 茹で上がったパスタに。

 とろーりかけて、うん良い出来だ。


「おいしそう……」

「最初に出来たの冷めちまう。急いで作らねえと」


 こいつの弱点は。

 小型だから、大量にソースを作れない事。


 二人分ずつしか作れないから。

 ひとまず、もう二人前のソースを作ったところで。


 パスタの茹で上がり前に。

 シソの葉を刻んでいると。


「あのね? もうすぐ、三学期が始まるでしょ?」

「もうすぐも何も、明後日からだ」

「そ、それでね? 見せて欲しい料理があってね?」

「自分でチャレンジしようと思わんのかお前は」

「で、でも……。ちょっぴり難しそう……」


 そういえば。

 気付けば俺が毎日のように。

 こいつのおかずをライブクッキングするようになってるが。


 ちょっと考えねばならんよな、この事態。


 そもそも。

 何も言わねえ学校側もどうなってんだっての。


「最初は簡単なのからでいいから。お前も料理くらいできるようになってみろ」

「う、うん……」

「カンナさんも言ってたぞ? 知り合いの料理人は高校に入って料理作るようになって、今じゃ雑誌に顔を出すほどの腕前だって」

「じゃあ……、難しそうだけど、頑張ってみようか……、な?」


 おお。

 いい心がけだ。


 新年らしく。

 今年の目標って訳だ。


 ようやくスポーツウェアに身を包んで。

 スタートラインに立ったって訳だな?


「よし、コツくらい教えてやろう。なに作りてえんだ?」

「コ、コンビニのおにぎりがね? 剥き方が難しくて……」

「うはははははははははははは!!! 着替える前かよっ!!!」


 俺の、意味不明の突っ込みに目を白黒させてる秋乃。

 こいつはスタートラインどころか。

 未だに更衣室をさがしてわたわたしてるあたりだった。


 そんな姿を想像して頭を抱えていると。


「二人は……、何をやってる、の?」

「え? ……ああ、コマ回し。なんとか、手で回そうとしてるようだが」

「あれじゃ、永遠に回らない……」

「そうだな」


 秋乃は、既に料理のことなど頭から消え失せたようで。

 コマを回すのに必要な初速の計算を始めたようだが。


 どうやったらこいつに料理させることできるだろ?

 最初は、トッピングするだけでもいいんだが。


 ……トッピングか。

 そうだな、もひとつトッピングが欲しいな。

 ドライトマトでも乗せるか? 合わねえか?


 ぶつぶつ数式をつぶやく秋乃を放置して。

 俺も何を乗せたものか独り言しながら。


 茹で上がった麺にソースをかけて四人前まで完成させた後。


 最後のパスタ、二人前を鍋に突っ込んで。

 クリームを作ろうとしたところで。


 左手が空振り。


「あれ?」


 このキッチンペーパーの上に置いといたよな、ブレンダー。

 どこ行ったんだ?


 考える事、三秒半。


 俺の明晰な頭脳は。

 この短時間で。


 完璧な解答を導き出した。


「こら秋乃! そいつをそのまま使ったら……!」

「きゃあ!」

「うひゃあ! きゃははははは! 部屋中大惨事!」

「……笑い事ではないぞ」


 こいつ、ソースまみれのブレンダーの刃に。

 コマの軸を合体させてそのままスイッチ入れやがった!


「……早く拭かないと」

「ぞうきんぞうきん! 舞浜ちゃん、それ止めときなよ!」

「で、でも、コマが外れなくてどうしたものか……」

「ん? 焦げ臭くね?」

「だ、だって、コマが段ボール貫通して床をずんどこ掘って、このままブラジルを目指せそうな勢い……」

「お姉様! スイッチスイッチ!」

「うわ! 火ぃ出てる! おにい、水!」

「うわわわわ! みんな離れろ!」


 パニックに陥って。

 スイッチから手も離さず、呆然とコマが巨大ダンジョンの入り口を作り始めたさまを見つめていた秋乃ごと。


 ボウルにたんまり溜めた水を、煙を上げる床にばしゃりとかけてなんとか鎮火。


「お前、普段は落ち着きあるのに……」

「ど、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……、ありがと」

「それよりこれ。お袋がパズル完成させた途端、雷が落ちるぞ?」


 壁がソースでべちゃべちゃ。

 床は水浸し。

 挙句にこの真っ黒な穴と焦げの臭い。


 これで叱られなかったら奇跡だ。


「ちょっと……っ! なによこれ!!!」


 そして激しい電撃が三人を襲うと。

 揃ってびしゃびしゃの床に平伏することになったんだが。


「……あれ?」


 お袋が雷を落とした先は。

 わたわたしてる親父だった。


「どうしたのよ! あなたが持ってるんでしょ!?」

「いや? その……、どこにも無いよ?」

「は!?」

「最後のピース、無いんだけど……」

「ちょっとあなたたち! うずくまってないで探しなさい!」

「いや、でもこの惨状……」

「そんなのいいから! こっち最優先!」


 そして三人は。

 妙な形で雷を回避して。

 パズルのピース探しをすることになったんだが……。


「こ、これはこれで、厳しい罰……、ね?」

「凜々花、腹減った……」


 飯も食わず、散々探してみたが。


 ピースは結局、出てくることは無かった。


「寒い……。ひ、冷えてガチガチになっちゃった……」

「ああ。パスタの方もな」


 やれやれ。

 これは冬休み最終日も。


 面倒なことになりそうだ。

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