とんちの日


 ~ 一月九日(土) とんちの日 ~

 ※福笑い:よく見ろ。正解の顔だって

  十分おもしれえんだからどう

  ずれたっておもしれえに決まってる。




「……これは、大人になってからやると面白いものだな」

「へ? ハルキー、大人?」

「……いやそういう意味ではなく」

「でも、笑えなくてごめんね?」

「……凜々花が謝ることではない」


 そう。

 俺の中で、正月の笑いと言えばこれで決まり。


 漫才とか落語とか。

 そんなのがいよいよ無くなってくる正月終盤だというのに。


 保坂家は。


 今日も笑いに溢れていた。


「うはははははははははははは!!!」



 いや。



 笑ってんの俺だけじゃん。

 お前らも笑えっての。



「……面白いことは面白いのだが」

「そうなんよ。おにい、これめちゃめちゃ好きでさ」

「そ、そこまで笑われると、こっちが笑えない……」

「うはははははははははははは!!! こ、この口の角度! 奇跡だ奇跡!」



 福笑い。

 神が与えたもうた奇跡がぽんぽこ生まれる究極の一品。


 こいつが大好き過ぎて。

 福笑いセットを見ただけで。

 遊ぶ前から笑いが止まらなくなる俺は。


 歌舞伎でおかめの面を見た瞬間爆笑してつまみ出されたことすらある。



 ぱしゃり



 そして、出来上がった作品を。

 いちいち携帯で撮って、きけ子に送る。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつが言うには。


「夏木さんと、笑いのツボがかぶってる?」

「あいつもよく分かってんな! そうそう、この口の角度がいいんだよ!」


 携帯の向こうで爆笑してるきけ子だけが心の友。

 ほんとお前らも笑えっての。

 こんなにおもしれえってのに。


「じゃあ次は俺の番だな! 一体どんな奇跡が生まれるのやら……、ぷふっ! うはははははははははははは!!!」

「ほらおにい。とっととやったんさい」

「わ、笑い過ぎて無理……!」

「なんじゃそりゃ。そんじゃ代わりに、ママがやってみる?」



 凜々花が声をかけた先。

 テレビの前のテーブルから、お袋がのそっと立ち上がる。


 親父と徹夜してパズルやってやがるが。

 このピース数、やっぱ尋常じゃねえ。


 でも、三分の一ほど完成してるってことは。

 ここから加速的に出来上がっていくかもしれねえ。


 ……そんなお袋は、福笑いを一瞥すると。

 おもむろに目をつぶって。

 のっぺらぼうに向かい合う。


 そのまま寸分違わず目鼻口を正しい位置に並べると。

 何事も無かったかのようにパズルに戻って行った。


「うはははははははははははは!!!」

「……どうあっても笑うのだな、立哉さんは」

「そんなに今の芸がおもろかった?」

「こ、この正しい顔が一番おもしれえ! うはははははははははははは!!!」

「ど、どうしようもない……、ね?」


 お袋がやってるパズルに比べりゃこんなの楽勝なんだろうけど。

 それにしてもすげえな。


「よし、凜々花もおパーフェクト目指してみる!」

「……ならば負けるわけにはいかんな」

「わ、私もおパーフェクトを……」

「うはははははははははははは!!! お、おパーフェクト……!」


 なんでこいつら、こんなに面白い遊びで笑わねえんだろ。

 でも、そんなのはどうだっていい。


 真面目にやればやるほどおもしれえ顔になるこの福笑い。



 さあ、俺を無様に笑わせてみやがれうはははははははははははは!!!



「んじゃ、負けたら変顔ね?」

「……福笑いだけに?」

「このおばちゃんよかおもろい顔すること」

「……おばちゃん言うな」


 なんと。

 気付けば罰ゲーム有りになってやがる。


 そいつは笑ってる場合じゃねえな。


 下手すりゃ、変顔携帯で撮られて。

 きけ子に送られちまうっての。


「……どこに行くのだ立哉さん」

「ちょ、ちょっと準備……、ぷはははは!」


 ここは、勝ちを確実にするために。

 とんちで乗り切ってやる。


 戻ってきた俺は。

 おもむろに目隠しをして。


 凜々花の部屋から持ってきた。

 ドールハウスの洗濯機を置いた。



「なにこれ」

「服洗い! うはははははははははははは!!!」



 超傑作!

 これなら捧腹絶倒だろ!


 俺はひとしきり笑った後。

 目隠しを取ってみたんだが……。


「いや。お前ら、下らねえって言うな」

「言ってねえぞ?」

「……言ってないが」

「目は口程に物を言うってな。そんな目で見んな」


 もうちょっと笑ってくれてもいいだろうに。

 あと、秋乃よ。


「わたわた目隠しして誤魔化すな。お前の目が一番冷たかったっての」


 俺の言葉を聞いて。

 さらにわたわたした秋乃は。


 手探りで福笑いのピースをまさぐると。

 口のピースを手に取って。




 自分の目の所に貼りつけた。




「うはははははははははははは!!! いーっひひひひひひひひひひひひ!!!」


 やっぱお前のとんちの方が一枚上手!

 目は口程に物を言うってかうはははははははははははは!!!



 ぱしゃり



「って! 送るな!」



 俺が笑い転げてた姿送ってどうする気だ。

 慌てて秋乃の携帯を覗き見ると。


 きけ子からの返信。

 たった四文字。



 『福笑い?』



「……そんなに崩れてた? 顔」


 誰も、何も言わなかったけど。

 何を言いたいか、その目を見ればよく分かる。



 そう、その目。

 一斉に背けんじゃねえ。


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