勝負事の日
~ 一月八日(金) 勝負事の日 ~
※すごろく:誰が決めたんだ。
ゴール一つ前のマスのお約束。
白樺の森に囲まれた大きな雫は。
零れて落ちた、空の子供。
彼女は白い山景色を背に。
木に積もった雪のケープを。
首にぐるりと巻き付けると。
お母さんと同じ灰色の髪を。
おしゃまにふふんとかきあげて。
バーベキューテーブルで暖を取る俺たちを。
冷たい流し目ひとつでぞくっと震わせた。
「たまに吹く風が冷たい……。ホントに寒い中キャンプするの、はやってるの?」
「そうらしいが」
「別荘に戻るわね。寒い寒い」
散々厚着して。
文句を言いながら焚火に当たってたお袋も。
ついに、雰囲気では暖が取れないことを悟って撤退。
そんな姿を尻目に。
親父は焚火台に薪を追加した。
「お前は入らねえのか?」
「僕は、こういう雰囲気好きだからね」
「さよか」
「まあ、あの二人みたいなわけにはいかないけど」
ずずっと鼻をすすりながら。
親父が目を細めて見つめるのは。
この寒い寒い砂浜で。
棒を引きずり走るお子様コンビ。
地面には雪が積もってなくて良かったな。
「春姫さんと凜々花ちゃん、またアイドル育成すごろく作ってるのかい?」
「いや。ノーマルなのにしとけって言っといた」
つい一時間ほど前。
みんなでこれやろうぜと。
焚火テーブルに手作りのすごろく広げたおてんばさん。
アイドル育成すごろくとやらは。
コマに書かれた事件がリアルすぎてブラックな出来。
そして栄えあるサイコロ一投目。
凜々花が止まったマスで、いきなり世間に暴言を発信。
ぎゃあと叫んだ凜々花の声に。
すごろくはふわりと焚火の中へ。
凜々花がプロデュースしたアイドルの卵と共に。
文字通り炎上して人々の記憶から消え去った。
「公人ってもんを、もうちょっと考えた方がいいって思うことあるんだよ俺は」
「そのギリギリで売れる人もいるから……、難しいとこ」
顔の半分まで隠してダウンに潜り。
珍しくまともな反論をするこいつは。
のそっと立ち上がるのに合わせて。
俺も後について砂浜に出ると。
「できたー!」
「……うむ。なかなか意地悪に出来た」
「不穏。俺はやらねえぞ」
頬を真っ赤にさせた春姫ちゃんと凜々花が。
早速とばかりに、俺にサイコロを押しつける。
小玉スイカくらいの大きさの。
ソフトな素材でできた六面サイコロ。
こんなの転がしたら。
砂まみれになっちまう。
「凜々花&ハルキー帝国軍VS、舞浜ちゃん&おにい連合軍で勝負だ!」
「でかいな、規模。でも世界中の紛争は、すごろくで勝負つけたらいいのにな」
「難しいこと言ってねえで、振ったんさい!」
「いや……、これ、勝負つくまで砂浜に立ちぼうけだろ? 寒そうだな」
「だいじょぶだぜ! すぐに熱くなっから!」
すごろくで熱く、ねえ。
お隣りで苦笑いしてた秋乃が頷いてるし。
しょうがないから付き合ってやろう。
「よいしょ。……『2』か。ん?」
二マス先。
そこに書かれていた文字は。
『腕立て百回』
「いきなりかよ! 確かに上着なんかいらねえことになりそうだな!」
「どっちかがやればそれでいいから」
「必然的に俺だろうが! くそう、砂で踏ん張りがきかねえ!」
そして始まったすごろく勝負。
俺だけ筋トレさせられてる間に。
進む進む。
あのサイコロ、コツでもあるのかな。
二組とも、『5』と『6』しか出さねえじゃん。
「だったら、俺が出した最初の『2』って……、よし終わったぞ!」
「ちょうどこっちの番だから……、振る?」
「ようし、任せとけ! …………また『2』ぃ!?」
なんだこのサイコロ!
わざと面白くなるようにできてんのか!?
「そしてモノマネ十連発って!」
「これは、チームのどっちがやっても……」
「俺なんだよ罰ゲーム的なのは全部! じゃあ一発目! パラガスの真似……、見ろよせめて!」
俺ひとりを放置して。
ゲームはどんどん進んでいく。
誰も見てねえところで。
一人モノマネ大会とかむなしすぎる。
酷い拷問タイムだったが。
俺の中に眠っていた意外な才能を発見できたことにちょっと鼻を高くさせながら再び秋乃に合流すると。
「ど、どっちを狙うか……」
「ん?」
強制ストップマスから伸びる二つのコース。
どちらに行くか宣言してからサイコロを振るらしい。
片や、凜々花たちが進む、無難だが長いコース。
もう一方は……。
「なるほど」
たったの六マスで本線に合流。
ただ、その六マスたるや。
「ひとマス進むと『ひとマス戻る』。二マス進むと『二マス戻る』。それが六マス目まで」
「セーフなのは『4』だけ。『4』が出れば、『20マス進む』……。期待値以下だけど、こっちのコースの方が距離が短い……」
「だな」
さすが秋乃。
頭のいい奴との会話はストレスが無くていい。
期待値は3.5マス。
六回の試行で21になるわけだ。
だが、マス目が半分しかないなら間違いなくこっち。
それになにより……。
「負けてるわけだからな! ここで一発逆転だ!」
「おお……。勝負師……、ね?」
「俺に任せて着いてこい!」
「わ、私も奇跡を呼ぶ……」
凜々花と春姫ちゃんがニヤニヤ笑いを浮かべる中。
湖畔すれすれに作られたルートを見据えた俺は。
「ようし! 今度こそ! 出でよ、『4』っ!」
気合い一閃。
サイコロを放り投げると。
ころころ転がって。
出た目はまたも『2』。
だが、その時。
秋乃が奇跡を巻き起こす。
「吹けよ神風!」
両手を天高く掲げて。
湖面を対岸まで渡るような大声を上げると。
静かだった湖の水面が波を作るほどの北風が吹いて。
サイコロは、もうひとつだけコロリと転がり。
『4』の面を上にして止まった。
「すげえぞ神風!」
「きたねえ!」
「……なんということ」
思わず秋乃とハイタッチ。
そして意気揚々とマスを進んだんだが……。
「うはははははははははははは!!!」
……神風が起こした波にさらわれて。
四つ目のマスに書かれた文字が綺麗さっぱり消えてなくなってるとか。
「奇跡的……! は、はらいてえ……」
「どうしよう。風神様だと思ったら、笑いの神様召喚してた……」
「うはははははははははははは!!!」
「ほれ、笑ってねえで。おにいの番だよ?」
「ああ、了解了解。ほいっ!」
そして出た目は。
いつものように『2』。
六マス戻った次のターンから先。
俺たちが『4』の目を出すことは永遠に無かった。
「…………どうして必ず『2』になるの?」
「そんなことねえ! さっき一回だけ『3』が出たろうが!」
「さすがに寒いから、別荘に戻るね……」
こうして、俺は一人湖畔に立ったまま。
帰りの時間まで、延々とサイコロを振り続けることになった。
「おにい。車ん中でサイコロふんねえでくれる?」
「いいや! 俺は『4』が出るまでやめねえからな! どりゃ!」
「危ないわね! 事故になったらどうする気よ!」
「も、もう諦めて……、ね?」
「……そうだな。また『2』だし」
今後。
期待値の問題が出た時に。
俺は正しい答えを書けないかもしれない。
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