最終話 鏡開き


 ~ 一月十一日(月祝) 鏡開き ~

 ※鏡開き:餅を割るのはポーズ。さすがに

  カビが怖いから保坂家では切って冷凍

  しておいたのし餅を食べている。




「れ、冷蔵庫に入れてなかったのに!?」

「いけるんだって。この辺の、青のりかかったとこ美味しいぞ?」


 鏡開きで割れた餅の欠片をトースターに入れるふりをして。

 ラップを剥がしながらのし餅を並べる俺の目の前で。


「餅、いくつ食う? おしるこにして出してやるよ」


 まるで、でんでん太鼓。

 首を左右に振って、カビの生えた餅を拒絶する女。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 もの知らずなくせに。

 おしるこ大好きなくせに。


 カビに対してここまで頑固な態度を取れるその理由。

 危機回避能力が生まれつき高いってことなんだろう。


 と、いうことは。

 三学期もきっと。


 こいつが避けた雷が。

 全部俺の頭上に落ちるってことか。


「納得いかんな……」

「そんなに? む、無理に食べさせないで……」

「おしるこの話じゃなくて。お前の守護天使の話」

「アズキエル?」

「うはははははははははははは!!! だから、しるこの話じゃねえ!」


 いそうな名前でっち上げんな!

 笑うの一瞬出遅れたわ!


「お、お正月は、ちょっと太ったから大丈夫……」

「やれやれ。冷凍庫に入れておいたのし餅で作ってやるから安心しろ」

「にこ」

「即答だね。笑ったわけじゃないんだね」


 まあ、意地悪しちまったから。

 太った云々については聞かなかったことにしといてやろう。


 俺は、焼けたばかりの餅を二つ器に取って。

 たっぷり目に小豆をかけて秋乃に渡してやった。



 ……春姫ちゃんと凜々花。

 そして秋乃がおしるこを頬張って幸せそうにする光景。


 癒される昼のひと時。

 でも、そんな正月気分も。

 鏡開きまで。


 早速今夜から勉強再開だ。


 お袋の教育方針だから仕方ないとは言え。

 年末年始はホントに勉強しねえから。


 エンジンかかるまで時間かかるんだよな。


 最初は、自分で作った模試でもやってペースを作るか。

 そんなことを考えていた俺の前に。


 スタンプとシートが恭しく置かれる。


「おにい! 最後の一個押してくれい!」

「……いい思い出が出来た。次の年末年始も、のんびりと皆で過ごしたいな」

「礼なら凜々花に言えよ。春姫ちゃんがやったこと無いって言うから、凜々花が年末年始イベントを企画したわけだからな」


 俺は、最後の鏡開きスタンプを押して。

 春姫ちゃんにシートを渡してあげたんだが。


 どういう訳か。

 怪訝顔をする春姫ちゃん。


「あれ? なんかおかしなことしたか? スタンプ、これでいいんだろ?」

「……スタンプはいいのだが。全部やったことあるぞ、年末年始的な事」

「はあ!?」


 おいおい、どうなってんだよ。

 一瞬、凜々花が自分でやりたいから嘘でもついたのかと思ったが。


 他人の名前使うようなこと。

 こいつはしねえし。


 それに何より。

 呆れるほどあんぐり開けた口が、俺を騙したわけじゃないことを物語ってる。


「えええええ!? ハルキー、言ってたじゃん!」

「……いや、何かの間違いだと思うが。私が何を言っていたと?」

「ネンマツネンシーなことしたこと無いって!」

「……いつ」

「クリスマスの次の日! 凜々花が、お寿司屋の前で牛丼寿司と親子丼寿司の可能性について熱く語ってた時!」

「……確か、携帯で調べてやったのだな、そんな寿司が実際にあるのかどうか。……ああ、なるほど」

「思い出した!?」

「……私は、携帯端末をファンシーにしてみたいと言ったのだ。やったことがないから」


 春姫ちゃんだけが。

 納得して頷いてるけど。

 どういうことだ?


 俺が凜々花としかめっ面をつき合わせていると。

 おしるこを飲み干した秋乃が。


 口元をのんびり拭いた後。

 答えを教えてくれた。


「…………げぷっ」

「こら。……いや、真っ赤な顔してねえで教えろ」

「い、今の忘れてくれたら……、ね?」

「もう覚えてねえ。早くしろ」

「タンマツファンシー」

「…………まさか」

「うへっ!? 凜々花、聞き間違えた!?」

「……そうなるな」


 呆れた失敗やらかして。

 肩を落とした凜々花のことを。


 楽しかったからまたやるぞと。

 春姫ちゃんが慰める。


 やれやれ。

 最後に、とんだ落ちが待っていたが。


「凜々花のおかげで楽しく過ごせたな、年末年始」


 俺の一言をきっかけに。


 保坂家の中に。

 初春を祝う桜が三輪。


 美しい花を。

 ぱあっと咲かせてくれたんだ。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第8.7笑

 ~ 友達と、何にも考えずに

       年末年始を過ごそう~



 おし


「ちょっと立哉! まだ明太子クリームが壁に残ってる!」

「うおおい! 綺麗にまとまったとこに水差すんじゃねえ!」

「なにがまとまってるのよ! あたしの荷物だったらまだ全然よ!」

「東京に持ってく荷物、親父にやらせっぱなしじゃねえか。自分でやれよ」

「今のあたしがやったら滅茶苦茶になるの分かってるでしょうが!」


 いやはや。

 パズルが完成しなかったからって。


 機嫌悪いことこの上ねえ。


「おにい。ママ、機嫌わりいの?」

「そうだな……」

「どうしたら機嫌よくなる?」


 お袋大好き娘としては。

 気が気じゃねえのも分かるけど。


「パズルが出てこない限りは無理だろうな」

「昨日、散々探したよね。あと、探してねえとこって言ったら……」


 そう呟いて。

 部屋中見渡した凜々花の目が。


 新聞紙の上で。

 三分の一ほど欠けた鏡餅を見つめて停止する。


「いや、まさか」

「でもでも! 凜々花のセンサーにビビビッと来たんよこれ!」


 そしてみんなが見つめる中。

 鏡餅を前にして。


 凜々花がハンマーを打ち下ろしたんだが。



 ごいん



「あいてええええ!」

「無理だって。俺でも苦労したんだから」


 声で止めてはみたものの。

 凜々花がなんとかお袋を笑顔にさせたいという気持ちを止めることなどできず。


「ちょいやさ! こなくそっ! どえええええい!」


 何度も何度も。

 必死に振り下ろすと。



 がこん!



 虚仮こけの一念岩をも通す。

 鏡餅は、見事に半分に割れて。


 丁度割れた所に何かを見つけた凜々花が勢いよく立ち上がり。



「あった……! あったどーーーー!」



「すげえ!」

「でかした凜々花!」

「……なんと」


 みんなが見つめる先で。

 満面の笑みを浮かべた凜々花は。


 欠けたままだった最後のピースを小さな手にのせて。

 それを精一杯、天に突き上げた。


 ……そして。

 田舎町に引っ越して来て。

 心から良かったと感じるほどの大声。


 新春の、のどかな野を越え山を越え。

 未だ人手の少ない閑静な街を越えて駅向こう。


 どこまでもどこまでも届けと言わんばかり。

 嬉しい気持ちをたっぷり乗せて。



 声高らかに。

 こう、叫んだのだった。



「あったーーー!!! キン〇マ!!!」




 秋乃は立哉を笑わせたい 第8.7笑

 ~ 友達と、何にも考えずに

       年末年始を過ごそう~



 おしまい♪

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秋乃は立哉を笑わせたい 第8.7笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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