東京消防出初式


 ~ 一月六日(水) 東京消防出初式 ~

 ※凧あげ:元々は軍事用だった訳だが。

  ほんとにゼロからこれ考え出したと

  したら相当の天才だぜ。




 急に冷え込んだ日だってお構いなし。

 子供は風の子という通り。


 やっこ凧をがりがり引きずって。

 ひび割れた田んぼを所せましと走り回るのは。


 舞浜まいはまあきちょっと待とうか。


「こら秋乃。凧を春姫ちゃんに渡してこっちに来い」


 誰が主役だと思ってんだ。

 ほっぺた真っ赤にして膨れてんじゃねえ。


「で、でも、私も……」

「おねえちゃんでしょ。がまんなさい」


 あ。

 この膨れ顔。


 何かに似てると思ったら。

 タコか。


 今にも墨を吐き出しそうな顔で。

 文句を言いたげだった秋乃も。


 あの二人のはしゃぎ声を聞いて。

 いつまでもふてくされているはずはない。


 ようやく微笑みを浮かべると。

 今になって、手を怪我していたことに気付いたようだ。


「タコができてる……」

「それは、タコとは呼ばないの」

「え?」

「血豆だな。…………なんで嬉しそう」

「は、初めてできた……、かも」


 血豆作って。

 ニコニコしてやがるが。


 今更だけど。

 ほんと変なやつ。

 

「いつも言ってるだろ。なんでもやってみたがりを、ちょっとは抑えろ」

「耳にタコ……、ね?」


 たこたこたこ。

 なんというたこ祭り。


「大人気だな、タコから」

「引っ張りだこ」

「おいおい」

「私も、あれ、やりたいな……」

「いや、だから我慢しろって」

「引きずられる方」

「うはははははははははははは!!! せめて飛ぶ方って言えよ!」


 西部劇の保安官か。

 やりたがりにもほどがあるっての。


 でも、飛ぶ方だって。

 どうかと思うぜ?


 もしも凧の代わりに。

 このタコ女が空を舞ったら。


 ……いや。

 今日はスカートだからやめておけ。


 そうじゃないと……。


「おにい! 空に浮かんだタコが、世間様にみっともない姿さらしてる!」

「だから言ったのに!」


 凜々花のでかい声を耳にした俺は。

 慌てて秋乃のスカートの裾を下に引っ張った。


「ず、ずり落ちちゃう……」

「我慢してこらえろ! お前のタコさんが明けましておめでとうしちまうぞ!」

「え? タコの話……よね?、凜々花ちゃん」

「タコの話だよ?」

「タコの話だろうが!」


 三者三様。

 大真面目。


 でも、勘違いしているのは一人だけ。


「……立哉さん。何がどうなったら、そんなセクハラになる」

「あれ?」


 呆れながら俺を見つめる春姫ちゃん。

 その指差す先には。


 木に引っかかって。

 逆さづりになった凧の姿。


「ああ! 凧ね!」

「だから凧って言ってんのに!」

「タコだと思った……、の?」

「ややこしいわ! それより、やっと浮かんだ途端にあのざまか」

「……下手に引くと、糸が切れそうなのだ」


 田んぼの中に。

 ぽつんと立った枯れ木を見上げた四人組。


 もちろん、なんとかするとしたら一人しかいないわけだが。


「お前じゃねえから。何度も言わすな」

「でも……」


 これだけ枝が払われてたら登れねえ。

 もっともその条件は俺も一緒なんだがな。


 さてどうしたものか。

 考えあぐねていたら。


「これ、使うかの?」


 いつの間にやら。

 随分腰の曲がった爺さんが。


 長い梯子を持って来てくれていた。


「そこから見ちょったけ、せっかく上がったのに残念じゃったの」

「じいちゃん、ありがと! おにい、こいつで取ったんさい!」

「そうだな、やたら頑丈そうな梯子だし。それじゃ遠慮なく……」


 でも、この梯子の長さが微妙だった。

 凧がぶら下がってる枝までは届かず。


 木の幹に立てかけてみたものの。

 そこから手を伸ばしても。

 凧には届きそうもない。


「なんと。詰んでる」

「そうでもねえぜ? 梯子の上でさ、こう、両手で捕まれば足で取れる……」

「出初式か」


 あるいは、ほんとに凜々花なら。

 できそうな気もするけれど。


「……危険だ。諦めよう」

「いやいやできるって!」


 騒ぐ子供二人。

 悩む俺。


 梯子に手をかける秋乃の首根っこを掴む俺。


 

 そんな俺たちの姿を見ていた爺さんが。

 盛大にため息を吐いて。


「まどろっこしいのう」


 ひょいっと梯子に飛び乗ったかと思うと。

 するすると、何事もねえかのようにてっぺんまで登って。


「ほい」


 足だけで梯子に掴まって。

 両手で難なく凧を取っちまった。


「出初式っ!?」

「すげえぞじいちゃん!」


 そして下りも楽々。

 手も使わずに梯子を下りると。


 丁寧にお辞儀をする舞浜姉妹に凧を手渡して。

 梯子をよっこら片付けようとする。


「いやいや、運ぶのぐらいやらせてくれ。とび職か?」

「いや? 火消しじゃよ」

「へえ! じゃあ、ほんとに出初式やってたんだ!」


 意外なところで正月らしい技を見たもんだ。

 俺たちは、口々に御礼と感動を伝えていたんだが。


「出初式、うちの消防じゃやったことないぞ? これは趣味」


 ほんとかうそか。

 そんなオチで。

 俺たちに笑いをプレゼントしてくれた。



 ……でも。

 せっかく取ってくれたというのに。

 凧あげはここで終了。


 なぜなら。


「よっ! 両手で真横までできるようになった!」

「すげえなお前」

「これ、意外と簡単!」


 凜々花による。

 出初式ごっこが始まったから。


「そんじゃ、一番上でやってくんね!」

「ダメだ」

「ケチおにい!」


 一番低いところでやってても。

 みんながオロオロしてるんだ。


 察しろお前は。


「お嬢ちゃん、筋がええのう」

「ほんと!?」

「真横を向くと、ええ気分じゃろ。どんな気分じゃ?」

「こいのぼりの気分!」

「ほっほっほ。わしには大漁旗に見えるぞ?」

「おお! 船か! よーそろー!」


 爺さんと楽しそうにする凜々花を見つめて。

 俺たちは苦笑いしてたんだが。


 こいつはもちろん。

 黙っているはずはない。


「わ、私も舟になりたい……」


 でも、な。


「やめとけ」

「な、なんで?」


 だって、今日のお前は船じゃなくて。

 舟に六個ぐらいずつ乗る方だからな。


「ようし、髪を丸めてかんざしを挿してやろう」

「そ、それ、つまようじだよ?」


 さらに頭の上から。

 枯草をパラパラかけてやったら。


 すげえ怒られた。

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