シンデレラの日


 ~ 一月五日(火) シンデレラの日 ~

 ※かるた:我が家で競技かるたをする場合、

  絵札を取る。これなら凜々花が暴れない。




「めのうえ」

「てりゃっ!」

「ぶしは」

「そいっ!」


 地方に越して来て。

 心から良かったと思う瞬間。


 それは、凜々花が。

 どれだけ床をおもいっきり鳴らしても気にしないでいいということ。


 呆気にとられる美人姉妹を前にして。

 鼻息荒く取り札を積み上げる凜々花。


 相変わらずすげえなあお前。


「……これは驚いた」

「ほんと……、ね?」

「うへへ! 凜々花、これちょー得意!」

「絵柄で覚えちまってるんだ、こいつ」


 そう。

 凜々花は取り札に書かれた絵で、何の札か全部把握してる。


 文字を追うより遥かに認識が早い。


 もっとも。

 それだけでこの高速床ばんばんに繋がるわけはないから……。


「……お前、まさか全ての札の位置を覚えている?」

「おおよ! だから得意って言ったじゃん! でも残念なことに、これほどまでの才能があるのにプロの道には進まねえんだ、凜々花」

「……江戸いろはかるたにプロがあるのか甚だ疑問だが。なぜ目指さないのだ?」

「だってこれ、つまんねえんだもん」


 身もふたもないことを言って。

 美人姉妹の顔を福笑いみたいに歪ませる凜々花だが。


 春姫ちゃんの言う通り。

 場に並んだ札の位置まであっという間に覚えるこいつに死角なし。


 二人に一枚も取らせること無く二十四枚目の札を取ってゲームセット。


「ふう……。むなしいぜ」


 でも、これじゃ年末年始の遊びを春姫ちゃんに楽しんでもらうというコンセプトに反すると思って。


「ふっふっふ、凜々花よ。お前がでかい顔していられるのもここまでだ」

「お? なにそれ!?」


 俺は。


「じゃじゃーん! オリジナルかるたを作っておいたのさ!」

「おおー! すげえぞおにい!」


 新作ならば有利不利はできまい。

 俺は、取り札をみんなの前に並べて。

 そして心の中で少し涙ぐむ。


 製作期間、三日間。

 油性ペンで字や絵が描ける白いカードをわざわざ通販で手に入れて。

 暇を見つけてコツコツ作り上げた超力作。


 絵は苦手だけど。

 こいつらに喜んでもらいたくて。


 イラストのコツをWEBで勉強しながら作った血と汗と涙の結晶。


 そんな心のこもった品を。

 そばを通りかかったお袋が何枚か手にすると。


「うわ。下手」

「なんてこと言いやがる!」

「いいとししてこんな画力で、しかもかるたって。あんた恥ずかしくないの?」

「子供の遊びに干渉しないのが親ディスタンス!」


 ほれ、離れろ離れろ。

 恥ずかしくて顔が赤くなるっての。


 いいんだよ、子供なんだから子供の遊び道具作っても。


 それに、見ろ。

 こいつらの嬉しそうな顔を。


「おにい?」


 ん?

 凜々花、どうした。


 お前の嬉しそうな顔って、サンマの塩焼きにくっ付いてたはらわた口の中に入れた時みたいな感じだったっけ?


「これ、いくらなんでもよ」

「そこまで驚いてくれたか」

「いや、驚いたこた驚いたんだけどもよ」

「……立哉さん」

「絵、下手……、ね?」


 こら、俺を驚かせてどうする。

 なんでみんな揃ってサンマ顔なんだよ。


「そこまで苦い顔すんな。俺、頑張ったんだぞ?」

「そうは言ってもよ。ここまで下手なん?」

「大丈夫。絵については、どれだけけなされようともまったく傷つかねえ」


 もともと苦手なの分かってっからな。

 なに言われようが、なーんも思わん。


「……可哀そうに。何歳からでもどんな道でも諦めなければ必ず夢は叶うと聞くのに」

「いや傷ついた! 絵を描く仕事を選ぶこと絶対ねえけどへこむなそのセリフ!」


 このいたずらフランス人形め!

 たまにはおしおきだ!


 ニヤニヤしていた春姫ちゃんのほっぺをつねりながら。

 中学生にバカにされた絵心についてへこんでいると。


 俺の肩を叩いてきたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「……お前も追い打ちする気か」

「ううん? だいじょぶ。結構分かる……。上手、だよ?」


 おお……。

 なんという女神降臨。


 今なら焼きそばパンでもジュースでも十秒で買って来てさしあげますよ女神様。


「そうだよな! 分かってくれるか! 頑張って書いたんだよ、俺!」

「うん。ほとんど分かるけど、最後の最後、特徴がなくてはっきりしないだけ」

「しまったなるほどな! 確かにそうかもしれん! これなんか特にそう!」

「そうそう。これは……、どっち?」

「どっちって?」

「スブタ? うまに?」

「…………クルーザーだ」


 途端に時間が止まる正月休みの保坂家に。

 お袋がお茶をすする音だけがむなしく響く。


「むりだよ。おにいの才能に世界が追い付いてねえ」

「……そう。この作品群が評価されるには五十世紀ごろまで待たねばならん」

「そうだね、その頃にはきっと……」

「それ評価してるの人類じゃねえだろ! なに星人なんだよ!」

「……だが、アイデアは実にいい」

「おお! おにい、白いカード、まだある?」

「…………やまほど」


 納得いかねえことこの上ねえが。

 主役二人が、楽しそうにかるた作りに没頭してるわけだ。


 まあ、これはこれでよかろう。


「……色マジックが欲しいところだが」

「色鉛筆持ってくんね!」


 みんなに楽しんでもらいたい。

 目的は目的。


 過程がどうあれ。

 いいじゃねえか。


 そんな思いで自分を慰める。

 傷ついた俺の気持ちを察してくれたのか。

 秋乃が再び俺の肩を叩く。


「……なんだよ」


 ふてくされた俺の言葉に返事をせず。


 女神さまは。

 さっきの失敗を取り返そうとしているのか。


 にっこり微笑みながら。

 俺が作ったかるたを綺麗に並べ始めると。


「楽しそう……、ね?」

「だろ?」

「二人じゃできないけど……」

「そんなことない。一人勝ちだぞ?」

「……ホントだ」


 そして、俺に読み札を渡して。

 ぽつりとつぶやく。


「これ……、二人のために作ってくれたんだよ、ね?」

「いや三人……、あ、いや、そう。二人」


 不意を突かれて。

 ついこぼれ出ちまった本音を聞いて。


 秋乃がくすくすと笑いだしたから。

 俺もようやく、笑顔になれた。


 ……いやはや。

 小さなことで腹を立てて。


 バカみたいだな、俺。


「まるで分らない絵ですまんな」

「ううん、これは分かるよ? 読み札、よんで? 誰より早くとるから」


 そりゃそうだ、分かってんだから。


 俺は笑いながら。

 秋乃が気に入ったらしい、『し』の読み札を探す。


「よかったぜ。一つでもちゃんと分かってくれて」

「ちょっと分かりにくいけど……、ね? でも、これは可愛く書けてる」

「可愛く、か。……褒めてる?」

「もちろん。……『シ』ンデレラの、ガラスの靴」

「それは『し』んしゅつきぼつで、ルパン書いたんだ」



 ……再び訪れた、長い長い静寂。

 ようやく動いた女神さまの口から洩れた言葉は。




「…………百世紀」




「うはははははははははははは!!!」


 もう。

 俺は何があっても絵は描かん。


 だってその絵は。

 会心の出来だと思ってたから。


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