石の日


 ~ 一月四日(月) 石の日 ~

※初詣:日本人だなあって感じる時間。

 調子に乗って破魔矢と絵馬とお守りと

 おみくじのフルコースになりがち。




「…………すいてる」

「そう……、かな?」


 玉砂利をぎしりと鳴らして歩み入る境内。

 おごそかな空気が心の穢れと疲労を拭い去ってくれるような心地。


 薄氷の下から汲む手水ちょうずの冷気が。

 これからやんごとなき方への挨拶をすることを思い出させ、身を引き締める。



 東京と比べる俺が悪いのか。

 それとも今までの自分から一つ成長したのか。


 この地での初詣は。

 観光やレジャーとは明らかに違う。


 本当の意味での初詣というものを。

 俺は、初めて学んだ気がする。


「これもまた、人生の勉強か?」

「それ、昨日も言ってた……、ね?」


 少年老い易く学成り難し。


 勉強時間は減ったのに。

 なんだか、去年は多くのことを学んだな。


 その教科書はもちろん。

 友達との生活なわけで。


 俺の右隣りでぶかぶかのダウンから、赤くなった指先を覗かせる。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつが先生という訳だ。



 改めて、直接感謝するのもかっこ悪いし。

 代わりに、神様にお礼を言っておこう。


 こいつと会わせてくれたことに。

 心から感謝だ。


 そしてお前には、お礼の代わりに。

 こんな言葉をプレゼント。


「…………はしゃぐな」

「だ、だって、おみくじが……。あ、お守りも欲しい……」


 お前と出会ったから成長できたと。

 褒めてやったというのに。


 反面教師でしたって暴露してどうする。


 せっかく厳かな雰囲気に浸ってたのに。

 ぴょんこぴょんこ跳ねるんじゃねえ。



 今にも、売り場の棚指差して。

 ここからここまで全部下さいって言い出しそうなウキウキ顔で。

 俺の袖を引っ張る秋乃よ。


 おみくじを買い占めたら。

 お前の運勢は一体どうなると思ってんだ?


 ……よし。

 もう一度釘を刺しておこう。


「いいかお前。出がけに言ったが、初詣の境内にはアイドルライブの物販と同じ属性の魔法がかかってるんだ」

「どれだけいらないものでも三つは買いたくなる魔法?」

「それ」

「夏木さん曰く、マフラータオルとパンフレットとライブTシャツの三種の神器」

「神社では、おみくじ、破魔矢、絵馬、お守り、お札からセレクトだ」

「欲しいのは、おみくじと、お守りと……。パンフ?」

「ほら三つ。かかってるかかってる」

「こわ……」

「念のために言っておくが、神社のパンフは大抵無料だ」


 俺は、おみくじを引こうとする凜々花に声をかけて。

 先にお参り済ませるように言い聞かせてから。


 秋乃に非情な宣告をした。


「……お小遣いは五百円まで」

「ひっ!? そ、それじゃ、おみくじとお守りでおしまい……」

「さらに、三百円までだったら?」

「そ、それはダメ……。おみくじとお守りは、マスト……」

「そういうこと。無限に使えると思うから余計なものまで欲しくなる。絶対に欲しいものがどこまでか、今みたいに金額を絞って考えるクセ付けねえと大変だぞ」


 こいつの家、やたら金持ちなくせに。

 どういう訳か、貧乏生活してるから余計な心配かもしれねえけど。


 でも、金銭感覚おかしいからな、こいつ。

 この間も、実験道具にどえらい金額かけてたし。


 みんなで揃って手を合わせて。

 それぞれの祈りを済ませると。


 未だ、イベント気分の凜々花が春姫ちゃんと秋乃の手を引いて。


 境内を所狭しとはしゃぎまわる。


「あんたははしゃがないの?」

「大丈夫。ここで保護者気分を満喫してるから」


 お袋と親父と舞浜母。

 俺はとうとうこっちチームに名を連ねるようになったのか。


 ……すこしは。

 大人になったのだろうか。


「じゃあお兄ちゃん。神社の由来とか見に行くかい?」

「おいこらはしゃぐな。お前を子供チームに入れちまうぞ」

「いいからいいから!」


 能天気な親父が階段を下りて手招きするのを見て。

 お袋が、俺を肘で突く。


 やれやれ。

 これじゃどっちが保護者か分からん。


 そう思いながらも。

 親父が見つけた妙なものに。


 俺は一発で食いついた。


「……おお。はしゃいでみるのも良いもんだな」

「そうだね。こんな石がまつられているなんてねえ」

「どしたんパパ?」

「この石はね? 『力石ちからいし』っていうものなんだって」

「………………武器?」

「違うよ!? あそこに説明書きがあるから、読んでごらん」


 三者三様。

 晴れやかな笑顔の凜々花と。

 柔らかい笑顔の春姫ちゃん。

 そして眉根を寄せる秋乃が。


 おみくじに書かれた運勢そのままの顔を途端に輝かせながら見つめる立て看板。


 昔、この地に水害があった時。

 村人総出で、石を積み上げて守ったことがあり。


 それ以来、力のある物がもてはやされることになって。

 祭りの中で、石を持ち上げて力を競う風習ができた。


 その競技に使用されたのが。

 恭しく注連縄しめなわをうたれた。


 この苔むした丸石というわけだ。


「すげえ! これが景品!?」

「お前の読解力、レオナルドダヴィンチ並みだな」

「そこまで天才?」

「やつと同じで日本語読めねえのかお前は」


 苦笑いする一同の中から。

 親父が調子に乗って丸石に近寄って行くんだが。


「いやいや。やめとけって」

「でも、ご自由に触れてみてくださいって書いてあるからね!」

「その姿勢から『触れる』って言葉は出てこねえ」

「あはは、バレたか! よいしょ!」


 そして親父が見事に上げたのは。

 自分の大きな掛け声と。

 参拝客のクスクス笑いだけ。


 俺は恥ずかしい思いをしていたんだが。

 秋乃は、違う感情を胸に抱いたようだ。


「……め、目にもの見せなきゃ……。笑われっぱなしじゃダメ……」



 いやはや。

 ほんと、お前には学ぶところが多いこと。


 友達の家族が笑われたままじゃいやだ、なんて。


 そんな事を考えるお前が特殊なのか。

 そんな当たり前のことを思わない俺が特殊なのか。


「どっちが正解なのやら」

「ち、力じゃ昔の人に勝てないから、知恵で勝負……」


 そう言いながらなにやらわたわた探して歩いているが。


 フォークリフトでも持ってくる気かお前。


「知恵、ねえ」


 そんなお題を出されても。

 俺には面白いことしか思いつかんよ。


 せいぜい、これ見て。

 みんなが笑ってくれたらそれでいい。


 俺は、丸石の後ろに立って。

 苔の付いてない、上の部分に両手を当てて。


「ほっ!」


 そのまま、石の上で逆立ちした。


「……おにい。持ち上げるんだよ、それ」

「ブラジル人から見たら持ち上げてるように見えるだろ」


 こんな古典的なネタも。

 お正月気分の皆さんにはちょうどツボだったようで。


 境内はおろか、売り手の巫女さんまで。

 楽しそうに笑ってる。


 …………いや。


 一人、例外がいた。


「や、やっと見つけた……? 何やってるの?」

「うるせえ。もうリベンジは済ませたから余計なことしなくていい」


 そもそもどうする気だ、その竹ぼうきで。


 石から下りて。

 呆れながら見つめていた俺の足元。


 秋乃は、丸石の下にほうきの柄を突っ込んだかと思うと……。


「テコ!? やめろ秋乃! そんなことしたら……」

「よいしょお!」


 俺の制止も聞かずに、こいつが竹ぼうきに体ごと乗っかると。



 べきっ



「うはははははははははははは!!!」


 石が転がるという大惨事を起こすことなく。

 秋乃は、支点から折れたほうきとともに地べたにべちゃり。


 境内は、俺の時を上回る笑いに包まれた。


「こら秋乃! 俺のことを前座にすんな!」

「ば、場があったまってなかったら失笑されてるところだった……」


 ほんとだよ。

 でも、目的は果たせたみてえだから良かったな。


 親父を見て笑ってた皆さん。

 俺たち二人のことしか、もう覚えてねえだろ。


 頭を掻く親父に微笑みかけた俺たちは。

 清々しい気分で境内から……。



「ちょっと待ちなさい」



 境内から。

 出ること叶わず。


 宮司さんに掴まって。

 正座でお説教を聞かされることになった。


「…………良かったね、立たされなくて」

「ばかやろう」



 ほんと、こいつといると。

 いろんなことを学んでばっかりだ。


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