書初め
~ 一月二日(土) 書初め ~
※書初め:平安時代の宮中の行事だった
らしい。年の初めの抱負を書くのが
一般的だが、こんな遊びもできる。
なんでまた、こんな面倒なことに付き合わなければならんのか。
最初は、そう思っていたのに。
どんなものでも。
体験すれば楽しい。
そんなことを考えるようになったのも。
この、なんでもやってみたがりな女の影響かと思われる。
……そう。
やってみれば。
楽しいもんだ。
「うはははははははははははは!!! 今年のおしゃれの抱負、『チャプチェの香り』ってどういうこと!? 春姫ちゃんの勝利!」
「くそう、さすがハルキー!」
「……ふっ。この私に笑いで挑もうなど百年早い」
「つ、次は負けない……」
「じゃあ、次のお題は遠足で」
もう、ずっと笑いっぱなし。
腹が痛いどころか。
腰まで痛くなってきた。
そんな俺の目の前に。
改めて並んだ今年の抱負。
「じゃあ、これでどうだ!」
「……私はこれだ」
「ど、どれが一番面白い?」
「うはははははははははははは!!!」
凜々花作。
『水筒は一斗缶』
春姫ちゃん作。
『おやつは五百円玉』
秋乃作。
『帰りのバスで、ああここ私の家の前だから下ろしてと叫ぶ』
「うーん……、春姫ちゃん!」
「また負けたあ!」
「わ、私の……、は?」
「お前のは笑いって言うよりあるあるだから」
「……だが今回はいい勝負だった」
「こ、今度こそ……」
「あんたたち、まだやってたの?」
一万八千ピースなる、驚きのパズルをテーブルにぶちまけて。
親父と共に遊び惚けているお袋が振り返りながら話しかけてきたんだが。
「お前のせいだろが」
「そうだっけ?」
とぼけんな。
凜々花が、『足が速くなりてえ』って書き終えたところで。
つまらないとか言い出して。
面白いこと書きなさいなんて言うもんだから。
春姫ちゃんがそれならばと書いた『徐行』で一同大爆笑。
そして始まった『今年の抱負』大喜利。
気づけば俺が審査委員長となって。
三人のネタを評価し続けている。
「おにい! お題お題!」
「ああ、そうだな……。じゃあ、書初めで」
そして真っ先に書きあがる。
凜々花による最初の面白抱負。
『書初めしてえ』
「しとるがな」
うん。
お前は瞬発的な笑いのセンスはあるが。
こういうじっくり考える系は苦手なようだな。
笑いって言うのは。
春姫ちゃんみたいなのを言うんだ。
『元旦に書初めしたい』
「手遅れっ!」
危うく吹き出しかけたが。
これはまだ耐えられるレベル。
でも。
こいつの見たら堤防崩壊。
『書初めしない』
「うはははははははははははは!!! 秋乃の勝ち!」
俺たちが笑ってる姿を見て。
パズルコンビも楽しそうに笑ってる。
今日は随分寒いけど。
保坂家は、正月早々ぽかぽかだ。
「じゃあ、お題は金運」
これは難問と。
しばらく首をひねった凜々花が。
三人みんなで使う用に。
バケツに入れた墨を筆に付け足して。
豪快に書いたのは。
『アイドルデビューしてギャラがっぽがっぽ』
「普通。てか、欲まみれ」
「……しまった。欲まみれはダメだったか」
そんなことを呟く春姫ちゃんの作品。
『凜々花をアイドルデビューさせてプロデュース料がっぽがっぽ』
「うはははははははははははは!!! 凜々花、ピンハネされてるぞ?」
「ひでえ!」
「春姫ちゃんの勝ちかなこりゃ?」
そして腹を抱えながら見た秋乃の作品。
『振込先は私の口座』
「うはははははははははははは!!! 座りしままに食らう徳川!」
「さすが舞浜ちゃんだぜ……」
「……私たちが何を書くか読んで来るとは。参りました」
ああもう、舞浜姉妹の発想な。
相手がなに書くか読んで踏み台にするとか大したもんだ。
さすが、何年もお互いに面白い事ばっかりやって来ただけのことはある。
「じゃあ、雨の日対策」
凜々花の作品。
『尻子玉を持ち歩く』
「うはははははははははははは!!! そのカッパ被ったらぬとぬとになるわ!」
春姫ちゃんの作品。
『手がドリル』
「うはははははははははははは!!! 掘るな! 手が傘でいいじゃねえか!」
そして秋乃の作品。
『持って来てね?』
「俺に頼るな!」
三者三様。
よくもまあ、いろいろ思い付くもんだ。
新年早々。
笑った笑った。
でも、めんこの時みたいになるわけにゃいかねえ。
そろそろ終わらせねえと。
「じゃあおしまい。みんな、真面目に抱負を書くこと」
「よっしゃ! そんじゃ、どんなおもしれえこと書こうかな……」
「面白はいらん」
「抱負以外の事じゃ……、だめ?」
秋乃が筆に墨を付け足しながら。
聞いて来たんだが。
そんなもん。
なに書いたっていいだろ。
「格言とか、誰かの名言とか。なんでもいい」
「…………四字熟語とか」
「それは許さん。俺のだ」
「そうでした……」
「よし。俺は四字熟語で抱負を書くことにしよう」
一人分、習字セットが足りないから。
俺は秋乃から筆を受け取って半紙に向かいながら。
わざと小うるさいうんちくを語り始める。
「そもそも書初めとは。元日の朝に初めて汲んだ水で墨を摺って、恵方を向いて書いたんだが……、内容は、詩歌だったんだ」
「へえ……」
「それに倣って、俺も四字で抱負を歌のように奏でる」
そして大仰に目を閉じて。
深く呼吸をすると。
部屋にはピリッと緊張感が走った。
……よしよし。
秋乃のヤツ、喉を鳴らしてツバ飲み込んでやがる。
俺の抱負。
それはもちろん。
お前を無様に笑わせることだ!
誰にも見えないように。
体をかぶせて書き込んだ半紙を。
「よし! 俺の抱負はこれだ!」
高々と掲げて秋乃に見せる。
そこに書いた四字熟語は。
『熟語禁止』
「…………笑えよ」
「あ、でも、想定内……」
「ひでえ。そしてわたわたすんな」
いつものパターン。
こいつは慌てて俺から筆を取って。
慌てて半紙に書いた文字は。
『我慢苦笑』
「うはははははははははははは!!!」
ちきしょう。
おもしれえけどひでえ扱いだ。
悔しいから。
反撃だ。
『熟語不許可』
そして返事は。
『横暴立廊』
「うはははははははははははは!!!」
いやはや。
笑った笑った。
……せっかく気分がいいんだ。
それは勘弁してください。
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