取引所大納会


 ~ 十二月三十日(水) 取引所大納会 ~

 ※だるま落とし:意外とこういうので

  センスが出る。凜々花にとっては

  ただの楽器。




 『おにい、助けて!』



 久しぶりに舞い降りた二択。


 舞浜家の大掃除中。

 俺の元に届いた一通のメッセージ。


「…………こういう時は、思うままに行動すればいいんだったよな」


 俺はカンナさんの言葉を思い出しながら。

 コートも羽織らず部屋から飛び出した。


 無論、掃除より。

 可愛い凜々花のピンチを救いたい気持ちの方が勝ったから。



 というわけではなく。



 単に、何の薬品が凝固したのか見当もつかない恐怖の壁掃除から逃げ出したかっただけ。


「あとは自分でやっとけ!」


 そう声をかけてから。

 年末気分の、どこかぬるっとした空気が肌にまとわりつく屋外へ飛び出すと。


 ほぼ全速力で走っているというのに。


「…………なぜ隣を走ってるんだ貴様は!」


 びっくりするほど足が速くて。

 びっくりするほど一人で掃除をしたがらないこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきのが。


 ぴったり隣を駆けていた。


「り、凜々花ちゃんのピンチ……」

「覗き見るな。多分荷物持ちだから心配せずに帰って掃除しとけ」

「そ、そんなこと出来ない……」

「お前、ほんと凜々花のこと好きな」

「ううん? 一人で掃除なんて出来ないって話……、よ?」


 いっそすがすがしいなお前のわがまま。


 俺は、呆れたこいつにため息をつきながら。

 年末の商店街を目指して。



 ……絶対ついてこれないように。

 さらに速度を上げた。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「おお、いたいた」

「おにい、待ってたぜ! ……あれ? 舞浜ちゃんも一緒に来たの? なんか、ぜえぜえ言ってっけど大丈夫?」

「ぜひっ! ぜひっ! ぜひっ!」

「……ただで油田一個あげようかって言われた?」

「ぜひっ! ぜひっ! ぜひっ!」

「そんなうめえ話、ぜってえ裏があっからやめといたら? 油田じゃなくてスウェーデンでしたー、とか」

「国を一個貰って、ぎゃふん騙されたーって言うやついると思うか?」

「ぜひっ! ぜひ…………」

「はっ!? しまったぞおにい! 今、凜々花、舞浜ちゃんにプロポーズすりゃよかった!」

「大丈夫だ。お前がいつプロポーズしても秋乃は絶対断らん」


 そうかなあと。

 うまくいくかなあと。


 もじもじ悩む凜々花が両手でもてあそんでいるもの。


「……何の紙だ?」

「そうそう、こいつのせいでおにいを召喚したんさ!」

「だからなんだよ。分かりやすく説明してみろ」

「今日の取引所大納会でな?」

「年末の商店街大売出しで?」

「株主優待券を手に入れてな?」

「福引の抽選券貰ったのか。自分でやればいいだろ」

「それが、敵は凜々花の苦手な、あのカラフル野郎なのでござる……」


 ガラガラじゃないの?

 首をひねりながら、抽選会場を見てみれば。


 なるほど。

 凜々花が持ってる抽選券はこっち用か。


 通常のガラガラの隣。

 『子供抽選券はこちら!』

 と書かれたテントが目に入る。


 そのテーブルに置かれていたのは。


「あいつか……」


 凜々花が、ばあちゃん家に行ったとき。

 畳に額を擦りつけて。

 血を流すほど唇をかみしめながら敗北を口にしたその相手。



 だるま落としが置いてあった。



「お前の、宿命のライバルじゃねえか」

「凜々花、あいつに挑むにはまだ功夫が足りねえ……」


 奥歯をぎりっときしませるお前の横顔。

 やたらカッコいいけど。



 バカ丸出し。



「まあ、今日はエキシビジョンってことで、試すだけ試してみれば?」


 ……だるま落としとは。

 木でできた、昔からあるゲームの一つ。


 さほど高さの無い色とりどりの円柱を。

 五、六段重ねた上に小さなだるまさん。


 木製のトンカチで、下の円柱を横からスパンと叩いて抜いて。

 一段、急に抜けたことによって落下した円柱とだるまが崩れて倒れなければセーフ。


 その調子で二段目三段目。

 最後まで円柱タワーを崩すことなく、だるまを着地させれば見事成功という遊びだ。



 今も、挑戦者のちびっこが。

 失敗して悔しそうな声を上げると。


 辺りにむなしく鐘の音が。

 カーンと一回だけ。

 残念賞を表す音を響かせる。


「何個抜けたかで商品が変わるのか」


 これなら、一個さえ抜ければ。

 凜々花の自信につながるはず。


 ではまず。

 俺が手本を見せてやろう。


 そう思って手にしたハンマーを。

 はっぴ姿の兄ちゃんに取り上げられた。


「ああ、お兄ちゃんはダメだよ。高校生だろ?」

「高校生はダメなのか?」

「男性は小学生まで。女性は高校生まで」

「女性は……、高校生まで?」


 お前は今。

 マズい言葉を口にした。


 そう指摘するより早く。

 あまりの眩しさに顔をそむけるはっぴの兄ちゃん。


 そんな後光をまき散らす。


 なんでもかんでもやってみたがりという面倒なこいつのスイッチはON。


「に、二枚もあるのね、抽選券……」

「一回は凜々花だ」

「そ、そうよね、分かってる……」

「凜々花、秋乃のお手本のあとならチャレンジできそうだろ?」

「そだね、がんばれるかも」


 そうだとも。

 きっと気楽にやれるはずだ。


 だって、みろよこの鼻息。

 こいつは間違いなく。

 盛大に失敗する。


「これで……、ここを叩く?」

「そうだよ。足場を打ち抜いて、だるまがうまい事立ってたらセーフ」

「転がらせなければいい……、の?」

「そうだ」


 はっぴの兄ちゃんからハンマーを受け取って。

 上手いこと立っていたらセーフと。

 呪文のようにぶつぶつと繰り返した秋乃は。


 急に真剣な表情を浮かべると。

 どこから出したのか、定規でありとあらゆるものを測りだす。


「ハンマーの質量、だるま底面の摩擦係数……」

「やめねえか。怖い。重い」


 後ろに行列でき始めちまってるし。

 みっともないったらありゃしねえが。


 昨日のめんこの比ではなく。

 驚くほどの速さで数式を書き終えると。


「出来た……。こ、これで完璧……」


 出来上がった数式を横目に。

 二度、三度と素振りを繰り返すと。


「で、では、行きます……、ね?」


 明鏡止水めいきょうしすい

 落ち着いた表情で。

 ゆっくりとハンマーを構えた。



 ……まさか、できるのか?



 緊張しながら見守る俺たちの前。

 秋乃はハンマーを振りかぶると。


「はっ!」


 ハンマーを、一番下の段ではなく。

 だるまのすぐ下の段にぶつけて。


「よっ! ……で、できた!」

「うはははははははははははは!!! すげえ!」


 土台と入れ替わるように。

 ぴたりと止めたハンマーの上。

 微動だにせず見事に立っただるまさん。


 もちろんこれを見たはっぴの兄ちゃんは。

 おおと声を上げて。

 目を丸くさせながら鐘を叩く。



 カーン!



「え? ……で、できたのに?」

「ルールの裏をかこうとするんじゃねえよお前は!」


 文句を言いたげな秋乃を強制退場させて。

 俺は凜々花の背中を押して。

 ハンマーを持たせたんだが……。


「何おまえ。緊張してんの?」

「だって、い、今のを超える芸、思いつかねえんだけど……」

「普通にやれ普通に」


 俺の言葉にうなずきを返した凜々花は。

 数年越しに対峙した強敵に対して。


「ちぇすとおおおお!」


 思い切りハンマーを叩きつける。



 こんカンがしゃーん!



「……勢い強すぎ」


 予想に反して。

 凜々花の放った一撃は見事に土台を抜いたんだが。


 まさかそいつが鐘に当たって跳ね返って。

 だるまタワーを直撃するとか。


 はっぴの兄ちゃんの手を煩わせるまでもなく。

 失敗の鐘を鳴らすあたり笑いのセンスは秋乃を超えている。


 ――秋乃の大道芸の後に。

 この一発ギャグ。


 二人の面白だるま落としに。

 スタッフの皆さんは大層笑い転げて。


「もらっちった! ハルキーにあげよう!」


 四等の、だるま落としセットをいただいた。



 今日はスタンプの枠、無いけども。

 帰ったら一つ書き足そうな。

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