九松にあたるから正月飾りしない日


 ~ 十二月二十九日(火)

 九松にあたるから正月飾りしない日 ~

 ※めんこ:お袋が捨てようとしたのを

  親父が必死で守ったゴミ。

  版権について思わず考えさせられる。




 がっつり休むと宣言したとはいえ。

 この働き女王蜂がジッとしているはずもなく。


 昨日は早朝から餅つき。

 昼は近所に餅を配って年末のご挨拶。

 夜には一気に年賀状を書き終えたかと思うと。


「ほら、行くわよ? なにもたもたしてるのよ」


 今日は今日とて。

 朝から車をピカピカにして。


 早めの昼飯を済ませてすぐ。

 年末年始用、食材日用品の大量買い出し。


 掃除してた俺にもお構いなし。

 スニーカー履いたお袋が。

 玄関先から声をかけたお相手は。


 ここ連日。

 いつもの倍の速度で動くことを強要され続け。


 どうしても、今だけは。

 今だけはお袋のペースについていくのは無理なのだと。


 凜々花から短冊を受け取って。

 子供みたいな汚い字で。

 涙ながらにしたためる。



 魂の一句。



  ローライズ

   流行った世代で

     再ブーム



「…………あなた、それ以上太ったら一緒に歩かないから」

「き、昨日のお餅のせいだと思うんだけどね? おへそまで上がらない……」

「はあ……。立哉、洋服も買わなきゃいけなくなったから、夕飯お願い」

「いいけど。でも俺に頼むと、もれなく冷凍庫のカニがテーブルに並ぶことになるぞ?」

「あんたどれだけカニ好きなのよ、手痛い出費ね……。パパのお小遣いから一年ローンで返してもらうからね! パンツ代とカニ代!」

「か、勘弁してよ……。よし、入った!」


 お出かけする大人たちに手を振る四人。

 今日は子供たち総出で。

 保坂家の大掃除だ。


 そして明日は。

 あのオンボロ洋館を掃除か。

 いまから気が滅入るぜ。


「交代交代なら、楽しい……、ね?」

「そうか?」

「そ、それに私、今日は邪魔になってない……」

「ああ。邪魔になってないな」


 昨日の役立たずっぷりの汚名返上。

 今日はまったく邪魔にならないこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 それもそのはず。


 自分で作って来た監獄の檻から一歩も出てこねえからな。


「邪魔じゃねえけどさ。なんか手伝わねえと、スタンプ押さねえぞ」


 俺の文句に、ハッとしながら。

 首から提げた年末年始スタンプラリーの台紙を見つめた秋乃は。


 わたわたしながら檻を片付けて。

 あわあわしながら春姫ちゃんの後を追う。


「……済みませんお姉様。手伝うなら後ろじゃなくて、横」


 あいたた失敗。

 そうだな。

 そこから窓に手が届くとは思えない。


 そして今度は凜々花の横へ。


「舞浜ちゃん。狭いから後ろっかわ手伝って……」


 あいたた失敗。

 トイレで無理やり横に並ぶのはちょっと邪魔。


「お前、ほんとは手伝いたくねえんだろ」

「そ、そんなこと無い……」


 やれやれ。

 ほんと役に立たないね、お前さんは。


「じゃ、じゃあ、そこに並んだお正月飾りでもしておこうかな……」

「こら世間知らず。それはダメ」

「え? ……ど、どうして?」


 俺は秋乃が手にした松飾を取り上げて。

 手短に説明してやった。


「今日飾ったら九松になっちまう。苦、待つってことだ。分かるだろ?」


 秋乃は、勉強しねえだけで。

 俺より遥かに頭がいい。


 こんな説明だけで。

 ああなるほどと手を叩いて。


「………………先生。分かりません」


 あれ?

 分からなかったか?


「語呂合わせだよ。縁起物だから、語呂が悪い日に飾らないってこと」

「そ、それは分かる……」

「ん?」

「でも、分からない……。そんな非科学的な語呂合わせに従って現代社会の人々が自らの活動を制限しているなんて……」

「だったら正月飾り自体が非科学的だろうが!」


 なんて現代人!

 お前は年末年始から出て行け!


「呆れたやつだな。何のために正月飾りすると思ってんだ」

「可愛いイルミネーション……」

「クリスマス感覚っ!?」


 どこの世にオーナメント下げた門松が立ってるんだよ。

 罰として、『マツ』ってプラカード提げたお前が正月の間中玄関先で立ってろ。

 

 俺は秋乃のスタンプカードに。

 マイナス1ポイントとペンで書き込んで。


 しょぼんと肩を落とすこいつに。

 ゴミ出しを命じることにした。



 ……が。



「……お姉様。何と言うお約束……」


 三十分後。

 こいつはゴミの山から凜々花の愛読書である少年誌を取り出して。


 仰向けに寝そべって。

 せんべい片手に読みふける。


 お姉ちゃん大好き妹を公言してやまない春姫ちゃんですら。

 秋乃が被った頭巾を後ろに引っ張って。


 あごにかかった結び目を。

 鼻の位置までずるりと移動させた。


「……そこの泥棒に気力を奪われた。休憩にしよう」

「休憩? んじゃ、凜々花、お茶淹れてくんね! おにいは緑と赤とソ、どのお茶にする?」

「ソでいい。……いや、やっぱいらねえ」

「なんで? 凜々花のソ、今日はなかなか上等なもん出来そうな予感すっけど?」

「冷蔵庫始めちまったからな。これ終わらせねえと食い物が痛む」


 それに、こんなペースじゃ一日で終わらん。

 今日中にこっち片付けねえと。

 休んでる暇はねえ。


 そんな俺の必死さ加減。

 背中で語れば伝わろう。


「……よし。休憩ついでに、今日のスタンプ課題をこなそう」

「めんこだな! 舞浜ちゃん! ゴミ山の、そのカンカン取って!」


 伝わらねえかよそうですか。


 そして親父、良かったな。

 お前の宝物は、今年も偶然守られた。


「……なんだか、随分とみすぼらしいものだな。厚紙か?」

「め、めくれてる……」

「そっちのは……、マンダム? これがバク!」

「……名前があるのか」


 間違っとる。


 でも、堂々と名前もじって書いてるのもあるんだよな。


 著作権とかどうなってんだ?


 ……いやいや。

 向こうのことは無視無視。


 掃除の手を休める訳にはいかん。


「……それで? これでどう遊ぶのだ?」

「これな? ひとつ置いといて、もう一つで叩いてひっくり返したら勝ち!」

「……ひっくり返す?」

「り、力学的にかなりの力が必要……」


 なにも分からん三人でも。

 そのうちコツを掴めるはずだ。


 俺は干渉しないと心に決めて。

 ひたすら冷蔵庫を磨いて磨いて……、よし終了。

 次はシンクだな。


 ひと段落して、腰を上げて。

 そのまま振り返らずに掃除を続けりゃよかったものを。


 何の気の迷いか。

 三人の様子をちらりと見てしまったせいで。


「…………めんこ?」


 俺は。

 めんこの知識のない三人による不毛な活動から目を離せなくなっちまった。



 床に鉄球を落として反射を計測したあと。

 なにやら見たことのない記号使って計算し始めた秋乃と。


 めんこを両手に持って、ひたすら踊る凜々花。


 そして、めんこにめんこを上からぶつける春姫ちゃん。



 唯一、まともな行動に出た春姫ちゃんも。

 へたにコントロールがいいもんだから。


 何度も何度も真上からぺしんと叩きつけて。


「……少し、浮きはするが……」

「ほれよいさっさ! がんばれハルキーほいさっさ!」

「そ、そうか、摩擦係数も考慮しないと……、ね?」


 これは。

 なんの祭りなんだ?


 ……俺が手本を見せてやりたい。

 でも、遊ぶわけにはいかん。


「ねえハルキー。これ、いつひっくり返るの?」

「……それを私に聞かれても」

「ひっくり返る気、しねえんだけど」

「……そうか。ただのウソか」

「ウソじゃねえ! ええい、貸せ!」


 一回だけ!

 手本を見せるだけ!


 俺は春姫ちゃんからめんこを取り上げて。

 床に置かれためんこの真横にぺしんと叩きつける。


 すると、凜々花がバクと呼んだロボットが。

 風圧のせいで宙を舞い。

 くるり一回転半して地に落ちた。


「おお! すげえぞおにい!」

「……なるほど、そんな仕組とは」

「滑らせて下をくぐらせる方法もある」

「……そのバージョンも見せて欲しい」

「綺麗に下くぐったら、トンネルって言ってもう一回できるんだ。いいか、見てろよ?」


 そして、ルールの説明と実演。

 スナップの利かせ方と足の位置。


 果ては究極技、角ぶつけまで三人に伝授したところで。

 必然的に開催されためんこ大会。


「くそう! やるようになったな、秋乃!」

「まだまだ……。私の進化は止まらない……」

「ハルキー! 楽しいね!」

「……ふっ。そんな遊び半分で、私に勝てると思うなよ?」

「ただいまー。…………あら?」

「おお、早かったなお袋」

「…………早かねえわよ」


 荷物を抱えたお袋が指差す窓の外。



 真っ暗。



「…………うそ。何時間遊んでたんだ俺たち」

「掃除は途中でご飯の支度もないようだけど? これはどういうことかしら?」


 一斉に正座して。

 首を垂れた四人を前に。


 お袋も正座して。

 怒りながら床をバシンと叩くと。


 ……それに合わせて。

 秋乃がひっくり返って裏向きになった。


「うはははははははははははは!!!」


 もちろん。

 バカなことやった秋乃と。

 笑い転げた俺には罰が与えられ。


 料理と残った掃除を二人で……、もとい。


 一人でこなすことになったわけだ。


「が、がんばれがんばれほいさっさ……」

「邪魔だから踊るのやめろ」


 俺は、くつろいでテレビを見るみんなを横目に。

 秋乃を檻に閉じ込めた。



 ……明日が不安だ。

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