身体検査の日
~ 友達と、何にも考えずに
年末年始を過ごそう~
『少年老いやすく学なり難し』
俺は、お袋から、ニュースから。
ドラマから、本から。
先生から、先輩から。
クラスの連中から。
さらに、時には春姫ちゃんや凜々花。
ちいさな子供たちから。
いつも。
何かを学ぶようにしているが。
それが足りていると感じたことはない。
毎日勉強はしている。
教科書、参考書、問題集。
でも、大人になるために必要な勉強。
それは普通、友達から学ぶもので。
つまり俺は。
ずっと友達がいなかった俺の大人力は。
まだまだ小学校に上がったばかりといったあたりなんだと自覚している。
ついこの間も。
カンナさんからトロッコ問題の解答を教わったが。
あれだけ当たり前のように答えられては。
自分の未熟が思い知らされるというものだ。
……そんな俺が。
なんとか高校生をやっていけている理由は。
お袋の教育のおかげなんだと思う。
いつもうるさいなと思いながらも。
煙たいなと思いながらも。
俺が大人力を吸収できる。
貴重なプラットフォーム。
だから、感謝を胸に。
小うるさくて長い説教を。
甘んじて受け入れているんだ。
……そんなお袋が掲げる。
絶対的な方針。
年末年始は。
がっつりぐったり休む。
だから俺も。
年末年始は。
出来る限りやめよう。
面倒なことを。
考えるのを。
……というわけで。
今回のテーマは、ここでおしまい。
~ 十二月二十八日(月)
身体検査の日 ~
※餅つき:保坂家恒例行事。
東京じゃ、マンションの共用敷地で
やってたけど。よく叱られなかったな。
凜々花による、ネンマツネンシーなことを春姫ちゃんにプレゼントする企画。
どうやらそれが。
本当に嬉しかったらしく。
長い豪奢なゆるふわ金髪を。
地に付けるほどのお辞儀をする春姫ちゃん。
「いや、そこまで頭を下げなくても」
「……本当に済まない。何とお詫びをしたものか」
「いいんだよ、楽しんでもらえれば」
隣の駐車場に。
臼と杵を設置している俺に対して。
やたらと腰を低くしている春姫ちゃんなんだが。
感謝ならともかく。
申し訳ないとか言われると悲しいな。
もう、すっかり家族付き合いだし。
笑顔になってもらいたいからお誘いしてるわけだし。
「……心から反省している」
未だにリビングから出て来やがらない凜々花。
あいつが毎日かけてるご迷惑に比べりゃ軽いもんだ。
「俺たちが春姫ちゃんをご招待したかったんだ。謝ること無いんだぞ?」
「……そこだ。私をご招待して下さったのだよな?」
そう言いながら、真っ白な手で示す家の陰。
こっそり、まるで闇夜のネコみたいな目で俺たちを覗き見ているのは。
と。
その母。
「なるほど。ちょっと反省しろ」
「……ご迷惑をおかけする」
話しちまったんだな、餅つきやるって。
それをこの二人が放っておくはずはない。
「や、やってみたい……」
「正月ニ餅ガナイト、村八分ニサレル……」
「うわあ。めんどくさそう」
「……心より反省する」
そして春姫ちゃんと俺の予想通り。
餅つきのあいだ。
俺は二人の暴走を止めるためにずっと走り回ることになった。
…………詳細は話したくない。
変な薬品とか。
聞いたことのない、村の儀式だとか。
何も思い出したくないから。
~´∀`~´∀`~´∀`~
保坂家の餅つきは、かなりの重労働。
伸し餅を四十枚。
鏡餅を十個。
もち米をふかしてはつき。
ついては伸し。
早朝から始めて、ようやく昼下がりに全部完成したんだが。
「えっと……、後藤さんのとこはほんとに鏡餅いらないのね?」
「ああ。その分はお向かいさんにやってくれ」
「はいはい。じゃあ、配りに行って来るか!」
「メシ食ってからにしろよ。マンションと違って、配達にどれだけ時間かかるか分からんぞ」
「それもそうね」
「おまたせーっ! つきたてのきな粉とからみ、すげーうめーぞ!」
でかいボウルにちぎった餅を山にして。
エプロン姿の凜々花と春姫ちゃんがリビングから出て来たから。
こいつら二人を牢から出してやることにしよう。
……花壇用に買った柵を開いて出してやった罪人二人。
しょんぼりしてた二人だが。
つきたて餅を見るなり満面笑顔。
「冷めないうちに食え。邪魔しかしてない二人にも、あげないわけにゃいかねえからな」
「これ……。さっきの白い化合物?」
「化合してねえ。百パー米だっての」
「ヨカッタ……。コレデアキノノオ尻ヲ叩カナイデスム……」
「『尻餅』か。相変わらず、日本文化の知識が偏ってんな」
みんなで餅をつつき始めると。
知識欲については俺と同等の物を持ってる春姫ちゃんが聞いてきたから。
俺は、落語、『尻餅』のあらすじを話してやるついでに。
餅についてのトリビアを話してあげた。
「江戸の頃は、餅つきのプロがいてな? 年末に家に呼んで、ついてもらってたんだ」
「……なるほど。それを呼べぬは恥ということか」
「そうそう。だから『尻餅』では、わざわざ人が外を歩かねえ夜に職人を呼んだふりして、玄関先で騒いだんだ」
「……だからと言って奥方のお尻をはたくとは。男の風上にも置けぬ」
まあ、職人を呼べない家は菓子屋とか市で用立てていたらしいが。
その辺の話はまた今度してやろう。
だって。
「ハルキー! スタンプラリー作ったからプレゼント!」
凜々花がずっと作っていたもの。
それは、年末年始の風物詩がずらりと書かれたスタンプ台紙。
こいつを邪魔するほど野暮じゃない。
「……おお、素敵なプレゼントだな」
「さっそく餅つきにスタンプ押してあっから!」
「……お年玉にも押してあるな」
「それはこっちの布袋さん! おにいが言うには、こいつがお年玉なんだって! …………あれ?」
「……心づくしには感謝だが、この毛糸の紐は?」
「あれれ? ……あ、紐は、首から提げ用なんだけど……、あれ?」
「………………何という拷問」
ラジオ体操か。
それで喜ぶのは作者本人くらいだっての。
「い、いいな……」
「お前はモノローグの邪魔してねえで、黙って餅食ってろ」
「いいの? 美味しくて、随分食べたけど……」
「随分って……、秋乃? お前っ! そのお腹!?」
「二十個くらい食べた……」
食い過ぎだよ!
腹、まん丸になってるじゃねえか!
「って、その隣もか!? 食い過ぎだ舞浜母!」
「デモ、年齢ノ数食ベルト教ワッタノデ」
「誰から!?」
「保坂家ノ大黒柱……」
「あいつの話をまともに聞くな! あと、あれはただのつっぱり棒だ!」
大変だぞ。
餅をそんなに食ったら。
しばらく通じが悪くなっちまう。
「体が餅になるぞ」
「「……もちはだ?」」
「同時に嬉しそうに言うな」
さすが親子。
だが。
そんな二人の顔が一瞬で青くなる。
「凜々花、二人の身体検査してえ!」
「メジャーを出すなお前は。女子には、絶対失っちゃいけねえ大切なものがある」
「それよりな? おにい……」
「いいから黙れ。あと、お前はメジャー没収」
「そっかー! 凜々花、マイナー落ちかー!」
「ウエスト測りたいとか言わずに一年間いい子にしてたら昇格だ」
「んでも、凜々花、見ただけで大体わかるよ?」
そんなことを言い出して。
メモ紙に書き出した数字をみんなに見せたりするから。
あっという間に大戦争。
……凜々花よ。
そう簡単に国境越えるなお前は。
そして秋乃が後ろに回って。
俺の目に両手を当てて来るんだが。
下手くそか。
そこは鼻だ。
「そんなことしなくても見ねえって」
「じ、女子には、絶対失っちゃいけない大切なものがあるから……、ね?」
「はいはい。じゃあ大人しくしてまわぷっ!?」
うはははははははははははは!!!
鼻と口塞いでんじゃねえ!
そこまでして守ろうとすんな!
あと、この状況じゃ笑いたくても笑えん!
「ぶはっ! 俺から失っちゃいけない大切なもの奪おうとすんじゃねえ!」
「凜々花ちゃん……、なにかなくした?」
「あのね? あ、でも、これは内緒なヤツだから……」
さすが、秋乃だな。
よく見てやがる。
さっきまで騒いでた凜々花が。
きょろきょろ辺りを見回しながら。
時たま布袋さん振ってるんだが……。
ああ。
金の玉、どっかに落としたの?
「み、みんなで探す?」
「……それがよかろう。凜々花、何を落としたのだ?」
「いや待ってくれ。それは後で探しとくから、聞かないでやってくれ」
お年玉ってネタ。
話す訳にいかねえからな。
俺の宣言に、凜々花はほっとした顔して。
スタンプ台帳指差しながら、春姫ちゃんと楽しそうに話し始めた。
そんな光景を見て。
秋乃が俺に、優しく微笑んで。
「優しいお兄ちゃん……、ね?」
「いや、そんな大層な話じゃねえ」
「見つけてあげてね?」
「そうだな」
「女子には、絶対失っちゃいけない大切なものがあるから……」
「うはははははははははははは!!!」
なくしたやつ!
女子は持ってねえ!
……でも。
どこに落としたんだよお前。
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