第5話 幸せを共有したあと僕はおさななじみに殺される

お弁当を食べ終わった。満足だ。


こんなおいしい弁当をもらえたのは本当に幸運だ。


「ふうっ、美味しかった。ありがとうね。」


僕たちは、さっきの会話から言葉を交わしていなかった。


約束と言われて、僕は、ただ、約束を教えてくれということを飲み込むことに必死だったからだ。


それを察してくれていたのか、秋月も黙っていた。


「おいしく食べてくれて、本当にうれしいわ。」


秋月は、うつむきがちに言ったがその声音からもうれしさが読み取れた。


「デザートもあるのだけれど…」


「お、デザートも用意してくれてるの?」


この弁当も作るのにも時間がかかっただろうに、デザートまで用意してくれているのか。


「ええ。作ってきたわ。」


「作ってきた?」


それこそ時間がかかるだろう。なんだろうか。


「羊羹よ。」


「え?」


「羊羹よ。」


お昼のデザートに羊羹とな。あまりなじみがない。


「私、毎日羊羹を食べているの。私の一番好きな食べ物なの。だから優理くんに食べてほしくて。」


羊羹を、秋月は、丁寧に切り分けていく。


そして、


「はい、あーん。」


と僕の口元まで流れるような手つきで、運んできた。


「いやいやいや、自分で食べれるよ。」


僕は慌ててこう言った。


しかし秋月は、僕とは逆に落ち着いた様子で、


「羊羹を食べる用の食器は、1セットしか持ってきてないの。というか、私が食べさせたいの。」


といった。


「いや、それでも…」


秋月は無言でずっと僕の口元に羊羹をおいている。


これは食べなきゃ終わらないな。


パクッ


口の中にあんこの風味とやさしい甘さが広がる。


「おいしい…」


秋月ははにかみながら


「でしょ。これで優理くんと幸せを共有できたわ。本当にうれしい。」


ああ、この笑顔は反則級だろう。さっきまでの逡巡も忘れてしまう。


こんな子が僕の彼女なんて信じられない。


だからこそ僕は心に決めた。


この子に僕は真剣に向き合おうと。


「秋月さん。」


急に雰囲気が変わった僕に驚いたのだろう。秋月は


「どうしたの?」


と不思議そうな顔をして言った。


「僕は、あなたをもっと知りたい。君との約束も絶対に思い出したい。だから、僕は君の彼氏になるために努力するよ。」


と僕は言った。


ああ、張り裂けそうだ。熱で、なんだかおかしくなりそうだ。僕の鼓動が早くなっていくのが分かる。


秋月はずっと落ち着いていたのとは反対に驚いた様子の後、少し時間を置き


とびっきりの笑顔で


「ありがとう。」


そういった。


いつもとは違う魅力があふれている笑顔だった。


その後、秋月はうつむいて


「彼氏になる努力をしなくても私はずっと君がいいと思っているのよ。」


何かをささやいていた。


僕は聞き取れず


「うん?何か言った?」


と秋月に聞いた。


「なんでもないわ。」


といつもの調子の秋月の返事が来た。


しかし、その頬は、少し頬が赤みがかってた気がした。


秋月との昼食を終え、秋月とは分かれた。


最後に秋月は


「名前呼び。」


ただそれだけを言って僕とは違う教室に帰っていった。


ああ、名前呼びなんて、男子高校生にとっては、ハードルの高いことだ。しかも学校一の美少女だ。


いや、僕は、彼氏になる努力をするって決めたんだ。まず名前呼びをするなんて当たり前にしていかないと。


そう決心して、僕は教室に入っていった。


僕が教室に入ると、クラスはざわついた。


そうだろう。昼までの段階で、僕と秋月が付き合ったという噂になっていたが、信じる人と信じない人の半数に分かれていた。秋月がそれをお昼ご飯に誘うということで、疑心から確信へと移行させたのだ。


「おーい、モテ男~。」


と僕の席の近くから話しかけてくる奴がいた。裕也だ。


僕は、歩いて席に座ると


「モテてはない。」


と、裕也にふてくされながら言った。


「おいおい、どこの世界に美少女と付き合ってるやつがモテてないという認識があるんだ。あれか、ハーレム作らなきゃモテるって言わない口か。」


と、裕也は笑いながら言ってくる。


「そんなことは言わないけどさ、モテ男ではないっていうのを確信していってるだろう。」


「あ、ばれた?」


裕也は、いつも適当に何か言ってくる。しかし、この軽口が今回助かった。いなかったら教室にいづらくなっていたことだろう。


「というかさ、聞いていい?」


裕也はちょっと真剣な顔で言ってきた。


「なんだ?」


「もしかして、もう済ませた?」


「何を?」


「いや、彼女ができたんだったらもうね…言わなくてもわかるでしょ。」


僕はふうっとため息をつきながら


「ない。」


と答えた。


「まあ、そりゃそっか。」


裕也はすこし残念そうな表情を浮かべ言った。


はあ、こんなんだから、彼女できないんだよなと思いつつ、和ませてくれた裕也には感謝した。


「まああれだ、優理、なんか困ったことがあれば言えよ。お前は学校一の美少女と付き合ってんだ。ちょっかい出されるかもしんない。そん時は、助けるからよ。」


はあ、こういう時はかっこいいんだけどな。


「ああ、ありがとう。そういう時は頼りにするよ。」


そうして、そろそろ昼休みが終わりそうな時間が近づいてきた。


そこで一つの疑問が生じる。


「なあ、七海はどこにいるんだ?」


と裕也に聞く。


「ああ、あいつなら日向のやつと学食に言ったよ。」


「そっか。」


日向というのは、七海の親友で、藤原日向という。


裕也のことをいつも叱ってる、イメージがあり、裕也とは仲がいいなんだか悪いんだかわからない。


まあ、日向と一緒にいるんだったら、あのオーラも収まっているだろう。


ガラガラガラ

笑顔でおしゃべりしながら入ってくる日向と七海。


ああよかった機嫌が直ったみたいだ。


「あ、優理帰ってきたんだね!おかえり!」


と元気な声で言うと僕のところまで小走りできた。


「ああ、帰ってきたよ。」


と俺もつられて笑顔で対応する。


七海は、勢いそのまま、顔を僕の耳元に近づけると


「後で、詳しく聞くから。せいぜい余暇を楽しんどいて。」


と耳元でささやいた。


七海は顔を上げると笑顔のまま着席した。


あ、僕死んだ。


裕也はその僕の表情を見て察したのか、僕の肩にポンっと手を置き


「まあ、頑張れ。」


と苦笑いしながら言った。


今日の勉強会は骨が折れそうだ。


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