第4話お弁当を食べると僕は変温動物になるらしい
「ここにしましょうか。」
木漏れ日がかかるベンチに秋月は座るとそういった。
教室から移動している間は何もしゃべらなかった。
いや、僕からはしゃべれなかったという方が正しいか。
彼女のことを僕はまだ何も知らない。
学校一の美少女であること、ただそれだけしか知らない。
「うん。そうだね。」
そういいながら、僕は隣のベンチに座る。
ちょっと待てよ、教室にいたときはスルーしていたが、女の子にお弁当を作ってきてもらうなんて高校生からしたらものすごいイベントなのでは?
そんなことを思っているとも一ミリも考えていないだろうという秋月は
「優理くんはどんなものが好きかしら。昨日は、それを楽しみにしながら仕込んでおいたのよ。」
と笑みを浮かべながら言った。
「僕は、何でも好きだよ。嫌いなものはないと思う。」
「そうなのね。好きな食べ物は何かしら。」
うーんと僕は考える。
昔から、好きな食べ物というかこれといって執着するものはない。
「ないかな。なんでも食べられるし、嫌いなものはないけどもこれといったものはないなあ。」
こういう質問は適当に答えればよいのだが、それだとそればっかり食べさせられたことがあるため、あまり言わないようにしてる。
「そう。」
秋月は少し残念そうな顔をすると、
「まあ、いいわ。お弁当を食べましょう。」
と、切り替えたかのように言った。
「わざわざ作ってもらって、ありがとう。というか、なんで僕が購買に行くって知っていたの?」
秋月は、きょとんとして顔で
「もちろん見ていたからに決まっているじゃない。」
と、さも当たり前のような形でこう言った。
「ああ、いつも僕が購買に通っているのを見てたんだね。気づかなかったなあ。ちょっと恥ずかしいかも。」
僕は、秋月に見られていたことを知って、身体が少し熱くなった。
しかし秋月は、うん?というような顔をして、
「違うわ。いつも購買に通っていたことは知っていて、見ていたということは認めるけども、今日購買に行くとは限らないじゃない。」
うん?いつも見ていたわけじゃないのか。僕の頭の中にはクエスチョンマークが浮かび上がる。じゃあどうして知ったんだ。
「どうしてわかったの?」
僕は、本当に不思議に思ってそう聞いた。
秋月はさも当たり前かのように次のように答えた。
「だから言っているじゃない。見ていたからって。今日はお弁当を作るそぶりは見せてなかったじゃない。」
うん?見ていた?
僕の身体の熱が引いていく。さっき帯びた以上の熱が、なくなっていくのが分かった。
「もうこの話は、おしまい。早くしないと、昼休みが終わっちゃうわ。早く食べましょう。」
話は無理やり終わらせられた。
これ以上僕は踏み込んではいけない気がした。
「はい、優理くんの分。」
可愛らしいランチョンマットに包まれた、大きめのお弁当が僕の手にのせられる。
「あ、ありがとう。」
「別に感謝されることはないわ。私が勝手に作ってきて渡しているんだもの。」
そういいながら、秋月は自分の方のお弁当をほどいていく。
「優理くんも開けて頂戴。一応頑張って作ったの。お口に合わなかったら、私に投げていいから。」
「いや投げないけど。ありがとう、いただくね。」
そういって、僕もほどき、お弁当を開いた。
「うわー、すごいね。これ全部秋月さんが作ったの?」
中身はすごい豪華だ。男子が食べたいものランキングトップが勢ぞろいしている感じがする。
左側には少し重量感のあるご飯。右側には卵焼きが2つ。唐揚げが2つ。その下には、レタスが。
そして、きんぴらごぼうとポテトサラダ、なんとハンバーグまである。
全部おいしそうだ。
僕の理想的なお弁当といっていいだろう。
「ええ、私が全部作ったわ。」
「え、本当に!唐揚げとハンバーグなんて作るの大変でしょ。」
「そんなに大変じゃなかったわ。優理くんのためにと思ったらあっという間だったわ。」
頬が熱くなる。僕の身体は、変温動物でできているのかというぐらいの変化だ。周りの気温は変化していないけども。
「そうなんだ。ありがとうね。」
僕がそういうと、
「そんな感謝されることはないって言ったでしょ。」
と秋月は言ったが、顔は少しうれしがっている。
「いただきます。」
卵焼きからいただく。
ああ、おいしい。控えめな甘さの卵焼きだ。それでいて、ふわっとして柔らかい。
お弁当で、こんなレベルの卵焼き食べたことない。
そこから僕の手は止まらなかった。
唐揚げも、薄衣なのにも関わらずジューシーさが残っていて、柔らかい。食べたときに肉のうまみがガツンと伝わってくる。これは、お弁当じゃなかったら、どのくらいうまいんだ。想像しただけで戦慄が走る。
思わず、唐揚げをご飯の上でワンバウンドさせてしまった。ああ、おいしい。
ワンバウンドさせてしまったご飯もご飯だ。キラキラ輝いていておいしすぎるだろう。出来立てもおいしいけれど、ちょっと熱気をとったご飯もおいしい。
きんぴらごぼうもどうだ。……ああ優しい。唐揚げで強力なストレートを食らった僕を優しく包んでくれるようなお味。そしていい感じの歯ごたえ。きんぴらごぼうって適当にやると固まったりして、固くなって歯ごたえがすごいこともあるけども、これは、味と一緒で柔らかい。
ポテトサラダは…文句ないです。完敗です。今まで食べたポテサラは、ポテサラですかっていうくらいにうまい。
最後にハンバーグ。これはまずいわけないだろう。パクッ。ああはいはい。おいしいです。もう僕には何も言えません。おいしいただそれだけ。無駄な感想はいらない。
そんな感じで僕がお弁当の味に感動していると、
「そんなに喜んでもらってうれしいわ。本当は自信があまりなかったの。」
もぐもぐもぐ、ゴックン
あわてて僕はハンバーグを飲み込む。
「いやいやいや、これだけおいしかったらお店を出せるよ。そんなレベルでおいしい!」
これは僕の素直な気持ちだ。そのレベルで美味しい。
「ありがとう。そんなに褒めてくれるだなんて思ってもみなかったわ。」
そういって、恥ずかしさを紛らわすように秋月の桃色の唇に卵焼きが運ばれていく。
卵焼きを持つところから、口に運ぶところまで、一切の無駄な動きがない。ある種の芸術作品のようだ。
「私、何かついているかしら。ついていたら言ってほしいのだけれど。」
僕が、その秋月に見とれているせいで、勘違いされてしまったらしい。
「いや、その…何でもないよ。ぼーっとしてた。ごめんね。」
恥ずかしくて言えない。見とれていたなんて。
学校一の美少女である秋月とお弁当を食べていたんだから、見とれてしまうのはしょうがないと思うけど、言い出すことなんてできない。
「そう。何かあったら言ってね。私彼女なんだし。」
その言葉に僕はドキッとする。こんなことを言われたっていうのを知られたら学校中の男たちに嫉妬されるんだろうなあと思ってしまう。
あと僕は秋月の言葉を聞いて思い出したことがある。そうだ聞きたいことがあったから、七海を置いてこっちに来たんだった。
お弁当のおいしさに感動して、本来の目的を忘れるところだった。
「ねえ、秋月さん。」
「うん?私のことは紅葉って呼んでって言ったでしょ。」
あまりの可愛さに胸を打たれる。だがそんなことで動揺しちゃだめだ。聞かなきゃ。
「なんで僕に告白したの?そして約束って何?」
秋月は、少し影を落としてこう言った。
「あなたが思い出して、そうしないと意味がないから。」
風がなびく、木々の揺れる音聞こえる。
「え…なんで?」
僕は、心底驚いた。
「それは言えない。思い出してもらわないと本当に意味がないの。」
秋月の顔は、諦めや、悲しみといった感情が入り混じって言うように見える。
「分かった。」
僕はもっと聞きたいという感情を飲み込んでそう答えた。
静寂が訪れる。木々はまだ揺られている。空も青いまま。平和な空間。
その中にある一つのほころび。
「まだお弁当は残っているわ。食べましょう。」
「うん。」
僕たちはまた食べ始める。
一つ僕の心にしこりが残りながらも食べたお弁当のおいしさは変わらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます