第24話 平等に与えられたもの
目を
手のひらから伝わるベッドにいるような感触。何かの薬品らしきツンとした香りが鼻をつく。どうやら医務室にいるらしかった。
「——目が覚めたようね」
聞こえてきた声に視線を動かすと、
「
彼女は
朱音さんは状態を確認するように僕の身体の上へと視線を
「大体の治療は終えているわ。もう起き上がれると思うけれど、どうかしら?」
僕はベッドから
「大丈夫みたいね」と朱音さんは笑った。「もしまた何か痛んだりしたら言って。ちゃんと治してあげるから」
「……ありがとうございます、朱音さん」
それから朱音さんは僕のためにコーヒーを淹れてくれた。ベッドに腰掛ける形で受け取った僕はひと口飲んで、あまりの
「……朱音さん、ミルクは?」
「あらら、苦かった? ふふ、ブラックで飲めないなんてやっぱりまだ子どもね」
「……人の味覚によるだけだと思いますけど」
ミルクを入れるかどうかの違いで大人と子どもを
「認識の違いね。私の持つ価値観では大人はブラックコーヒーを飲むものなのよ」
「きっと朱音さんだけのね」
僕は肩をすくめ、ミルクを入れるためにベッドから立ち上がる。身体はもう完全に
さすがは
「それにしても無茶したわね」とミルクを入れ終えて戻った僕に朱音さんは言った。「もう少しで死んでいたわよ?」
「……」
「まあ、あなたの身体なのだから好きにすれば良いとは思うけれどね」
朱音さんは
「だけど心配する人はいるわ。あなたがどれだけ自分のことを
「……」
基地にいる大人たちのなかで、僕は朱音さんがいちばん
彼女だけがまっすぐに言葉をかけてくるのだ。まるで空想上の姉のように。でも、それが僕には
「……朱音さん。エリたちは無事?」
「もちろん。エリも、
「……そう」
ぶっきらぼうに言葉を返した僕はコーヒーを飲み干して立ち上がる。そうして穏やかな
「ありがとう朱音さん。もう身体は大丈夫みたいだから行きます。エリも心配してるだろうから」
「待ちなさい」
しかし出口へと歩きかけた僕を朱音さんは呼び止める。そして僕の眠っていた隣のベッドを
「ここにいるわ」
「え?」
首を
「エリ……」
眠っているようで、規則的な呼吸を繰り返している。安心すると同時に、不安が頭をもたげてきた。背中の傷は治っているのだろうか?
「大丈夫よ。綺麗さっぱり
「……バカ言わないでください」
考えていたことがバレていたのだろう。朱音さんはおどけたように言うと、僕の反応を見て楽しんでいる様子で笑った。しかし一転して複雑な表情を浮かべると、呆れるように腕を組んで言った。
「ま、そもそもこの子の怪我は軽い程度のものなのよ。それなのにいつまでもベッドを占領して。ほんと、ある意味では重症ね」
「どうしてですか?」
「あら、わからないの?」
「……」
朱音さんの視線に
「あなたが運び込まれてから十三時間。その
「……そう、ですか」
温かい感情が胸をついた。でも、それはきっと妹を見るような感覚に近いのだ。決して他の何物でもない。
気持ちよさそうな寝顔に、このまま寝かせておこうかとも思ったけれど、僕らには学校がある。あれから十三時間が経っているということは、今はもう朝だ。
僕はエリを起こすために肩を揺さぶった。
「起きろ、エリ。学校に行く時間だぞ」
「う、う〜ん、あと五分……」
「……なんてベタな」
思わず笑ってしまう。
ふと朱音さんの視線を感じて振り返った。
「……なんですか」
「いいえ」と、朱音さんは薄く口元を動かして、「あなたもそんな顔をするようになったのね。ふふ、なんだかちょっと
「……
しかし朱音さんは懐かしい思い出を話す
「あなたがここに来てからもうすぐ二年、か……私たちにとっては短くても、やっぱりあなたたちにとってはそんなふうに変われるほど長いものなのね。正直
「……朱音さんだって変わってますよ」
「変わらないわよ。私はもう
「朱音さんまだ二十代でしょ? それなのに
「そうかもね」と朱音さんは微笑んだ。「でも私たちにとっての二年は本当に短いものなのよ。それこそ、
「わからないな。時間は時間ですよ。人によって変わるものじゃない」
僕ら人類に与えられているもののなかで、それだけが平等だと信じられるもの。アインシュタインがどれだけ否定しようとも、僕らの時間は引き延ばされたり、
だから、もしも時間が短く感じられるのなら、きっとそれは変わろうとしなかったから。
朱音さんはふっと
「あなたは早く大人になりたいのね」
「……なんでそうなるんですか」
ため息を
「悩めばいいんじゃない?」と、朱音さんは言う。「悩み、それはあなたたち
「……」
いつかなんて知らない。僕らはいま
どんなに想像しても、他人の感情を
朱音さんにしても、美術教師にしても、僕らを導こうとする大人たちはみんな僕らの受ける感情を
だから嫌なんだ。
精一杯生きようとする時間のなかで、僕らの受ける痛みや苦しみを
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