第25話 女心と秋の空
ぱらぱらと雨が降る通学路を僕らはふたり傘をさして歩いていく。
少し前を歩くエリとの
「いい
「……」
声を掛けても反応を返さないエリに僕はため息を
「だってしょうがないじゃないか。ああしなければ僕らはみんなやられていたんだから。きみだってわかってるだろ?」
「……」
背中から伝わってくる
どうやらエリは僕がひとりで〝
『——センパイのばか!!』
医務室で目覚めたエリはそう言って僕の
『もう知らないんだからッ……!』
『その痛みを忘れないことね。それを忘れなければ、あなたはきっとこの世界を生きていけるわ』
『……余計なお世話ですよ……ほっといてください』
『あらら、男の
『……だから、言われなくてもわかってますって』
朱音さんに視線を向けることなく医務室を出た僕はエリのあとを追いかけた。なんとか追いついたけれど、エリが口を
どうしたものかと僕が思案していると、
「…………センパイなら」と、振り返ることなくエリが呟いた。「センパイならひとりで逃げられたはずでしょ?」
「……出来るわけないだろ、そんなこと」
あの
結局僕にはなんの覚悟も
そんな僕をエリが厳しい口調で
「そもそもあんなことになったのだってセンパイの落ち度じゃないですか。来栖センパイは止めたのに、センパイが無理やり行くって言うから」
普段は使わない敬語で言ってくるあたり、相当ご
「確かにあのときあたしたちが行かなければあの三人は助からなかったかもしれません。でも、だからといってあたしたちが行く必要はなかった。もっと慎重に行動するべきだったんです」
「……でも、エリは何も言わなかったじゃないか。あのとき、僕を止めるような言葉を……」
「聞きましたか? もしもあたしがあのとき何かを言って、センパイはあたしの言葉を聞き入れてくれましたか?」
「それは……」
聞かなかっただろうと僕は思った。
「……悪かったよ。だけど結局はみんな助かったんだから良いじゃないか」
「結果論で語るほど馬鹿なことはありません。そんなこと、センパイがいちばん良く知ってますよね?」
にべもないエリの答えに僕は長い息を吐き出して言った。
「……どうしたら許してくれるんだい?」
返事を期待していなかったけれど、エリはちらりと肩越しに振り返り、俗に言うアヒル口で、上目遣いをして見てくる。
「——デート」
「え?」
「あたしとデートしてくれたら許す」
僕は呆れた。今までの態度が全てこの結論に導くための緻密な作戦だったのかとさえ疑ってしまう。だから僕は茶化すように言った。
「きみとデートというのは対価として釣り合ってない」
「あーそんなこと言っちゃうんだ?」
くるりと振り返ったエリが身体を前に出してあざとい声を出す。
「センパイのせいで女の子に傷が残っちゃうところだったんだよ?」
「朱音さんが治してくれたじゃないか」
しかしエリはゆっくりと首を振って、
「身体はね。でも心は治してくれない」
「……」
思いのほか低い
「……死んじゃうと思ったんだから」
と、ぽつりと言った。
「センパイが、死んじゃうと思ったんだから……」
同時に、エリの瞳から涙が流れていく。その純粋な感情はどんな言葉よりも僕の胸を刺激した。
「……ごめん」
ありきたりな言葉は
「……デートしてくれなきゃ、絶対、許さないんだから」
「……わかった」と僕は言って、肩をすくめる。「降参だよ。今度の休日にデートしよう。これでいいかい?」
「——ホント!? やった!」
涙さえ演技だったのではないかと疑うほどの喜びっぷりに僕はため息を吐きたくなる。でもよく見なくても目元が
「ねえセンパイ」
まだ鼻声の残る、けれど明るく努めた声でエリが言った。
「あたし行きたいところがあるの。連れて行ってね♪」
「……まったく、調子が良いんだから」
でも……本当に女心が秋の空とおなじだと言うのなら、あるいは彼女の心もこの空のように、悲しみをいつまでもその中に蓄えているのかもしれなかった。
そして残念なことに、それが事実だと言うことも僕はもう知ってしまっているのだ。
嘘つきは泥棒の始まりであるはずのこの世界で、しかし嘘のつかない人間はひとりもいない。誰もが嘘のない世界に憧れるけれど、そんな世界はおとぎ話でも悲惨な結末を迎えることを僕らはみんな理解していた。
ゆえに僕らは嘘をつく。
あるいは自分の心を守るために。あるいは誰かを悲しませないために。
この世界が優しさで包まれていると信じさせるために、僕らはみんな嘘をつくのだ。
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