第18話 エリック(仮)
放課後になると、空はまた
まだ雨こそ降り出してはいなかったけれど、それも時間の問題だろう。
天気予報を信じていた僕は傘を持ってきていなかった。念のためカバンの中も調べてみたけれど、あいにく折りたたみ傘も忘れてしまったらしい。
雨に濡れるのは嫌だったので、僕は足はやに基地へと向かうことにした。基地にさえ着けばきっと傘のひとつくらいはあるだろう。
基地には誰もいなかった。
僕は自動販売機の前に立つと、少し悩んでから、コーラのボタンを押した。今日はなんだか
『あれ? 今日は
半分ほど飲み終えたところで画面上にエリックが現れた。ソファにひとりくつろいでいる僕を見て意外そうな声を出している。
「みたいだね」と僕は
『うーん、昨日〝
「いいんだ?」
「今のところ、新たな〝残滓〟の
それから僕らはふたり静かな時間を過ごした。基本的に僕は無口だし、エリックも口数の多い方ではない。来栖くんやエリが居なければ、僕らの
しかし不思議と居心地の悪い気はしなかった。
エリックにはそういうところがあった。相手の空気に合わせることができる。だれとだって
『——ところで、君はボクの
一時間ほどが過ぎた頃、
『来栖なんかは暇があると
「別に、正直どうでもいいと思ってる」
『どうして?』
「エリックがエリックであることに変わりはないからね」
たとえ中身が十四歳に満たない少女だとしても、あるいは八十七歳を超えたお
『……でもね、幸人。君がエリックと呼んでいる人物は、結局のところ、ボクが演じているキャラクターに過ぎないんだよ。姿も性格も偽物で、本来のボクとはかけ離れているかもしれない。……いや、事実かけ離れているんだ。それでも、君はボクが、ボクであることに変わりないって思うのかい?』
モニター上の男が真剣な表情を作り出す。エリックと呼ばれるその男は、
「変わらないよ」と、少し考えて僕は言った。「少なくとも、エリック。僕が今までにきみと過ごした時間のなかのきみはきみ自身だろ?」
『……どうかな。ボク自身という表現は適切じゃないと思うよ。何度も言うけど、それは本来のボクが演じているボクなんだ。君たちが信頼できるボクを演出するために、君たちが安心して戦えるように、思ってもいないようなことを口にすることもある。いわば嘘で固められた存在なんだよ、ボクは』
モニターから聞こえるエリックの声はなんだか少し
「だとしても」と僕は言った。「だとしても一緒だよ。だって、演じているからダメだっていうのならさ、フィクションに影響を受ける人たちはみんなおかしいと言うことになる。
もしもこの
『……なんだ、ちゃんと分かってたんだ』
エリックは意外なほどあっさりと意見を
『ボクはね、幸人。君が世界に絶望しているんじゃないかと思ってたんだ。世界に絶望して、世界からもう何も受け取ろうとしないんじゃないかって。
僕は笑った。そんなに顔に出ているのだろうか。仲間たちから心配されるほど、僕のポーカーフェイスは機能を失っていたのだろうか。わからなかった。僕の不安をよそに、「でも幸人はアンリの影響を受け過ぎてるよ。とりわけ音楽に関してのね」と、安心したようにエリックは呟いていた。
……だけどエリック、と僕は心のなかで呟いた。きみは重大な勘違いをしているよ。きみの理想に
しかし僕の
「僕からもひとつ、きみに
『かまわないよ』と、
「きみはどうしてオペレーターになったんだい?」
『……』
「オペレーターっていうのは大変な仕事だよね? ましてや
キャリバンのなかには、導くべき魔法使いや騎士を失った自責の念に
『そうだね……』とエリックは言った。
「諦めた?」僕は首を
『……残念だけど、君はまだそれを聞く資格を持っていないんだ』
「じゃあ、どうしたら教えてくれるの?」
『単純な話さ』と画面上の彼が笑った。もちろんそれは機械によって作られた笑みだった。けれど僕にはそれが様々な感情を乗せた人間が浮かべる笑みに見えた。『ボクの
「好感度」僕は呟いて、その意味する言葉に笑った。「それを上げれば、現実のきみにだって
エリックは微笑みを持って答えた。
『そうだね。ボクがオペレーターになった理由。いつか君に会えたときに教えてあげるよ』
僕は微笑み、それから言った。「その時が来るのを楽しみにしているよ」
そして僕はソファから立ち上がる。今日はもうだれも来ないだろう。僕は基地を後にすることにした。
出口まで歩いたところで、ふと思い立って僕は
「ごめん。傘って置いてあったっけ?」
『残念。マイナス
外は静かな雨が降り始めていた。
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