第14話 狂った月夜のリヴィアタン
世界がゆがんで軋みをあげる――
世界の法則がねじ曲がる。
いまやわたしは“夜”にいる。夜の
満天きらめく星空も、
――ぴしぃ
そのまっくら闇の“夜”のお空に、一本の赤い切れ目が走る。それはぬるりと範囲をひろげて、次の刹那にがぱりと開く。
―ぎょろり
赤い光がまぁるく輝き、まっかな月が姿を現す。夜闇にかかったおおきな紅月、しばらくぎょろぎょろ動いていたけど、やがてこちらを
――るぅおぉぉうぁぁぁああぁぁ……
おどろの瞳はぞっとする、異様な悲鳴をあげている――
幻覚じゃない。
あれは狂気だ。あれは
正気はすでに
――上等!
「リ、リリアナ! あれは! ああ、あれは!」
「見ちゃだめ、ブロー。大丈夫、殺す気ならもうやってるわ」
およそできないことはない。世界を変える女神の力。
「まったくとんでもない話」
でもね、ひとつ分かったわ。ねぇ、女神さま、あなた
いままで、なにもしてこなかったのは――
たしかにあなたの力はすごい。とてもわたしじゃ太刀打ちできない。それでもあなたは無敵じゃないわ。いまはそれで良しとしましょう。
さあ、
――ズズズ……ズドォオオオオオオ!
「城が!?」
「わお」
ポワーヌ城が揺れはじめ、どんどんおおきくなってゆく! 白亜の
「“天の
「あはっ、これ十倍くらい巨大化してない?」
わたしの部屋から伸びるロープも、合わせてどんどん長くなる。百メートルは伸びたわね。お城の上空はるかなお空で、まっくろ城の威容を眺める。
窓の数みりゃ明らかに、お
なんだか楽しくなってきた。素敵な
やがて揺れは収まって、女神の
――ごうぅぅ……
「うわっ!?」
「わあああ!?」
不気味な
《ルイ・アロス・ルフ・シフル!》
――ぶおおっ
あわてて唱える風おこし! 横から突風受けながら、ロープを片手に
「よっ、はっ、とぉあ! まんてん!」
「た、たすかった……?」
「あはは、まさか。これからよ」
「ま、なるようになるでしょ。セラヴィよ」
びゅんとロープをひとゆらし、お
――ひゅんひゅんひゅんっ
「どこの牛追いかな」
「乙女のたしなみよ」
そのままロープを尖塔の、てっぺんくるりと引っかけて、手もと素早くひと結び。ブローから受けとった魔法のランタン腰に留め、ひょいとお空に
「わああっ!?」
「
ぎしりとロープがしなって音たて、わたしのからだが宙に浮く。
高い塔から
「野ぢしゃや、野ぢしゃ……っと」
「自由すぎて身が持たないよ……」
「
「なんでもない」
――おあああああああああああああ!!
むむむ、やっぱりそう来るか。野郎共のお出ましだ! でっかくなったお城じゅう、窓という窓がばたんと開き、観客たちが総立ちよ! 赤い紐で女が逃げだし、
まるで怒ったミツバチみたいに、あちこち窓や
かつん、かつんと塔の壁、鉄のテンポがリズムを刻む。スタッカートねコンブリオ。勢いあげてどこまでも、投げる花束どんどん増える!
わたしはロープを風まかせ、ゆらりくるりとジグザグに。熱い視線にパッショなダンス。スモックひらひら魅惑のふともも、そよぐ黒髪きらきらと。まっかな月に照らされた、下着姿の
「わあああ! 矢が! 槍が! 雨のように! ああああ!」
「ブロー、
左手ロープに右手に愛銃、こころに
――ずどん! しゅこっ ずどん! しゅこっ ずどん! しゅこっ
スモック姿の聖女のお美事、鉄の花束ちらちら光り、星くず火の花まわりを包む。恋の実包くちに咥えて、
――がっつん!
わお。上のほうでロープに直撃。誰なの斧を投げたのは? これだからマッチョは無粋よね!
「わあああ! リリアナ、落ちる! 堕ちる!」
ブローがうるさいけどほっといて、ロープを手ばなし仰むけに、両手ひろげてふわりとお
――すとん! ころころ
わたしは地上に華麗に着地! そのまま膝で衝撃のがし、ころりころころ転がって、ダメージは最小限にとどめるの。
「ストックホルム!」
ぴしっと立って両手をあげて、勝利のポーズをすぱっと決める。なんてことない、たかだか二十数メートルよ。だいぶあちこち
スモックの短い
そして近くの扉まで、一直線にとんずらよ!
「なるほどすこしは胆力がある」
愚かな小娘ではあるが、《狂った月夜》にも耐えきった。見るべきところはないでもない、か……?
ふん、すぐになぞ、殺しやしないさ、白ねずみ。そんなにさっさと楽にはさせない。このままじわじわ毛皮をはいで、肉と筋とをチーズのように、ゆっくりそいでいってやる。傷口に毒を塗りこんでやる。せいぜいあがいてよくお鳴き。
わたしの呪いをじゃました報いだ。
「
「はい、母さま」
「呪いを紡ぐ仕事にもどるよ。おまえは城の馬鹿どもを、うまく使って小娘を、いたぶりなぶって苦しませるんだ」
「……はい、母さま」
まずはあいつを貸してやろうか。使いどころのなかった
だが、それでもあがいて、生きのびるなら――?
おそろし、おそろし、高い場所。女の
極彩色の闇があふれて、夜うぐいすが飛びたった。
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