第14話 狂った月夜のリヴィアタン







 世界がゆがんで軋みをあげる――


 上級呪文アナマゲイアの大魔法をすら、遙かにしのぐ超級魔法。世界を変える女神の権能――世界級呪文テウルギア


 世界の法則がねじ曲がる。ゲィㇺゲームルゥォルールが書きかえられる。世界がいま、上書きされた。


 いまやわたしは“夜”にいる。夜の支配者ルゥラーたる夜の女王、夜をつかさどる死の女神の、まさに腹のなかにいる――









 満天きらめく星空も、怜悧れいりなしろい月光も、漆黒の“夜”へと変貌を遂げ、わたしはロープでその暗闇に、逆しま風に煽られて。強い颶風ぐふうは勢いを増し、わたしの左手がずるりと滑る。赤い花びら舞いちって、ロープの色も赤くなる。



 ――ぴしぃ



 そのまっくら闇の“夜”のお空に、一本の赤い切れ目が走る。それはぬるりと範囲をひろげて、次の刹那にがぱりと開く。





 ―ぎょろり





 赤い光がまぁるく輝き、まっかな月が姿を現す。夜闇にかかったおおきな紅月、しばらくぎょろぎょろ動いていたけど、やがてこちらをはっき・・・りと見て・・・・、ひとすじ赤い涙を流した。



 ――るぅおぉぉうぁぁぁああぁぁ……



 おどろの瞳はぞっとする、異様な悲鳴をあげている――



 幻覚じゃない。あれ・・はあそこにちゃんとある。そのように世界が上書きされた。いまではあれがこの世界の月。背筋が凍りつくような、冒涜的な強い視線が、わたしのからだに突き刺さる。頭のなかをかき回される、そんな違和感が押しよせる。


 あれは狂気だ。あれはけがれだ。見てはならない、世界の汚染。ゆがんだ夜の瞳月ひとみづき。あれを直視しつづけたなら、きっとたましいが壊れてしまうと、たしかにこころが理解する。“その目に見られてふたつに裂ける――”



 正気はすでにルゥォルール違反だと、夜の支配者ルゥラーが提示した。



 ――上等!



「リ、リリアナ! あれは! ああ、あれは!」

「見ちゃだめ、ブロー。大丈夫、殺す気ならもうやってるわ」


 偉大ビッグな女神クウィーンイズおまえを覗くウォッチングユゥ? ずいぶん余裕をかましてくれる。それでもわたしは不敵にわらう。



 およそできないことはない。世界を変える女神の力。



「まったくとんでもない話」


 でもね、ひとつ分かったわ。ねぇ、女神さま、あなた全知・・じゃない・・・・でしょう? なんでもできて、不老不死。死者をたばねる魔女のなかの魔女。でも、全能ではあっても全知ではない。


 いままで、なにもしてこなかったのは――わたしに・・・気づかな・・・・かったから・・・・・。そうよね?


 たしかにあなたの力はすごい。とてもわたしじゃ太刀打ちできない。それでもあなたは無敵じゃないわ。いまはそれで良しとしましょう。


 さあ、ツァウヴァーカステンびっくりばこ の、お次はなぁに?





 ――ズズズ……ズドォオオオオオオ!





「城が!?」

「わお」


 ポワーヌ城が揺れはじめ、どんどんおおきくなってゆく! 白亜の石壁かべに青い屋根、気がつきゃぜんぶまっくろけ! 形もどんどんいびつになって、角やら炎やら悪魔像やら、いろんなとこから生えだして……ちょいとケーキの食べすぎね。まるで魔王のお城みたいよ。


「“天のしずく”と呼ばれた城が……」

「あはっ、これ十倍くらい巨大化してない?」


 わたしの部屋から伸びるロープも、合わせてどんどん長くなる。百メートルは伸びたわね。お城の上空はるかなお空で、まっくろ城の威容を眺める。


 窓の数みりゃ明らかに、おへやの数も無数に増えて、階層だってたくさん増えた。もともとでっかいお城だったけど、いまや立派なダンジョンね!


 なんだか楽しくなってきた。素敵な舞台ステージ、用意するじゃない。チュートリアルはおしまいね。遊んでくれるというのなら、せいぜい踊ってあげましょう。こんなにおおきな、ねずみの檻キャージュなら、きっとくるくる踊れるわ。



 やがて揺れは収まって、女神の呪文こえも静まった。巨大な気配が遠ざかる――



 ――ごうぅぅ……



「うわっ!?」

「わあああ!?」


 不気味な颶風ぐふうも収まりかけて、わたしは突然まっさかさまに、まっくら闇から落っこちる! ディドンㇰちょいと! さいごまで面倒みてよ!



《ルイ・アロス・ルフ・シフル!》


 ――ぶおおっ



 あわてて唱える風おこし! 横から突風受けながら、ロープを片手に主館キープの壁けり、なんとか尖塔とうの屋根へと降りたつ。あっぶな! 初見殺しも大概にして! 風の呪文おぼえてなかったら、さいしょのところで、オゥフォヴォワさようなら


「よっ、はっ、とぉあ! まんてん!」

「た、たすかった……?」

「あはは、まさか。これからよ」


 夜の女王プㇿモゥターが用意した、一世一代、大舞台! 鬼が出るやら蛇が出るやら、なにが待つのか明日をも知れず。なにしろあいてはゲィㇺマスター、なんでもありの女神さま!


「ま、なるようになるでしょ。セラヴィよ」


 びゅんとロープをひとゆらし、おへやのベッドの脚にくくった、ロープのかしらをほどいてよこし、片手でそれをいなしてまわす。



 ――ひゅんひゅんひゅんっ



「どこの牛追いかな」

「乙女のたしなみよ」


 そのままロープを尖塔の、てっぺんくるりと引っかけて、手もと素早くひと結び。ブローから受けとった魔法のランタン腰に留め、ひょいとお空にまた身を任せるスロンセドン


「わああっ!?」

ベーネへいきよ、ブロー」


 ぎしりとロープがしなって音たて、わたしのからだが宙に浮く。


 高い塔からアプサイㇾンけんすいかこう! ロープワークもお手のもの! 凌雲閣りょううんかくでその名を知られた、リリアナさんを舐めちゃあいけない。そのままひょいひょい壁づたい、地上に向かって降りてゆく。


「野ぢしゃや、野ぢしゃ……っと」

「自由すぎて身が持たないよ……」

パㇵドンなあに?」

「なんでもない」



 ――おあああああああああああああ!!



 むむむ、やっぱりそう来るか。野郎共のお出ましだ! でっかくなったお城じゅう、窓という窓がばたんと開き、観客たちが総立ちよ! 赤い紐で女が逃げだし、棕櫚しゅろの壁はリヴィアタンおおさわぎ! チュートリアルが終わりを告げて、本編開始のファンファーㇵファンファーレ


 まるで怒ったミツバチみたいに、あちこち窓やバルコンバルコニー乗りだし、殿方たちが花束を、恋に浮かされ投げてくる! ……けど、風にあおられ、狙いはちっとも。突撃できなきゃただのヘウェーァゲベール、じゃじゃ馬あいてがお似合いね!


 かつん、かつんと塔の壁、鉄のテンポがリズムを刻む。スタッカートねコンブリオ。勢いあげてどこまでも、投げる花束どんどん増える! オゥララーあらあら、みんな情熱的ね。パッショ!



 わたしはロープを風まかせ、ゆらりくるりとジグザグに。熱い視線にパッショなダンス。スモックひらひら魅惑のふともも、そよぐ黒髪きらきらと。まっかな月に照らされた、下着姿のダンツァトリーチェおどりこに、殿方たちもやんやの喝采。わたしはあがってヴォルタージュヴォルテージオンブㇵッセすてきなキスを投げてふるまう。ジュテームすきよ



「わあああ! 矢が! 槍が! 雨のように! ああああ!」

「ブロー、スィロンスうるさい! トラップショットにもコツがいるのよ。片手だし」


 左手ロープに右手に愛銃、こころにブケィはなたばに頭にカエル。わたしはくるくる風に舞いつつ、直撃コースの花束を、星くずのパレッㇳさんだんでお出迎え。蠱惑の脇で銃床ストックおさえて、うるわし乙女のポンピング。



 ――ずどん! しゅこっ ずどん! しゅこっ ずどん! しゅこっ



 スモック姿の聖女のお美事、鉄の花束ちらちら光り、星くず火の花まわりを包む。恋の実包くちに咥えて、トゥウィンㇰㇽきらきらきらめく聖女が踊る。これがお城の独演会ヴァリアシオン。プリマにお手を触れないで!



 ――がっつん!



 わお。上のほうでロープに直撃。誰なの斧を投げたのは? これだからマッチョは無粋よね!



「わあああ! リリアナ、落ちる! 堕ちる!」


 ブローがうるさいけどほっといて、ロープを手ばなし仰むけに、両手ひろげてふわりとおそらへ。可憐な乙女の夢の滞空。そのままくるっと後方伸身宙返り! 迫る地面の石畳!



 ――すとん! ころころ



 わたしは地上に華麗に着地! そのまま膝で衝撃のがし、ころりころころ転がって、ダメージは最小限にとどめるの。



「ストックホルム!」


 ぴしっと立って両手をあげて、勝利のポーズをすぱっと決める。なんてことない、たかだか二十数メートルよ。だいぶあちこち光ってる・・・・けど。


 スモックの短いすそなおし、さいごはお熱い観客たちに、優雅でクラスじょうひんレヴァレンㇲごあいさつ



 そして近くの扉まで、一直線にとんずらよ!


 サリューじゃあね











「なるほどすこしは胆力がある」


 愚かな小娘ではあるが、《狂った月夜》にも耐えきった。見るべきところはないでもない、か……?



 ふん、すぐになぞ、殺しやしないさ、白ねずみ。そんなにさっさと楽にはさせない。このままじわじわ毛皮をはいで、肉と筋とをチーズのように、ゆっくりそいでいってやる。傷口に毒を塗りこんでやる。せいぜいあがいてよくお鳴き。


 わたしの呪いをじゃました報いだ。地獄なべの底でくるくると、意味なくまわり続けるがいい。



マリー・・・

「はい、母さま」

「呪いを紡ぐ仕事にもどるよ。おまえは城の馬鹿どもを、うまく使って小娘を、いたぶりなぶって苦しませるんだ」

「……はい、母さま」


 まずはあいつを貸してやろうか。使いどころのなかった馬鹿がちょうだ。すこしは趣向を凝らしてやろう。さすがにそれで終わりだろうが。それで死ぬならそれも良し。むくろがひとつ増えるだけ。ねずみの毛皮ほどにもならない。


 だが、それでもあがいて、生きのびるなら――?






 おそろし、おそろし、高い場所。女のわらいが、こだまする。骨とむくろこうべを垂れる。


 極彩色の闇があふれて、夜うぐいすが飛びたった。






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