第12話 夜うぐいすが飛んでゆく
――がらがらがら……
「よいしょ、よいしょ」
でっかい巻きあげ器をぐるぐる回して、わたしはひとりで重労働。
でっかい
ぐるぐる、ぐるぐる、糸車。指が太くなっちゃうわ。マッチョ一直線よ。血が出て井戸で洗ったら、底におちて魔法の国ね。
「ごめんよ、ボクに力がなくて」
「いいのよ、ブロー。男手なんていらないわ」
カエルさんだし、仕方ない。でっかい鎖の巻きとり車。これがふたつもあるからね。胸壁のなかのふたつのお
でっかい問題なのは、ふたつの、この糸車のある室が、
まとめて制圧されるのを、避けるためって理屈はわかる。だからといっても、しち面倒!
お独りさまで回すケースを、ちょっとは考えてもらいたい。
でもね、せっかく魔法があるのよ、こういうときこそ使うべき! ……とは思うんだけど、まだ覚えてはいないのよ。
ほかにも幾つか似たような、呪文はあるにはあるけれど、帯に短したすきに長しで、使い勝手が悪すぎる。あと、わたしが触れたくない
――がらがらがら……がきょ!
「うわっ……っと。ひっかかっちゃった?」
「リリアナ、鎖がこんがらがってる」
――じゃらじゃらじゃら、どすん!
「なによ、軽いもんじゃない」
「だ……大のおとなが四人がかりで、回してやっとの跳ね橋を……」
「こんな綱引き、女子校の、
「どこのコロシアムかな」
持ってた鎖をてきとうに、そのへんの出っっぱりにぐるぐる巻いて、もう一方のお
夜うぐいすがひとこえ鳴いた。
わたしはお室に帰り
ふと気がついて、
赤いドレスに金髪なびかせ、青い瞳はつめたくて。まるでお人形さんのよう。血の気のうすい、白いはだ。薔薇の色したべにつけて、無表情にこっちを見てる――
わたしより、ひとつふたっつ
むむ、おっぱいがわたしより、ほんのちょっぴり、だいぶおおきい。ふんだ、わたしだってすぐに追いつく。見てなさい、花も恥じらう十六歳は、成長ざかりなんだから!
ドレスとおそろい赤いくつ。異人さんと浜ゆきよ。
“夏には薔薇の花束を”って? ちょうどもうすぐ春も終わるわ、辛抱なさいな、
「……」
ふしぎな少女はすこしの間、わたしをじっと見ていたけれど、ふいと姿がかき消えた。魔法のようにこつぜんと――
「あれもやっぱり、
いくらホラーな世界でも、この期におよんで増えてどうする。まったくもって困ったものね。
うしろでこっちをずっと見ている、銀の髪した、
金銀そろって福ふくしいこと。次はしんじゅの髪かしら。
《たゆたう流れの清らかな、しずくを集めてわたしのまえに。あらわれいでよ、湧き水よ。ルイーテ・アロス・ドゥロー・ウンディル!》
「……」
「……」
……。
「……はふぅ。今日もしっぱいかぁ。なんでお水が出ないのかしら」
「いつかきっと出来るさ、リリアナ。こんなに頑張ってるんだから」
横から見あげるカエルさん。優しい慰めが、こころにクるわ。こつんとね。
朝の恒例行事となった、井戸にゆく前のちょんの
お水になんども謝ったけど、ちぃともご機嫌なおらない。水の精霊さんたちは、いったいなにをお望みなのか。|サィメニㇱプーサ(おゆるしを)!
「うぬぬ……」
おのれこのまま置かいでか! 成績ゆうしゅう、文武りょうどう、お嬢さまの沽券にかかわる! 上等!
わたしは両手を桶に突きだし、うんうん唸って目をとじて、全身全霊いのりをささげる!
「でろーでろー! お水でろ! ノウマクサマンダバザラダン! 轟きわたれ、わたしの思い! いまぞ顕現せよサッダルマプンダリーカスートラ! 開け白き蓮の花! 力を貸して
「り、リリアナ? 気をたしかに!?」
――ぽちょん
「はっ!?」
わたしはカッと目をかっぴらく。桶はほんの刹那の間、
「出た!」
「ええっ!?」
すごい! ほんとにお水が出たわ! ありがとうロサ・ネルンボさま! あと、その他いろいろ!
「でも、これだけじゃ、まだ足りないわ」
「切りかえ早いなぁ」
それでも人類にとっては偉大ないっぽよ! いま人類ってわたしだけだし! よぉし、もっとがんばって――
……その後、一時間くらい唸ったり踊ったりぐるぐる回ったりしてたけど、お水はそれきり出なかった。インディアンの踊りまでしたのに!
――ぉ、ぉ
「あら、ひさしぶり」
桶を持ってお通りを、中庭に向かう
ファニーとメラニーはわたしの侍女よ。金髪茶髪の侍女ふたり。侯爵さまの三女に、伯爵さまの次女なんですって。わたしにつけられた侍女たちのなかで、いっとう
疫病の噂を怖がりながらも、わたしとお友だちになってくれたの。クッキー仲間のさいしょのふたり。お城をいろいろ案内がてらに、たくさん冒険してまわり、三人娘とひとくくり、いっしょに怒られたりしたわ。
元気で快かつ、物怖じしない、まるで双子のような侍女。わたしもなんだか楽しくて、ついついいろいろお話したっけ。
こんなわたしに侍女なんて、ましてや貴族のご令嬢たちが、
聖女さまは偉くてとうぜん、教会高位の
そしてナッチョランというわけで、お行儀見習いブートキャンプにぽいっと放りこまれたの。そしたら、そこのお授業に、この子たちもいたわけよ。生徒としてね。
主人と侍女たち横ならび、いっしょに怒られ、行儀の授業。これはこれでまぬけだけれど、いちおう平等ではあるわ。まぁそれで、いろいろお話する仲に。
“あなたのお
「……ごめんね」
――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ
「……」
「リリアナ……」
「
ふたりをずるずる引っぱりながら、近くのお
「なんで出てきちゃったのかしら」
つっかえ棒を外しちゃったのは、もしかしてエレーナ夫人かな。あのひと、どこにでもいるからなぁ。
おせっかいが抜けなくて、ゾンビになってもいろんなところで、お世話を焼いてまわってるのか。まったくもって、
エレーナ夫人は淑女の先生。お行儀おしえる鬼教官! 濃いめの金髪、若くて美人。優しくって世話焼きだけど、お行儀となると厳しいの。
わたしもずいぶん仕込まれたけど、あのひとお話ながくって……。驚くなかれ、わたしの魔法の先生の、司祭さまよりながいのよ?
お昼にはじめたお説教、気がつきゃお空が
お茶をあがってお開きじゃないの!?
つっかえ棒を扉にはめて、開かぬようになんども確認。
……これだけやってもエレーナ夫人は、いつの間にやら出てきちゃう。なんなの、あのひと忍者なの?
夜うぐいすが飛んでゆく――
暗い暗いまっくらな森の、まっくらな空を飛んでゆく。
どこまでも続く夜の空。いつまでも続く夜の時。星の光さえ数は少なく、濃密な死の香りが満ちる。
そこは、そんな、夜の国。ひろいひろい黒い森。
うごめく死者たち、ざわめく影たち、枝葉ゆらめく、ゆがんだ世界。
夜うぐいすが飛んでゆく――
白いドレスの聖女の
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