第12話 夜うぐいすが飛んでゆく






 ――がらがらがら……



「よいしょ、よいしょ」


 でっかい巻きあげ器をぐるぐる回して、わたしはひとりで重労働。ケペザンテたいへん


 でっかい殿方タンクを倒したあとに、わたしはいちおう跳ね橋を、上げてしまうことにした。どれだけ効果があるのかは、微妙なとこじゃあるけれど、でっかい城門もんに被さって、防衛力は、すこしは上がる……はず。


 ぐるぐる、ぐるぐる、糸車。指が太くなっちゃうわ。マッチョ一直線よ。血が出て井戸で洗ったら、底におちて魔法の国ね。



「ごめんよ、ボクに力がなくて」

「いいのよ、ブロー。男手なんていらないわ」


 カエルさんだし、仕方ない。でっかい鎖の巻きとり車。これがふたつもあるからね。胸壁のなかのふたつのおへやに、それぞれ、どんと、置いてある。



 でっかい問題なのは、ふたつの、この糸車のある室が、みちで繋がってないことよ。いちいちすこし回しては、一階したまで降りて、また昇り、べつのお室のを回すわけ。いったりきたりで、とっても大変!


 まとめて制圧されるのを、避けるためって理屈はわかる。だからといっても、しち面倒! ジョニマーうんざり


 お独りさまで回すケースを、ちょっとは考えてもらいたい。



 でもね、せっかく魔法があるのよ、こういうときこそ使うべき! ……とは思うんだけど、まだ覚えてはいないのよ。中級呪文メーソㇺマゲイアの《見えない下僕》とか、あるのは知ってるんだけど。


 ほかにも幾つか似たような、呪文はあるにはあるけれど、帯に短したすきに長しで、使い勝手が悪すぎる。あと、わたしが触れたくない分野に限って、この手の作業にぴったりなのよね。でっかいエイロニコひにくね



 ――がらがらがら……がきょ!



「うわっ……っと。ひっかかっちゃった?」

「リリアナ、鎖がこんがらがってる」


 ピュターンあぁもう! ちまちま回してるから駄目なのよ! わたしはむんずと鎖を掴み、思いっきりにひっぱっりだして、かたっぽの鎖だけで跳ね橋を、さいごのとこまで引きあげた!



 ――じゃらじゃらじゃら、どすん!



「なによ、軽いもんじゃない」

「だ……大のおとなが四人がかりで、回してやっとの跳ね橋を……」

「こんな綱引き、女子校の、競闘遊戯会うんどうかいでも余興ていどよ」

「どこのコロシアムかな」


 持ってた鎖をてきとうに、そのへんの出っっぱりにぐるぐる巻いて、もう一方のおへやでも、おんなじようにぐるぐる巻いた。はい、おしまい!









 夜うぐいすがひとこえ鳴いた。



 わたしはお室に帰りみち。ランタン掲げてショールを羽織って、城壁かべの上の歩廊をあるく。


 ふと気がついて、主館キープの隣の、塔の上を見あげたならば、月の光クレーㇵドゥルンㇴのその下に、見知らぬ少女が立っていた。塔の屋根に孤影あり。



 赤いドレスに金髪なびかせ、青い瞳はつめたくて。まるでお人形さんのよう。血の気のうすい、白いはだ。薔薇の色したべにつけて、無表情にこっちを見てる――



 わたしより、ひとつふたっつ齢上としうえだけど、可愛らしさはあどけない。つめたい顔した可憐な乙女。わたしと互角の美少女ね! ……いいのよ、じぶんで思うぶんには。


 むむ、おっぱいがわたしより、ほんのちょっぴり、だいぶおおきい。ふんだ、わたしだってすぐに追いつく。見てなさい、花も恥じらう十六歳は、成長ざかりなんだから!


 ドレスとおそろい赤いくつ。異人さんと浜ゆきよ。



 “夏には薔薇の花束を”って? ちょうどもうすぐ春も終わるわ、辛抱なさいな、ローゼンホゥーㇳばらべに ちゃん。ポワーヌは年じゅう温暖だから、いつも季節を忘れちゃう。四季があるのが懐かしいわね。



「……」


 ふしぎな少女はすこしの間、わたしをじっと見ていたけれど、ふいと姿がかき消えた。魔法のようにこつぜんと――



「あれもやっぱり、そう・・なのかしら」


 いくらホラーな世界でも、この期におよんで増えてどうする。まったくもって困ったものね。ガイストゆうれいはひとりでサシフィじゅうぶんよ。


 うしろでこっちをずっと見ている、銀の髪した、わたしの・・・かたわれ・・・に、皮肉な視線を返してため息。



 金銀そろって福ふくしいこと。次はしんじゅの髪かしら。









《たゆたう流れの清らかな、しずくを集めてわたしのまえに。あらわれいでよ、湧き水よ。ルイーテ・アロス・ドゥロー・ウンディル!》



「……」

「……」


 ……。


「……はふぅ。今日もしっぱいかぁ。なんでお水が出ないのかしら」

「いつかきっと出来るさ、リリアナ。こんなに頑張ってるんだから」


 横から見あげるカエルさん。優しい慰めが、こころにクるわ。こつんとね。


 朝の恒例行事となった、井戸にゆく前のちょんの儀式。どんなに呪文を唱えても、これっぱかしもお水がでない。こいつぁそろそろ本格的に、なにか問題あるのかも。


 お水になんども謝ったけど、ちぃともご機嫌なおらない。水の精霊さんたちは、いったいなにをお望みなのか。|サィメニㇱプーサ(おゆるしを)!



「うぬぬ……」


 おのれこのまま置かいでか! 成績ゆうしゅう、文武りょうどう、お嬢さまの沽券にかかわる! 上等!


 わたしは両手を桶に突きだし、うんうん唸って目をとじて、全身全霊いのりをささげる!


「でろーでろー! お水でろ! ノウマクサマンダバザラダン! 轟きわたれ、わたしの思い! いまぞ顕現せよサッダルマプンダリーカスートラ! 開け白き蓮の花! 力を貸してロサ・ネルンボおねえさま! インシャアッラーイエスさま!」


「り、リリアナ? 気をたしかに!?」



 ――ぽちょん



「はっ!?」


 わたしはカッと目をかっぴらく。桶はほんの刹那の間、黄金きんに光ってちょっぴりけ、お水が底に溜まってた!


「出た!」

「ええっ!?」


 すごい! ほんとにお水が出たわ! ありがとうロサ・ネルンボさま! あと、その他いろいろ!


「でも、これだけじゃ、まだ足りないわ」

「切りかえ早いなぁ」


 それでも人類にとっては偉大ないっぽよ! いま人類ってわたしだけだし! よぉし、もっとがんばって――



 ……その後、一時間くらい唸ったり踊ったりぐるぐる回ったりしてたけど、お水はそれきり出なかった。インディアンの踊りまでしたのに!









 ――ぉ、ぉ



「あら、ひさしぶり」


 桶を持ってお通りを、中庭に向かうみちなかば、珍しく女の子ふたりに出くわした。なんだかんだでパーティータィㇺは、さっき終えてきたところ。この子たち、なんで参加してなかったの?



 ファニーとメラニーはわたしの侍女よ。金髪茶髪の侍女ふたり。侯爵さまの三女に、伯爵さまの次女なんですって。わたしにつけられた侍女たちのなかで、いっとうとしが近かった。


 疫病の噂を怖がりながらも、わたしとお友だちになってくれたの。クッキー仲間のさいしょのふたり。お城をいろいろ案内がてらに、たくさん冒険してまわり、三人娘とひとくくり、いっしょに怒られたりしたわ。


 元気で快かつ、物怖じしない、まるで双子のような侍女。わたしもなんだか楽しくて、ついついいろいろお話したっけ。



 こんなわたしに侍女なんて、ましてや貴族のご令嬢たちが、側仕そばづかえなんてとんでもないと、みんなに幾度も言ったけど、まるっとすっかり無視された。というか怒られた。


 聖女さまは偉くてとうぜん、教会高位の姫君なればプランセス、そのようにお振る舞いなされませ、ときた。じゃあ偉いわたしが命令するから、侍女なんていらないから返品しますって言ったら、はしたないとまた怒られた。ケコゼなんなの!?


 そしてナッチョランというわけで、お行儀見習いブートキャンプにぽいっと放りこまれたの。そしたら、そこのお授業に、この子たちもいたわけよ。生徒としてね。


 主人と侍女たち横ならび、いっしょに怒られ、行儀の授業。これはこれでまぬけだけれど、いちおう平等ではあるわ。まぁそれで、いろいろお話する仲に。





 “あなたのおくにのお話きかせて!”





「……ごめんね」



 ――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ



「……」

「リリアナ……」

ベーネへいきよ」



 ふたりをずるずる引っぱりながら、近くのおへやに連れてゆく。


「なんで出てきちゃったのかしら」


 つっかえ棒を外しちゃったのは、もしかしてエレーナ夫人かな。あのひと、どこにでもいるからなぁ。


 おせっかいが抜けなくて、ゾンビになってもいろんなところで、お世話を焼いてまわってるのか。まったくもって、よけいなヴァテフェァお世話キュイハァナーフ! おおあ!



 エレーナ夫人は淑女の先生。お行儀おしえる鬼教官! 濃いめの金髪、若くて美人。優しくって世話焼きだけど、お行儀となると厳しいの。


 わたしもずいぶん仕込まれたけど、あのひとお話ながくって……。驚くなかれ、わたしの魔法の先生の、司祭さまよりながいのよ?


 お昼にはじめたお説教、気がつきゃお空があかね色。先生、お腹がすきましたって、言ってみたら、ため息ひとつ。お茶の時間にしてくれたっけ。言ってみるもんよね! そのあとお説教が再開したけど。


 お茶をあがってお開きじゃないの!? オーラバスタもうたくさん! 茶腹もいっときよ……。



 つっかえ棒を扉にはめて、開かぬようになんども確認。ボンよし


 ……これだけやってもエレーナ夫人は、いつの間にやら出てきちゃう。なんなの、あのひと忍者なの? レストンヴィーかんべんして! 









 夜うぐいすが飛んでゆく――



 暗い暗いまっくらな森の、まっくらな空を飛んでゆく。


 どこまでも続く夜の空。いつまでも続く夜の時。星の光さえ数は少なく、濃密な死の香りが満ちる。



 そこは、そんな、夜の国。ひろいひろい黒い森。


 うごめく死者たち、ざわめく影たち、枝葉ゆらめく、ゆがんだ世界。



 夜うぐいすが飛んでゆく――



 白いドレスの聖女の報告しらせを、夜の主に伝えるために。






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