第10話 城にいる!






 くらいくらい、たかいばしょ。おんなのこえが、こだまする。


 みどりのひかりが、うずをまき、ほねとむくろが、おびえてすくむ。



「だれかが“しらせ”をつかったね。ポワーヌのしろのあるほうこうだ。


 そんなていどでみぬけるほどには、あまいどくにはしちゃいない。


 うんめいしらせ、なんてもの、あてになんかなりゃしない。


 いきてるやつが、いるなんて。


 のろいをよせぬ、まほうのつかいて。


 そいつだ、“なりかけ”をけしたのは。


 そいつだ、のろいを、じゃまするやつは。



 ――それはしろだ! しろにいる!



 すこしばかり、ゆさぶってやろう。


 それでいろいろ、わかるだろう。


 わたしのてごまよ、もどっておいで。


 みたこと、ききごと、すべてをもって」



 おそろし、おそろし、たかいばしょ。おんなのわらいがこだまする。


 みどりのひかりが、あれくるい、しびとがおそれて、みをすくませる。









 わたしはまっくらなお空に浮かんで、どこかに向かって落ちてゆく。


 ここはどこ? いまはいったい、いつだろう?


 遠くのほうに明かりが見えて、誰かの声がなにか言ってる。あれは誰? あれはわたしだ。わたしの声が――



 “ゆがんだ娘がひとりいた。ゆがんだ明かりに耐えられず、ゆがんだ家の影のなか。

 ゆがんだ娘はそこでなら、ゆがんだ思いにとらわれず、ゆがんだ憩いに夢のなか。


 ゆがんだ影のともだちは、ゆがんだ数の縫いぐるみさん。

 ゆがんだ夢のともだちは、ゆがんだ数のお人形さん。


 ゆがんだ娘は影のなか。

 ゆがんだ家の影のなか。


 ゆがんだ娘はひとりで思う。ゆがんだ世界に耐えられぬ、ゆがんだ仲間はもっと居る。

 ゆがんだ娘は彼らをも、ゆがんだ影にひきいれて、ゆがんだ家はもっと要る。


 ゆがんだ娘は影のなか。

 影の娘が目をさます”



「こわーい」

「こわーい」

「きゃーっ」


 幼い子どもたちがいっせいに、声をあげて転がって、芝生の上ではしゃぎだす。


 朗読していた童話のご本を、わたしは脇にそっと置き、わたしは笑顔で抱きしめる。



 コリンヌは五歳、泣き虫な女の子。

 アミリーは六歳、元気な女の子。

 デジレは七歳、お姉さん。

 ジョアシャンは六歳、やんちゃな男の子。

 トーマは四歳、気弱な男の子。



 みんないい子たちだった。孤児院の子たちはほかにもたくさん。みんな元気で素直な子たち。


 喧嘩もするし、いたずらもする。でも、ちゃんと謝れるいい子たち――うわっ!



 ――ばさあ!



「こらーっ!」

「きゃーっ」

「わーっ」

「きゃははは」


 スカートめくりとかするけど。



 お日さま、ぽかぽか、あったかで、街の大聖堂を照らしてる。近くの敷地の孤児院の、庭から見えて、そびえてる。



 ああ――この光景は。


 ――いつもの、夢だ。





 ――ディーン、ドーン、ドーン





 大聖堂の鐘の音カㇶヨンが、不気味なひびきを渡らせる。



「おね……ちゃ……ありが……」

ノンだめ、だめよ、ゆかないで……あああ――」

「聖女さま、もう……」

「どうしてなの……どうして癒しが効かないの」

「どうか、どうかお休みください。もう三日も……」

アンコㇵまだよ! わたしは、まだで、き――」

「……じょさ……! ……お運び……! はや――」


 いつもの夢。わたしがどれだけ無能かを、くりかえし手をかえ品をかえ、わたしはわたしを責めたてる。言われなくてもわかってる。わたしはリリアナ、聖女リリアナ。だれも救えぬ役立たず。


 せっかくたくさん儀式をかさねて、呼びだしくれていたものを。希望が絶望に変わるのは、なんど見ても辛いもの。赤子も子どもも老人も、女も男も民も貴族も、わけへだてなく、すべて平らか。


 でも、誰もわたしをなじらなかった。誰もわたしに怒らなかった。癒しの力を売りにして、鳴りものいりでご登場。でも、ちっとも役には立たなくて。


 こんなわたしを崇める意味など、どこにもないというのにね。みんながみんな感謝して、笑顔を浮かべて死んでった。ちいさなからだが冷たくなるのを、わたしのこの手が覚えてる。





 ――ディーン、ドーン、ドーン





 ながいながい葬列が、どこまでもみちを横切ってゆく。黒いラインは街を貫き、丘の墓場まで続いてる。


 途切れぬ哀しみの行進は、見えぬ聞こえぬ死の調べ、奏でる楽人に導かれ、いつまでもいつまでも、歩みを止めない。


 丘の上には十字架が、無数に立って街を見おろす。誰も彼もが顔を隠して、黒いヴェィベールを向けている。



 からすの群れが、空をゆく。おどろのこえが、街をゆく。



 光の神さまの試練であるとか、善きひとゆえの天運だとか、そうした話はもはやできない。


 流行病はやりやまいの常ならぬ、不気味な噂が飛びかって、誰も彼もが不安に寄りそい、だいじなひとを戸に隠す。



 悪い魔女。死者が黄泉がえる。むくろが歩いて、ひとを食う。


 ささやき、ざわめき、ゆらめき、おそれ。


 そんな光景が地獄だなどと、言っていられた花のうち。


 遙かにそれを越える地獄が、ほんの後ろに迫ってた。





 ――ディーン、ドーン、ドーン





「防衛線が!」

「王都防衛隊、第二、第四、狼煙あがりません!」

「西門崩壊!」

「城と連絡が」

「北門、もうだめです!」

「馬鹿な……」


「うわあああ!」

「く、食われる!」

「こいつら剣を――ぐああ!」

「ゾンビが――ゾンビが弓を」

「ひけ! ひけぇ!」

「火を、火をかけぎゃああ!」


「やつら剣で斬っても槍で突いても……っ!」

「もうだめだ!」

「聖女さまを、お下がりまいらせよ!」

「聖女さま!」

「リリアナさま!」









「――アナ、リリアナ!」


 ブローの声で目が覚める。ベッドの下・・・・・からわたしは這いでて、しばらくぼんやり座りこむ。


「うなされてたよ。まさか……いつもなのかい?」

「……」

「ベッドの下に潜るのも、たくさんのクッションで蓋をするのも、声を外に漏らさないため、そうだね?」

「さあ、なんのことかしら」

「リリアナ、ボクはカエルだけれど、君の味方のつもりだよ。苦しかったら話さなくていい。でも、ボクが一緒にいることは、忘れないでいてほしい」


 わたしは頭をすこし振り、額の汗をぬぐって微笑む。


「……ベーネへいきよ、ブロー。でも、ありがと」


 よかったことね、役立たずにも、優しい仲間がいてくれて。そんな価値などないことは、このわたしだけはわかってる。


 ああ、そうね。もうひとり、わかってる子がいたっけね。


 わたしは後ろでじっと見つめる、幼い少女の視線を背にうけ、それを無視して立ちあがる。


「変な時間に起きちゃったわね。すこし早いけど、図書館に――」



 ――ズズン!



 かすかな揺れと、遠くの音が、わたしの気持ちを切りかえた。


「――行ってる暇はなさそうね」

「いまのは……?」

「ブロー、予定へんこう。ちょいと荒れるわ、出ずっぱり」









 ――おあああああああああああああ!!


 ――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ



「わあああ、リリアナ、リリアナ!」

「これだけ揺れて、音たててりゃね」


 お城じゅうの殿方たちが、まっくら闇から押しよせる。腰に下げたともしに照らされ、影のなかから飛びでてきては、恋にうたれて花とちる。


 星の明かりの濃い青と、墨をとかした闇の色、わたしのまわりのだいだいの、ふしぎな夢のデガーデグラデーションに、白いドレスの聖女が踊る。


 でや消えさる影絵のごとくに、殿方たちの儚い恋を、わたしはなんども摘みとって。影花まいちる城のお通り、乙女が独りでくるくるまわる。これが深夜の舞踏会。



 誰もわたしをなじらなかった、優しいひとたちの狂った末路。わたしが看取った殿方たちが、顔をゆがませ襲いくる。



 ――おまえのせいだ おまえのせいだ



 そうね、わたしが救えなかった。名ばかり聖女の役立たず。わかっているわ、そんなこと。


 ごめんあそばせ、それでもここで、一緒になるには、ちょいとゆかない。


 だからわたしが、なんどでも、黄泉路に送りかえしてあげるわ。



 ――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ



 狂おう、狂おう、正気を手ばなし。これは恋の大狂祭。

 狂おう、狂おう、銃を手にとり。これはお城の舞踏会。


 あの頃のように狂い果て、あの頃のようにゆがみ果て。

 影のなかで狂って踊ろう。影のなかで狂ってわらおう。


 わたしはリリアナ、聖女リリアナ。誰も救えぬ役立たず。

 いいえ、わたしは恋する女。さそり座うまれの恋する乙女。


 花の舞いちるお通りを、白いドレスの聖女が踊る。

 そこをかしこに赤い花。いつまでも終わらぬ舞踏会。



 あはっ、あはは、あはははは!




 ソレットシュィひとりぼっちで、わたしは踊る。

 ソレットシュィひとりぼっちで、わたしはまわる。


 救いをくれた、ふたりはいない。

 わたしの家族すくいは、もういない。


 ゆれる銀のロケットが、きずながわたしをとがめるけれど。

 もうあの頃には戻らない、そうとこころに決めていたけど。


 表情のない死んだ目で、笑顔を浮かべず後ろの少女が、それ見たことかとあざけりわらう。


 どれだけ逃げても井戸の底から、抜けだすことはできないと、無駄な努力とさげすみわらう。


 それでもわたしは、最後のひとり。あの頃のように流れのままに、任せてばかりはいられない。


 主導権はわたしが握る。最後のところは譲れない。


 わらい嗤って、くるくるまわれ。

 踊りくるって、こころを隠せ。


 幕はわたしがかならず降ろす。狂った舞台の終わりのときを、かならずわたしがきざんでみせる。



 だからそれまで恋に狂って、一緒に踊ってたのしみましょう。





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