第6話 女王伝承






「夜の女王?」


 わたしはベッドから身をおこし、ブローにお話きいてるの。呪いのご本を調べてて、ふと、そもそもの、疑問に気づいた。“魔女ってだれなの?”


 わたしは魔女といえば、森でひひひと笑ってる、お婆ちゃんだと思ってた。でも、よく考えたら、このゾンビの呪いなんてヘンテコなものを、かけたあいてがどんなひとなのか、わたしはなんにも知らないのよね。


 みんな“悪い魔女”としか言ってなかったし、わたしもそれで納得してた。


 でもここは、おとぎ話のなかじゃなく、みんながちゃんと生活してる、ふつうの世界なのだから。


 魔女だってきちんと名まえがあって、どこかのだれかじゃあるはずなのよ。わざわざ“悪い”ってお冠をつけるからには、ほかにも魔女はいるのだろうし。



「そう、夜の女王。それがこの死の呪いをかけた、悪い魔女の名まえだよ。“称号の女王”というものは、そのままそれが通り名になる。ほんとの名まえは、だぁれも知らない。骨とむくろを従えた、眠りと絶望とほろびの化身。白金の髪に紫の瞳の、つめたい美女だって話だよ」


ソㇷスィエーㇵまじょときたらふつうは、お婆ちゃんが定番じゃない? ……でもハェンㇴじょうおうさまならイメージ通り?」

「どういうこと?」

「ううん、なんでもない。コンティニュェつづけて


「ほかにも称号の女王は、なんはしらかはいるけれど、くだんの夜の女王こそが、いっとうこわい魔女なんだ。いろんな逸話があるけれど、なんで呪いをかけたのか、旅のなかでも噂はなかった」


「そもそも女王ってなに? 国をおさめてるわけじゃあないの?」


 ブローはとっても暗い声して――



 “夜の、とかの称号のついた女王は、魔法の使い手のてっぺんさ。女性は魔法・・・・・と相性がい・・・・・から、ひつぜん、いただきは女性になるんだ。


 なかでも力のつよいのが、“女王の力”を手にいれる。なにかの儀式の果てなのか、魔法の極めの果てなのか、とにかく称号の女王となる。


 およそできないことはなく、森羅万象と合一し、なにかのつかさとなるんだと、そういう伝承つたえがのこってる。そうなったならもう人間ひとじゃない。


 ……まぁ、そもそも魔女になった段階で、すでに人間ひととは呼べないけどね。あるていど魔法を極めると、不老不死の仙女せんにょになるのさ。ふつう魔女という場合、この仙女たちのことをいうんだ。


 人間ひとか仙女か――魔法使いと魔女との違いは、それにつきると言っていい。そして魔女のなかの魔女こそが、それぞれなにかをつかさどる、称号の女王たちってわけなのさ。


 じっさい夜の女王は、数百年もまえからずっとに、生きているって話だよ”



ケコゼなにそれ! ほとんど神さまね」

「気まぐれで残酷な女神たちさ。なかには“良いの”もいるけれど」


 ブローはちょっとため息ついた。


「ボクはこんなカエルだし、なにより男だもんだから、魔法の使い手たちの話は、あんまり近しくないんだよ。だからどんな仕組みと理屈で、そんなことになるのかは、どうかボクには聞かないどくれ。とにかく魔女のなかの魔女、魔女のいただきに君臨するのが、称号の女王たちってことなのさ。これがボクの知ってるぜんぶだよ」


 悪い魔女で女王さまで、仙女さまで女神さま。マンマミーアなんてこと! なにその属性てんこ盛り。お話がごっちゃよ! “なんと呼ぼうが薔薇は薔薇”? とんでもない! 戦う身にもなってちょうだい。


 わたしは悪くていじわるな、ひねくれ魔女のお婆ちゃんと、戦うつもりでいたのだけれど、なんとあいては女神さま! 死をつかさどる、死神さまよ。


 おとぎフェァリィテェオㇽ英雄エペックテェオㇽになっちゃった! しっぽテェオㇽ違いよケファマーレゆううつね。虎のしっぽを踏んづけて、妖精フェァリィさんはいずこのかなた。



 みちはけわしさをいや増すばかり。なんともしんどいことだけど……。それでもわたしは最後のひとり。


 わたしはリリアナ、聖女リリアナ! わたしがやらなきゃ誰がる!? いいじゃない、お嬢さまの心意気。やってやろうぞ神殺し! 上等!


 でもまずは、クッキーたべてお昼寝しましょ。






「あら」


 しんと静まる夜の図書館。わたしは書棚で首かしげ。


 呪いとまじないジャンルの棚の、おまじないシリーズ第百二十七巻がないわ。珍しいこともあるものね。いったい誰が借りたのかしら?


「ええと、貸しだし名簿にはっと……ティアンあらまぁシィアㇵサー・フェリックスだわ」

「あいつ帰ってきてたのか。でも、いったいなんで、まじない本を?」

「も?」

「な、なんでもないよ! それよりどうするの、リリアナ?」


 彼がどこにいるのかなんて、こころあたりがちょいとある。わたしは図書館を後にした。







 黄金きんの星が輝いている。


 わたしは魔法のランタンを、片手にかかげて歩廊を進む。夜の星空がわたしを見下ろし、髪とショールを夜風がゆらす。十五メートルのたかい城壁かべ、その上にあるお通りよ。夜風がとってもつめたくて、ランタンに、おててをかざして暖をとる。



 歩廊の上から見あげると、そこにひろがるルシェルまんてんプランデトワーㇽのほしぞら――


 ちいさなちいさな星ぼしは、きらきら光って踊ってる。ステラほしよ、ステッラほし、なに見て光るのエトワーㇽおほしさま。星の銀貨がたくさんきらめく、とっても素敵な舞踏会。



 星空みあげてちょいとため息。月はさえざえ白いけど、兎もカエルも見あたらない。星ぼしの顔ぶれもぜんぜん違う。わたしの知らないお空のヴェィよベール。ここはまったくべつの世界くに


 そっくりな星はひとつだけ。まわりはみんな知らない子たち。なんだかぽつんとさみしそう。


 なぜだか切ない気分だわ。メランコリッㇰゆううつな齢ごろね。リュッㇳリュートで慰めくれたなら、黄金きんの靴を落としましょう。


 わたしは星を見あげながらに、だいじに首にかけている、銀のロケットをそっと握った。



「……」


 みんなどうしているかしら。


 お父さま、お母さま。本家のお婆さま。学校のお友だちに、先生たち。――あっちのみんな。


 あれからほんのすこししか、月日をかさねていないのに、ずいぶん昔のことみたい。いいえ、あのひとの言うことが、真実ならば遙か昔に――





 帰る方法はない。





 さいしょにあのひと――“たそがれの君”はそう言った。



 “あんまり哀れなことだから、ちょいとオマケをつけてやろうか”



「どしたの、リリアナ?」

「聖女召喚ってブローは知ってる?」

「名まえだけなら。ずっと昔に創られた、なにかすごい儀式で呼ぶんだ。……そうか、君は――」

「わたしはね、あの星たちのどれかから来た。星の海をわたってきたのよ」


 “星の光にまたがって”


「それは……ロマンチックな話だね」


 星と月とカエルさん。ふしぎな切ない時間がながれる。聖女になって力を得たけど、それは素敵なことだけど。


 それでお話は終わりじゃなかった。


いいお話めでたしめでたしで終わっていたなら、良かったんだけれどね」

「……」


 ……だめね、わたしとしたことが。頬をぺちんと気分いっしん!


「ごめん、辛気くさくなっちゃった。行きましょ」


 そしてふたたび歩きだす――





 “セット”





 わたしはうしろでじっと見つめる、白い軍服ふく着た銀髪の、施条の銃ライフル負革スリングで背負った、幼い少女の声を無視した。つめたい青い瞳を無視した。


 わたしは違う。もう違う・・・・。どこにいようと、なにがあろうと。






 城壁かべの上の歩廊をわたしは、こっそりこそこそ進みゆき、そのさきにある、城塔とうのひとつへやってきた。歩廊の上には巡回してる……つもりでいるらしい殿方たちが、ふらふらぽつんと立ってるけれど、音を立てずにすり抜けて。


 でも、殿方たちはもっといたはず。どこへ行っちゃったのかしら。


「リリアナ、ここは武器庫の塔だよ?」

「彼ってずっとここにいるもの」


 お城の城壁の各所には、城塔がいくつもくっついてるの。それぞれ果たすは物見の仕事や、城壁にとりつく敵兵たちを、横から射るための狭間さましごと。でも、ほかにも倉庫や武器庫なんかの、いろんな役割があったりするの。


 本格的な倉庫の類は、城内のほうにあるんだけれど、いくさのときにはえっちらおっちら、いちいち取りにゆくのはたいへん! だから城攻め最前線の、城壁ぞいにも集めてる。この城塔も、武器と物資の、ちょいとした一時集積所。


 まぁ、大国ポワーヌの王城が、城攻め受けるはまずないけどね。そこまで来たなら存亡の危機。……存亡の危機は来ちゃったけれど。



 城塔とうの入りぐちは二つある。地上の扉と城壁かべの上、歩廊に面した堅い扉よ。城壁の上の歩廊はそれぞれ、城塔の扉で終わってる。反対側にも扉はあって、そこからべつの歩廊に出るの。だから正確にいえば扉は三つね。


 さて、城塔に入りましょう。



 ――クリィィ……



 サイエよかった、かんぬきはかかってない。殿方たちはぶようじん。扉は閉めても鍵はかけない。すぽーんと忘れちゃってるの。おかげでわたしはどこへでも、入りほうだいしほうだい――って。


「うわ……っ」

「こ、これは……」







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