第5話 魔法のイロハ






《たゆたう流れの清らかな、しずくを集めてわたしのまえに。あらわれいでよ、湧き水よ。ルイーテ・アロス・ドゥロー・ウンディル!》



 うんでぃる! うんでぃる! ……うィんでぃるだっけ? ……うん、壊滅的にだめっぽい。どこの運針が悪いやら。声楽のほうの成績は、悪くなかったはずなんだけど。


 わたしの魔法の先生が、ゾンビになっちゃったもんだから。独学じゃあちょいと無理がある。変形魔法前置詞、これで合ってるよね……? 精霊希求形だし。うーん?


 桶のまえで肩を落として、そのままベッドへがっかりダイブ。ころっと大の字ため息ひとつ。やっぱりお水が出せないわ。ノネヴェーロうそでしょー……ちょっとショックね、これでもわたし、けっこう成績よかったのになぁ。



 むー。このまんまじゃあ、容姿たんれい文武りょうどう、お嬢さまの名がすたる。おのれこのまま置くものか。絶対あるはず突破こう! 上等!


「どこが悪いかわかる?」

「うーん、ボクは魔法はからきしだしなぁ。しぐさ、発音、抑揚よくようどれもが、知ってる限りじゃそんなに変とは、まったくなんにも感じないよ」


 旅をしていたからなのか、ずいぶんもの知りカエルさん。でも、さすがに魔法はよその庭。カエルは歌うのが専門なのに。似たようなものじゃないの?


「そういえばブローって鳴かないわよね。コワコワケロケロ?」

「ボクはしゃべるカエルだからね、そのへんの奴と比べちゃだめさ」

「ふぅん、エストラーノへんなの

「へんなのって……」



 魔法の基本がいねんは、世界をおおきな絨毯にタペストリィ呪文スペゥを刺繍のエグィュに見立てる。世界に魔法を縫いつけて、魔法現象を世界にふつうに“あるもの”と、錯覚させて引きおこす。この霊的スピリチュォㇽな認識が、できるかどうかがさいしょの難関。


 お裁縫苦手なのにって? いいのよ、霊的なものだから。さいしょちょっぴりけ苦労したけど!


 さて、そのつぎは、呪文そのものの精確さ。呪文を唱えて正しいしぐさ。音律音韻たがえずに、きちんとすべてが整えば、魔法はたいてい動きだす。


 でも、だれでもってわけじゃない。魔法の力のあるなしが、ひとによって違うのね。魔法の力があるひとは、実はとってもすくないの。


 魔法書だってとっても高価! しぐさも音律も先生直伝! 魔法の使い手に師事するだけでも、ふつうのひとには無理難題!


 だからそもそも魔法はそんなに、みんなが使ってるって感じじゃないの。使えるだけでも偉いひと。だからわたしも偉いひと! えっへん!



 わたしのばあい魔法の力を、聖女召喚で得たのじゃないわ。あれで得るのは“癒しの力”。だからわたしは魔法の力を、素で持ってたってことらしいのよ。まぁ、それで、たいそうみんなに喜ばれてね。


 癒しの力に魔法の力、これが聖女か凄い凄いと、あれよあれよと気がつけば、魔法の先生のありがたーい、ねむーいお授業を、こっくりこっくり受けるはめにね……。



 でもね、せっかく来たのよ、おとぎの国に。わたしだって使ってみたい! がんばって魔法書よんでるのだって、義務感からってわけでもないわ。わりと興味しんしんよ!


 難しい! おもしろい! でも難しい! このもどかしさが堪らない! だから呪文を覚えるたびに、わたしはとっても嬉しいの! ソノフェリーチェしあわせ



 わたしのさいしょの魔法はね、あかりの呪文だったのよ。礼拝堂の蔵のなか、ほこりの積もった魔法のランタン。誰も使ってなかったらしくて、放っぽらかしてあったわけ。


 ちょいと悪戯きぶんでね、見よう見まねでこっそり唱えたら、ぼぼって火がつき嬉しそう。わたしもとっても嬉しかったわ! それからずっと愛用してる。


 それでわたしに魔法の力が、あるってみんなに発覚したわけ。


 ……でも、この魔法のランタン、先生が言うには誰が唱えても、ちっともともらなかったみたいなの。エストラーノふしぎね



 もっとくわしい話をするなら、精霊さんにお願いするもの、魔法の道具を使うもの、触媒を昇華させるもの、サクリフィスをともなうものと……ぶらぶらぶら。いっぱいあるのよ、しちめんどう!


 そのひと個人の得手不得手、タンの才能、音楽の才能、ダンスの才能、魔法学に触媒学、呪文言語に数秘学! もちろんだいじな記憶の才に、果ては精霊さんとのお付きあいまで、とにかくいろんな関門がある。ジョニマーうんざり


 わたしだってまだまだ知らない、もっといろんな法則、制限、考察、傾向。そしてなにより危険性。下手に唱えてだいばくはつ! なんてことも。


 魔法はとっても危険ぶつ。取りあつかいにはごようじん!



 わたしもおへやをめちゃくちゃにしたり、いろいろ失敗したけれど、なによりちょいと問題なのが、お水が出せないことかしら。


 これより上位の呪文だと、まずトパゾストパーズが触媒にいるし、呪文しっぱいしてもあれ、ちゃんと律儀に消えちゃうからね。もうだいぶ、使っちゃったの、ごめんなさい。


 わたしが貰ったのだけじゃ、ちょっぴりけ足りなくなっちゃって、そのへんの室の長持ちはこからね、こっそり……ど、どろぼうじゃないのよ? あとで返すつもりなんだから!



 こほん。



 うーん、水の精霊さんに嫌われちゃったのかも。なんかしたかなぁ。重いって言っちゃったから?


 こんどお水にごめんねって謝ってみよう。






 さて、おおきなおへやからそうっと扉を開けて出るわ。殿方がいないか確かめて、桶を持って室から出るの。桶よ。忘れちゃだめ。


 お城の中庭までお水を汲みにね。いつもの朝のお仕事タィㇺ。


「ひとりきりだと大変だねぇ」

ケペザンテたいへん!……まぁ、わりと慣れちゃったけどね」


 トゥック、トゥックと桶をノックして、だいじな厄除けおまじない。これも木だものね。いつも忘れるけど。



 朝のお城のお通りは、夜に比べて、ちょっぴりぽかぽか。お天道てんとさまがお仕事してると、わたしもやる気が出てくるわ。


 それでもいつも、やることはおんなじ。こっそりこそこそ、通路を進む。



 だれもお掃除してないくせに、塵の一つも落ちてない。この違和感に気がついたのも、やっぱりだいぶ経ってから。わたしってちょっぴりドジなとこがあるのよね。まぁ、なんといっても美しすぎるし、ご愛敬ってやつかしら!


 このへんてこ不思議な現象も、やっぱり魔女の呪いのせいなの? いったいどんな種類の魔法を、使えばこれができるというの? その辺のところも考えなくっちゃ、呪いを解くのも無理な相談。まったく、とんだ難問だらけ。


 魔法の初心者ニュービィあいてに出すには、ちょいと手強すぎないかしら。せめてヒントがあったらなぁ……。






 ――ぉ、ぉ



 「またエレーナ夫人がいる……」


 なんでいつも立ちふさがるの。わたしがどんなにみちを変えても、彼女はいつもそこにいる。武蔵坊なのトロルなの? 運命ってことはないはずよ。百合のお花の花園は、ドレスだけでじゅうぶんよ。


「迂回する?」

「そうしましょう」


 わたしはそうっと路をもどって、辻からべつの階段へ。こっちに行くのは久しぶりね。



 こっちの窓から見えるのは、城壁内の建物たちよ。王さまサマジェスティルホワの住まうこの主館キープのほかにも、お城には幾つも建物がある。館に塔に小舎こや厩舎うまやに、練兵場に井戸に蔵。菜園もあるわ。荒れ果ててるけど。お野菜育てるのはあきらめた。重労働ってもんじゃないわ。ケペザンテたいへんすぎ


 大公さま? あのひとはポワーヌの王さまじゃないわ。すっごくお偉い貴族さまだけど。たしかベルモンド公国の領主さまセニァㇵよ。聖ポワーヌ王国は大国ゆえにか、幾つか小国を抱えてる。そう名のってるわけじゃないけど、実質的には連合ユナイテッド王国キングダㇺ


 だからポワーヌ王は大公さまとは、べつに存在していてね、王の居室へやにいらっしゃる。さいしょにお会いしたきりだけど、たぶん元気にやってるでしょう。とっても美人なお妃さまと、いっしょに二人でいることだしね。夫婦えんまんよ。



 まいにち勝手に時つげる、魔法の鐘の鐘楼が、おごそかな建物からにょきっと生えてる。あれがお城の礼拝堂。


 魔法の鐘は不思議なひびきで、音に敏感なはずの殿方を、なぜか昂ぶらせないのよ。鐘の音カㇶヨンの波長に理由があるのか、たんに魔法ゆえなのか、それとも神さまの霊験なのか、理由はさっぱりわからない。


 礼拝堂の正面にはね、おおきな印が飾られてるの。いろいろごてごて装飾つけて、なんだか凄いことになっちゃってるけど、基本的には十字のまんなか部分がちょっと膨らんでる、ぴかっと光った感じのマークよ。セラクラスすてきよね



 こちらの教えは光の神さま。名まえもそのまま“光の神”さま。エセンプリチェそぼくね! 教えはうーんとざっくり言えば、“お天道さまは見ているぞ!”


 むかしは厳しい戒律が、みんなをきゅうきゅう言わせてたけど、いまではずいぶんゆるーくなって、お祈りの時間も好きでいいみたい。


 まぁ、御利益ごりやくのほうは、あんまりなかったみたいよね。聖女わたしが言ったらだめかもだけど!



 さいしょのころは大変だった。すっごく重い衣装を着せられ、でっかい帽子を被せられ、あのキラキラマークの黄金きんの首飾りをかけられて、これまた重い黄金きん錫杖つえ


 かがみのわたしは滑稽で、なんだかテルテル坊主みたいって思ったわ。ちんどん屋? その恥ずかしい格好で、ふらふらよろよろ歩かされ、たいそうながーい儀式をしたの。


 聖別であるとか、祝福であるとか、国の憂いを払うのだとか、いろんな理由があったんだけど、わたしにはさっぱり。ジョニマーうんざりよ。



 その儀式を執りしきっていたのが、わたしの魔法の先生になってくれた、お爺ちゃんの司祭さま。でもちょっぴりけお話ながくてね……。わたしはいつもこっくりこっくり。ぺちんと頭をはたかれて、にっこり笑顔がこわかった。


 まぁ、すぐにそれどころじゃなくなっちゃったんだけれども。







 ――おおあ!


「うわっ」


 ――どごん! しゅこっ


ポㇽカボイアやっちゃった……」


 とつぜん辻から辻斬りよろしく、殿方が恋のアタックよ! わたしは思わず無意識に、桶を手放し愛銃ひき抜き、乙女の美事なクィッㇰショッㇳはやうち ごひろう! 恋のお花は哀しく散ったわ。


「だいじょうぶ?」

ベーネへいきよ。でも、これで今日もぶとう――」



 ――おあああああああああああああ!!



オゥララーあっちゃー

「うわっ、なにがいったい!?」

「音よ。殿方たちはお耳が利くの」


 わたしは慌てず騒がずに、桶をひろってスタートダッシュ! お城じゅうの殿方たちが、うるわし聖女のブケィかおりを求めて、きょうもきょうとてやって来る! パッショ!


 一足飛びに通路を駆けぬけ、辻を右へ左へと、わたしはちょろちょろ逃げまわる! 野暮な無垢鳥むくどりさんたちは、わたしを探して、あっちへばたばた、こっちへどたどた。


 わたしは手近な扉をあけて、そのへやめがけて飛びこんだ! ふぅ、ひと安心。


「リリアナ、まえ!」

マンマミーアなんてこと!?」


 室のなかにはエレーナ夫人!? さっきあっちにいたじゃない!



 ――ぉ、ぉ、ぉ、



 ああ、やめてやめて。



 ――ぉあああああああああああ!



 ピュタアもおおおアアアアアンッおおおおおっ



 ――どこん! しゅこっ



オゥディアあぁあぁ……」


 出会い頭にお互いびっくり、黙らせる前にでっかい叫びで、夫人は仲間を呼んじゃった。おかげで殿方たちの足音が、あっちこっちから集まってくる。ケカズィーノもうめちゃくちゃ



 仕方ない、一丁、やりますか! わたしは銃剣バヨネットをきらりと召喚して、モデル九七に着剣をする。銃のさきっぽ、刃がぎらり。これがわたしの完全武装。乙女の健気な余所ゆきコーデで、お城じゅうの野郎ども、三つ指ついてお出迎え!


「ゆくわよ、ブロー!」

「がんばって!」


 わたしは扉をばんと開け、通路の左右から寄せてくる、野郎どもへと目をくばる。よし、右!



 ――おあああああああああああああ!!



サヴォイアとつげき!」


 声のかぎりにときの声。わたしはそのまま銃剣突撃。どかんとひと当てそのままに、滅多やたらに斬りまくる!



 ――ずどお! ずばっ! ばさっ! ずどん! しゅこっ



 突けば槍、げば薙刀なぎなた、引けば鎌、ついでにたまを撃ちだせば、わたしの銃は一石四丁! ベイヨネットの四重奏クワㇽテット! 奏でる調べは狂想曲よカプリッチョ! くれない花ちる城のお通り、白いドレスの聖女が奏でる、お城の恋のから騒ぎ! ひとつ貴方もご参加いかが?


「リリアナ、うしろ!」

「もう来たか!」


 左の手勢が背後から! 六月のルィクルーズスロイスね! わたしはそのまま目のまえの、パッショな殿方を蹴たおして、背後の寄せ手に恋のお見舞い!



 ――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ



 いつもは隘路に連れこんで、ダンスのお相手してたけど、こうも挟撃されるとキツいわ。うわっ!


「リリアナ! ええいっ」

「ブロー!?」


 乙女の隙ついて後ろから、抱きついてきたえっちな殿方に、頭の上からカエルさん、両手ひろげて飛びかかる!



 ――ぺしゃっ! ぺいっ どだどた



オゥボウィああぁ……」


 殿方の顔に飛びついたまでは、よかったんだけれどね。ふつうにぽいっと捨てられて、そのまま殿方の群れのなか。踏まれて潰れてないといいけど。


「ブローの仇よ!うけてみろ!」


 わたしは恋の争奪戦に、気持ちを入れかえ飛びこんだ――!






「むぎゅー」

「ブロー、ブロー、しっかりして!」


 おなかをお空に向けたまま、ぴくぴくしてるカエルさん。両手の上にすくってあげて、わたしはあわてて癒しの力。せっかく仲良くなったのに、ここでさよならは、いや。


「うーん、あ、リリアナ」

「あら早いのね、ボンジューㇵごきげんよう


 からだがちっちゃいからかしら。カエルさんはあっという間に、ぴょっこり起きて元気にお目ざめ。ほっとため息、メノマーレよかったわ


「もう。あなたちっとも強くないのね。看板だおれの名まえ負け。ブローニングさんに謝って!」

「えぇ……」

「でもありがと。たすけてくれて」

「う、うん……」

「……?」


 ブローはなんだか目をそらし、赤いりんごにまたなった。エストラーノへんなの



 カエルさんをいつもの場所に、ちょこんと乗っけて歩きだす。桶ひろってこなきゃ。


「あの微笑みは反則だよね……」

パㇵドンなあに?」 

「な、なんでもないよっ」



 りんごの気持ちはよくわからない。






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