第4話 百合の花園






「ひぃひぃふぅ」

「リリアナ、それじゃなにかが産まれちゃうよ」


 まっくら城のまっくらなみち。わたしは借りてきたご本の山を、たくさん両手に必死にかかえて、いっしょうけんめい帰りみち。腰に留めた魔法のランタン、ゆらゆら揺れて影絵が踊る。


  こうしていると大人しいのは、ドレスをめらめら燃やさぬように、気をつかってくれてるのかしら。あなたいい子ね、モンプサンひよこちゃん。お願いだから、そのままでいてね。プレィフェリレイそっちのがすきよ。


 ブローがぴょこんと頭から、わたしのまえに降りてくる。


「その魔法の杖、すごいんだね。いったいどこで――」


 よくぞ聞いてくれたもの! カエルさんの言葉もなかばで、ご本は足もとにぱっと置き、愛銃ぬいてたからか歌う。


「モデル九七! トレンチガン! 制式名称ウインチェスターMモデル1897! 銃の神さまブローニングさんご本人が手ずから設計した伝説の名銃! 由緒正しいショットガン! あ、トレンチガンってのは塹壕ざんごう仕様ってことなの。取りまわしやすいように銃身バレルが切りつめられていて、放熱板がついてるの。銃剣バヨネットも着けられる優れもの! なにより特徴的なのが、ラピッドファイアができること! ディスコネないから連射ができるの、セラクラスすてきよね! ちなみにわたしのはソリッドフレームよ。テイクダウンはジャムの香りね、シンプルなのがいちばんよ! 装弾はね、莨嚢ろうのう式なの。この下の穴から優しく入れ――」


「リリアナ、リリアナ、目がこわいよ。どうしてちょっと早くちになるの」


 ――どごん!


 ズュットちっ! あいかわらず素早いカエルね!


「ちょっとちょっと! なんで撃つのさ!」

「ふんだ!」


 わたしはつんと顔をそむけて、愛銃を肩にため息ひとつ。まったくみんなわかってないわね、ショットガンの素晴らしさ! どうしていつも目をまんまるにしたり、笑顔でうしろに退いてくの? エストラーノへんなの


「危ないったらありゃしない」

「ちゃんと手かげんしてるから、あたってもすっごく痛いだけよ」

「すっごく痛いんだね」


 ブローはなんだかげんなりしてる。みんな・・・痛がり・・・おおげさね・・・・・


「ええと、モディ……?」


「モデル九七! トレンチガン! コンバットプルーフたしかなショットガン! ちなみにわかりやすく言うと、ショットガンというのは一発ごとに、ちっちゃい弾がたくさん飛びだす近距離用で、ライフルの逆ね。ライフルっていうのは一発ごとに、おっきな弾が一個しか出ない遠距離用なの。でもやっぱりわたしはこっちがいいわ!」


「だから目が……ええと、その“モディルキュ゠ルナナ”がよっぽど好きなんだね」

「そうね!」


 わたしはくるくる愛銃まわして、びしっと構えて決めポーズ!


「恋多きわたしだけれど、わたしはこの子が大好きよ!」


 ああ、あの反動のたくましさ。なにものをも寄せつけぬストッピングパワー。十二ゲージの轟く雷鳴。かぐわしき硝煙のブケィかおり――


 すべてがわたしを熱くする。わたしはこの子に恋してる。ミピアーチェすきなの


「ちなみにライオットくんは弟よ」 

「へぇ、弟さんいるんだ?」

「あの子はすぐ熱くなっちゃうのよね」

「熱血なんだね」


 わたしが愛銃を太腿の、巻いてる布に収める間、ブローは律儀にうしろを向いてる。つくづくジェンテーレしんしなカエルさんよね。


「縮むんだね」

「魔法のショットガンだもの。収めてるときはちっちゃくて、抜くと伸びるの、うにょーんて」


 まぁ、わたしもこうして収めるまでは、縮むとか知らなかったんだけれども。


「撃ちだす弾も魔法の弾丸コックマジッキュ星の光ルミェㇵデトワㇽの魔法弾! こっちの世界に火薬はないしね。手加減じざいの駆けひきじざい! さすがわたしのショットガン!」

「紐で背おったりしないのかい?」

「さいしょの頃はね、負革スリングで背なかにしょってたの。でも乱戦つづきの出ずっぱりでしょ。引っかかるのよ、いろいろと」

「ふぅん」


 高価そうな彫刻を、ひっくりかえして割っちゃって、あわわってなって隙だらけ。ステップまちがえ盛大に、殿方あいてに無様なダンス。あれは頂けなかったわ。


 そのあと元に戻ると知って、ずいぶんほっとしたものよ。メノマーレよかった






 夜うぐいすがひとこえ鳴いた。


 なんの気なしに窓から覗くと、つめたく光る月の下、城塔とうのひとつのその屋根に――あれはだれ?


 ルンㇴつきを背に立つ人影が、見えたような気がしたの。


 わたしはうしろを振りかえり、もいちど城塔を見あげるけれど、お月さまがあるだけで、城塔の上には影はなし。気のせいか。増えた・・・かと思ったじゃない。レストンヴィーかんべんしてよね






 おへやにもどってご本を置いて、破れてしまったドレスを脱ぐわ。あわてて室のすみっこに、引っこんじゃったブローはほっといて、クラゥゼッㇳクローゼットにドレスを仕舞う。


 わたしのお室のクラゥゼッㇳは、歩いて入れるアㇵモワㇵようふくだんす。とってもひろくておおきくて、室そのものより遙かにでっかい。なぞの間どりね、異世界モード?



 残りのドレスはまだたくさん。よくまぁこんなに白いドレスを、わたしに贈ってくれたもの。みんなわたしにぞっこんね!


 ……まぁ、聖女と言えば白いドレスだと、みんなこれでもかとくれたからね。それしか似あわなかったから……とか考えたらだめよリリアナ。わたしは美少女、わたしは美少女。白いドレスの良く似あう、可憐な大和撫子なのよ。お嬢さまには清楚な白よ。モンゴロイドだからじゃないわ。たぶん。


 だれもかれもが贈るドレスが、わたしの身体にぴったりなのも、考えちゃったらいけないわ。だってわたしが仕立屋さんに、からだの寸法はかられたのは、さいしょの一回だけなのよ?


 仕立屋とおしてスリーサイズが、いつの間にやらみんなのひみつ。レストンヴィーかんべんして! これだから中世ってやつは! “仕立屋が紳士を作る”ですって? ちっとも作れてないじゃない! 乙女のスクㇸひみつを軽んじる、えっちな殿方の群れなんか、ショットガンにてひと撃ち七ひき!



 ……さいきん、わたしってちょっと乱暴ね。お嬢さまがよくないわ。こころを落ちつけ、くるっとまわる。ならぶドレスに罪はなし。きれいで素敵な白い園。百合のお花がたくさんならぶ、これがわたしの秘密の花園ジャㇵダンスクㇸダンスぞなえの弾薬庫アㇵミュㇷィエ。情熱的な殿方たちに、どんなにドレスを破かれたって、たくさん代えがあるってわけなの。


 でも、ぼろぼろのドレスもけっこう増えた。ちょっぴり哀しいケファマーレせつなさね。わたし、お裁縫はあんまりね……。まぁ、天はふたっつ与えないって云うし、なんといっても美しすぎるし!


 ふりふりしてると引っかかるから、地味めなものから着ているけれど、だんだん地味なのなくなってきた。このままじわじわ豪奢ごうしゃになれば、レベルアップがわかりやすそう。


 でも、ドレスがぜんぶなくなっちゃったら、はだかの聖女よ、ベリッシモうつくしすぎる! 殿方たちがヴォルタージュボルテージ、あがりにすぎて倒れちゃう。罪な女ね、わたしって!



 図書館ねずみが白うさぎ。はたしてそれは、進化か退化か――



 わたしは深じんなる哲学に、スモックすがたで頭を悩ませ、桶からたらい・・・にお水を入れて、へやのすみっこから持ってきた。


 ふかふか毛皮の絨毯の、届かぬところの石の床。たらいをそこに、どっこいしょ!


「いっぱい動いたから、お風呂にしましょう」

「えっ」



《炎よ炎、ゆらめく踊り手、あなたのまえのこの水を、ほんのすこしゆらしてね。ルイーテ・アロス・ルフー・イフリル!》



 わたしは魔法でお湯を縫いつけつくって、手早くスモック脱いでぽいっ。生まれたまんまの聖女となって、手ぬぐいでからだをぬぐいはじめる。はふぅ、ひとごこち。


 こっちのへんてこ石鹸は、あんまり泡が出ないけど、びっくりするほど綺麗になるの。たぶんこれも魔法の品よね。なんだかきらきら光ってる。


 泡のかわりに淡い光が、ふわふわ浮かんでぱちりと消えて。たくさん光に包まれて、お花のブケィかおりがふんわり漂う、なんだかふしぎなバスタィㇺ。





 おふろ、おふろ。すてきなおふろ。おふろというにはちいさいけれど。


 おふろ、おふろ。あわあわおふろ。あわというにはひかってるけれど。


 きれいな、きれいな、ちいさなひかり。


 ふんわり、ふんわり、おはなのかおり。


 すてきな、すてきな、わたしになあれ。


 きれいな、きれいな、わたしになあれ。


 たまのおはだは、つるつるに。


 つやあるおぐしは、さらさらに。


 だれよりかがやく、ほしになれ!





 ながい黒髪もいっしょうけんめい、優しく洗って手でもんで。テーㇵあっちにも、これがあったら良かったのにね。ベールフィニションすてきなしあがりなんだから。


 でっかい銀の素敵な湯船も、あるにはあるんだけれどもね。そこへ満たすほど水はない。じぶんでえっちらおっちらだもの!


 さいしょの頃はお城のみんなが、たくさん汲んでくれたけど、いまとなっては凄いぜいたく。ああ、あの天国よもういちど。トォルナプルェストかえってきて



 ぱちゃぱちゃお湯でからだを洗って、ふと壁のすみ、うしろを向いてちっちゃくなってる、カエルさんが目にとまる。


「ブロー、あなたも洗ってあげる」

「ええっ!? い、いいよ!」


 あわてるブローをひょいと捕まえ、両手でだいじに持ってくる。なんで暴れるの?


 お湯で流して石鹸で、優しく手でなで、洗ってあげる。まるっこくってやわっこい。意外とお肌つるつるね! 


「よいしょ、よいしょ」

「うあー」


 抵抗むなしく緑のカエル、この世の終わりみたいな顔をして、ぎゅっと目をとじ固まって、からだの色まで真紅まっかっか。りんごサイズの赤ガエル。可愛いや、りんご? 異世界こっちのカエルさん、からだの色が変わるのね。エストラーノふしぎ


 ……ていうか、だいじょうぶ? ゆであがってない? アロアロもしもし


 つんつんつついてじっと見る。すると頭をぶんぶん振るから、いちおう生きてはいるみたい。でもなんで頑なに目をつむってるのかしら。もう石鹸ながしたのに。


「はい、おしまい」

「あ、ありがと!」


 ブローは手のなか跳びあがり、壁のすみっこへいちもくさん! エストラーノへんなの



 びしょびしょ濡れた石の床、これも魔法で乾かすの。おへやの湿気もなくなって、やっぱり魔法はべんりよね。これでお水さえ出せればかんぺき、なのに。


 たらいのちょっぴり残り湯も、目には見えない火の精たちが、あっという間に消しちゃった。お風呂しゅうりょう!



 へんてこ味のする粉で、ブラシでごしごし歯みがきしたら、お休みタイムの準備かんりょう。


「ええっ、また寝るの!?」

「夜なかですもの。夜ふかしは美容のたいてきよ!」

「だって昼からずっと……」

ジュマモックいいの! 寝る子は育つの、いろいろと!」



 深夜すぎから朝まで眠って、お昼すぎか夕方から夜中まで眠るのが、だいたいわたしのいつものスタイル。寝てばっかり? 細かいことはいーのよ。


 ちゃんといろいろ頑張ってるもの。あと、お勉強で頭がお熱。脳みそ休めて覚えたことを、きちんと定着させなくちゃ。けっして読書に耽溺たんできをして、ごろごろ好きに眠れるくらしを、満喫しているわけじゃないのよ。ほんとだってば!



 いっぱい寝ればおっきくなるはず。






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