第3話 夢の国で踊りましょう






 ――クリィィ……



 音を抑える魔法のかかった、おおきなオゥクかしのきの扉をあけて、そこにひろがるルペイデレェヴゆめのくに――


 これがお城の図書館よ。


 この図書館はお城のなかの、ひろいひろい区画なの。扉のさきの向こうには、おおきな吹きぬけロビーがあって、その奥は読書用のサロンになってる。


 ロビーの両脇にあつらえられた、ゆるりと弧をひく階段きざはしは、二階の書棚室へと繋がってるわ。書棚室はいっぱいならんでて、ジャンルごとに分かれてる。そのなかの書棚には……ミオディオなんたることか! 本がぎっしり! ビブリオマニアどくしょぐるいには天国よ。ティアーモだいすき


 これぞまさしく、おとぎの国ね。いかにも中世な感じのこっちだけれど、さすがは大国ポワーヌね、世界じゅうから集めたみたい。


 これだけならんだ本の山、これがぜんぶ手書きの写経――じゃなくて、写本ね。ちなみに写経のお授業は、悪夢のひとことだったのよ。ミミズの自由研究かと思ったわ……。


 こほん! それはともかく。ゴーティークゴシックな飾り文字や精密な挿絵、アンティークな装丁や羊皮の芳香。どれもこれもが夢のよう。古めかしいロマネなアカンサㇲもちらほらあって、わたしはついつい、うっとり心地で、わりと目的を忘れがち。気づくと時間が飛んでるの。エストラーノふしぎね


 ……まぁ、あくまでも、お城のなかの、おおきなおへやよ。図書“館”というより書庫とか図書室。でもぴんと来ないから、わたしは図書館と呼んでるわ。


 ああ、ビブリオテッキュとしょかん! なんて素敵な響きなの! リーヴㇵほんのならぶエタジェーㇵほんだな! クヴェㇷチューㇵほんのひょうしメゾアガトゥーおかしのいえよ! セタグレアーブㇽここちいい



 わたしはここで魔法書かりて、魔法の呪文のお勉強。ついでに魔女の呪いとやらを、いっしょうけんめい調べてる。でも、ここは殿方たちがよく通るから、この場で読むにもゆかなくて。それで、えっちらおっちらおへやまで、借りては返しの繰りかえしってわけ。


 お城のみんなは知識をだいじにしてるのね。インテリゲンチャちしきじんのイケメンなんて、ちょいと素敵じゃないかしら。サアッジョけんじゃね!



 それはそれで良いのだけれど、げんざい緊急事態ちゅう。わたしが二階の書棚室から、ご本をかかえて出てくると、階下のロビーに殿方たちが、ぞろぞろ集まってきていたの! オゥララ-あらら、かち合っちゃった。


「ゾンビだ……。やっぱりここも、ゾンビだらけか」


 頭の上でカエルさん、おののき震えて小声でこそり。


「騎士がひとりに衛士がいっぱい! よりにもよってあの騎士は、ルネ・セㇵヴェル・キュヴィエだ! 手数にたけた策士だよ!」


 シィアㇵサー・ルネは線がほそくて、切れなが青目の知的なイケメン。灰色の髪はさらさらで、優しいけれど、言葉すくなで、なんとなくどこか陰がある。それがちょっぴりドキドキしちゃうの。


 まんなかの名まえのセㇵヴェルはあざなで、“切れもの”くらいの意味かしら。


 通称、“書の騎士”。図書館の擁護者で、よくこっちで見掛けて挨拶してた。本の場所をたずねたら、さらっと場所を答えるの。この蔵書量でよ? 司書さまよりもあざやかだった。べんり! ってちょっと思っちゃったけど!


 べつに魔法つかってるわけじゃないけど、ほんのすこしひんやりするよな、そんな雰囲気まとってた。


 でも、策士っていっても、ゾンビだからね……。生前の、彼のままなら、手強かったんでしょうけど。



 ちなみに戦いを生業とする殿方の種類には、騎士と衛士と兵士がいるわ。上から順は装備の質で、下から順はガチムチ度。騎士はそのまま、みんなのご想像どおりの貴族さま。つまりナイトよ、素敵よね! でも総数じたいはすくないわ。衛士はうーん、警備員さん? 兵士の説明はいらないわよね。聖ポワーヌ王国がほこるエレゴンエレガントなガチムチ兵たちは、お城の裏手のおおきな畜……宿舎に詰めこまれてるわ。ゾンビになっても出てこないのは、宿舎のなかでふらふらしてる……からだと思う。そのままの貴方でいてね。プレィフェリレイそっちのがすきよ。



 生きてたころの記憶がちょっぴりけ、残ってるっぽい殿方たちは、生前の行動スタイルを、えんえん繰りかえす傾向があるの。この殿方たちも、きっとここが巡回ルートだったのね。


 ゾンビだからか、でもいまは、ふらふらよろよろ頼りない。あ、止まった。……うーん、待ってても出ていってくれなさそうね。これじゃあわたしが帰れない。


 仕方ない、一丁、やりますか! わたしは抱えてた何冊ものご本と、魔法のランタンを床に置き、羽織ったショールを脱ぎすてた。


踊るわ・・・

「ええっ?」



 《星よ、星よ、星たちよ、みんなの光をちょっとずつ、わたしに分けておとしてね。ルイーテ・アロス・ブリィエ・アスティル!》



 こっそり唱える魔法の呪文で、星の光にアリュマージュひをともす。みるみる集まる淡い光が、スポットライトをわたしにおとす。さあアレ恋におちましょうスロンセドンラムーㇵ



 ――こつん!



 静かな夜の階段にエスカリエ、ブーツのかかとが音たかく。いっせい振りむく殿方の群れ。わたしはどうどう階上で、星のあかりをあびながら、きらきら光ってあらわれる。


「赤い鳥を追いかけて、ぜんぶ買ってるメェルヒェンメルヘン! 原書もなかなか手ごわいもので、文字をなぞって日がくれる! ふみに酔って字に惑い、学びかさねて文学迷宮、ビブリオマニアの明日はどこ! サァッジョ! お城でこそこそ図書館ねずみどくしょぐるい、聖女リリアナここに参上! おとぎの国の“皮なめこねこ”ちゃんたち、できるものなら捕まえてごらん!」


 とつぜんそらから輝いた、うるわし聖女の登場に、ときめきざわめく殿方の群れ。さあさ、いっしょに踊りましょ。舞踏会のはじまりよ!


 夜の夢の書の森で、殿方たちときらめく乙女が、クイックステップをたのしむの。



 イケメン騎士がひとこえあげた。



 ――おおあ!


 ――おあああああああああ!



 コマンダントしきかんどのの命令いっか、なだれをうって迫りくる、鎧すがたの野郎ども! どたどたがちゃがちゃ、ぎくしゃくと、花束たくさんふりまわし、死んだ目をしてお誘いに。


 わたしはにっこり微笑んで、スカート摘まんでご挨拶! 余裕たっぷりスカートばさあ。さあおいでなさい、仔猫ちゃん。ヘットの壺ならここにある。



 ――どごん!



 十二ゲージの雷鳴が、一番槍のお誘いに、華麗にこたえて唸りをあげる。恋にうたれてどたどたごろごろ、うしろのみんなを巻きこんで。これがお城の階段おちよ。ヴラーヴォすてきね


 “猫の居ぬ間にねずみが踊る”? ノンノン、猫といっしょに踊ればいいのよ。



 ――ひゅんっ どすっ



「あら」

「リリアナ! 矢が! 矢が肩に!」


 見ればイケメン騎士が矢をつがえてる。オゥララ-、飛び道具とは卑怯なり! わたしはひょいと二の矢をかわして、階段上からスロンセドンみをなげる


 そのままリュストㇵシャンデリアのふちを掴んで、勢いつけてくるっと跳躍。切れものイケメンのそのうしろ、いっしょに弓を構えてた、二人の仔猫にダブルでキック。きらきら聖女のクイックシャッセに、スカートふんわりサービスショット。ごめんあそばせ!


 美事とらえたふたつの首は、ウッドペッカータップスで、わたしのブーツが踏みくだく。あら、いい音!


 振りかえりざまに乙女のポンプ。あざやか魅惑のテレスピン。あわててこなたに狙いをかえす、インテリゲンチャイケメンきしに悩殺ヘッショ。頭のなかまで恋の花。ごきげんよう!


 群れを倒すにゃ頭から、にゃん! はなをかぶったねずみがわらう。花ちるなかをわたしは駆けだす。



 つぎつぎ飛びくる殿方たちの、熱いヴェーゼにからだ震わせ、わたしは速度をあげながら、手あたり次第に撃ちまくる!



 ――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ



 撃てば舞いちる恋の花びら。くれない吹雪を蹴ちらして、わたしは壁を駆けのぼる。ハーフシャッセにステップホップ。走りながらにたまこめて、ももに刺さった槍を抜きすて――って、あらやだ、スカートがやぶけちゃってなま足ご披露。まったくとんだ大胆ファッション。疾走はしる聖女の白い足。白い柔はだ白いドレスに赤いリボンに花柄コーデ。すみれのお花も咲きほこる!


 殿方たちもメートルあがって、投げる花束喝采も、勢いふえてメラヴィリオーゾとってもすてき! 舞踏会は花ざかり! あはっ!


「わああああ! リリアナ! リリアナ!」

シャッテュァマウㇲおくち とじてて! 舌ぁかむわよ!」


 頭の上でブローの悲鳴。頓着せずにわたしは走る。走る、走る、どんどん疾走はしる。背後にどかどか槍や矢が、壁や絵画に刺さりまくって、花瓶や窓がアコンパニユモンばんそう かなでる


 壁を踏みしめ重力おきさり、わたしの視界もぐるりとまわる。殿方たちは横から上から、たおやか聖女の艶すがた、とっくり眺めて熱い目で、喉もさけよと喜びの歓声こえ


 わたしはそのまま、天井まで駆けのぼり、ハイホバースウェイもしなやか眩しく、両手ひろげて仰むけに、ふわりとお空に身をまかせ、くるっと背面一回転! こんどはリュストㇵシャンデリアに飛びのって、足をひっかけぶらさがる。


 勢いそのままぐるぐると、眼下で見あげる殿方たちの、頭にお花を飾ってまわるの。



 ――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ



 薔薇の舞いちる赤い園。くるりくるりくるくると、白いドレスの聖女がまわる。これがお城の舞踏会。


 猫も杓子しゃくしもやんやの喝采、わたしは実包くわえたままに、みんなに笑顔をふりまくわ――



 やがて静かに幕はとじ、アンコールのもどさどさ高く、わたしはくるっと降りたって、星のあかりのカーテシー。今宵はここまで、ボンヴトゥーㇵよき おかえりを






「リリアナ! 矢が! 矢がいっぱい刺さって……ああ、折れた槍まで……」

「男の子でしょ、騒がない」


 わたしはそっとバティストの、レースのハンケチくちに咥えて、てばやく矢をぬき床にぽいっ。


 ふわっと光を放ちつつ、咲いてた薔薇がつぼんで消えて、みるみる癒えるわたしのからだ。ドレスは破れたままだけど。そこはアレスクラーへいきよ、ひみつがあるの。


 むむむ、いつものことだけど、背なかはちょいと抜きにくいわね。よいしょっ。……あらやだ、おしりにまで! 乙女のおしりをなんだと思ってるの。失礼しちゃうわ! えっち!


「リリアナ、君はいったい……」

「わたしは聖女。癒しの乙女・・・・・。死なない限りは、死にゃしないのよ」

「聖女ってそういうものだっけ……?」


 わたしは頭の上で首を捻ってるらしいカエルさんをそのままに、ご本を取りに踏面ふみづらのぼる。



 細かいことはいーのよ。






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