第4話 前説

「もう俺はちゃんとした人生を送ることにしたんや。こんな不安定な生活いつまでもつ図けられん。せやから、ゲンちゃんには悪いけど、もう俺らは今日で解散や。」

毎回。いつも。絶対に。

俺がステージに立つ前はいつもそうや。

タッツーの困った顔と、震える声で言ったあの言葉がよみがえる。

タッツーとは高校の同級生だった。

文化祭で一緒に漫才をやったら、意外に好評で。

俺らはいい気になっていたんやと思う。

大学に進んでまで勉強なんざしたくなかったから、二人でお笑いの養成所に入った。

軽い気持ちやった。

俺らなら、プロでもやってける。

そんな風に思ってた。

でも、現実はそんなに生易しいもんやなかった。

いや、よく考えたら、俺らが上手く行かんかったのなんて、至極当たり前のことやったんやと思う。

あんな、何の努力もせんと、なんとかなると思っとったんやから。


タッツーがお笑いをやめてから、俺は本気でお笑いにのめり込むようになった。

それは、どこかで、自分の甘さのせいでタッツーがお笑いをやめてしまったような気がしてたからやと思う。

それまでとは比べ物にならんくらい頑張った。

せやけど、なかなか上手く行かんくて、なんとなく思い立って、なけなしの金で上京した。

お金がなかったから、家賃の安いこのアパートぐらいしか住むところが見つからんかった。


こんなボロアパート、誰が住むねん。

最初はそう思っとったけど、案外これが良いところやった。

生活の質は想像通りやねんけど、今の相方に出会えたんはここに越してきたから。

ここに越してこんかったら、会われへんかったし。

何より、今みたいにそこそこ芸人として飯食ってくことすらも叶わんかったと思う。


あのころとは比べ物にならないぐらいの大きなステージで、隣に立つ相方をちらりと見て思う。

タッツーとのコンビ解消せんかったら、東京に来んかったら、あのアパートに住まんかったら、こいつに会わんかったら、俺はここに立ってないんやなと。

人生、どこでどんな選択をしたかで大きく変わってくる。

良いほうにも悪いほうにも。

今、引っ越そうと思ったら引っ越せる。

せやけど、俺はあのボロアパートが。

相方と会えたボロアパートが結構好きやから、きっとこれから先もここに住み続けるんやと思う。

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