第3話 蜜柑

まだ僕が四角い鞄を背負って、四角い箱に通っていた頃。

上手く周りと馴染めなかった僕は、毎日のように休み時間を一人図書館で過ごした。

ある日、一冊の本を見つけた。

今でもその衝撃を覚えている。

僕はたった6ページのその物語を何度も読んだ。

読むたびに新しい発見があったから。

それから十数年。

僕の毎日はどれだけ書いても、思うように評価されることのない文字の羅列を生み出すだけ。

僕の部屋はいつしか、自分が吐き出した死にたいの粒子で埋め尽くされるようになった。

吸い込んだ空気のあまりの重さにせき込む。

全く走ることなないペンを置き、机の上に無造作に置かれた蜜柑を取った。

一昨日、お隣さんにもらった蜜柑。

このアパートのすべての部屋を回り、たった1つずつの蜜柑を配るお隣さんが、あの小説の中の娘と重なり、自然と笑みがこぼれた。

案外捨てたもんじゃないのかもしれない。

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