第4話 私は声を聞いた
翌日、さっそく探索に出かけた。
このチムニーの丘の上へ登ることができれば、あの島のことをより詳細に知れるのではないかと考え、登れそうなところを探す。
しばらくすると湿原に出た。靴を脱いで入り歩いていると、湧き水を発見した。これで飲み水に困ることも無くなりそうだ。
食料は米がまだまだ残っていたため贅沢を言わなければ、当分何とかなりそうだった。
幾多の困難を乗り越えた私は、頂上にたどり着いた。
いや~本当に大冒険であった。元の世界に戻れたら、この冒険を本にまとめ上梓しよう。
そこから360度見渡した。そしてここが島であることがわかった。
先細りの壺の形をしている。それほど大きくはなく、最長の部分で3、4キロほどあるようだ。
私が島と思ったものは岬の一部分らしかった。
全景がわからないほど、陸地がひろがっており、大陸の一部かもしれない。
やはりあそこへ辿り着くことがスタートになるのだと私は感じた。
明日からあそこに向かうための行動を開始しよう。
翌日は朝から雨が降った。
カッパを使い、雨はほとんど入らないようできたが、チムニーの中はジメジメとし寒々しかった。
相変わらず食欲はなく、ずっと寝床でゴロゴロしていた。
そして五条さんのことを思った。五条さんは私が所属するグループにともに所属している女の子である。
髪を薄く茶色に染めており、見えない内側にはメッシュも入れている。
それを私に悪戯っ子の笑みを浮かべ、見せてくれた時は眼福であった。無茶苦茶可愛かった。
今頃何をしているだろうか。
消えた私のことを少しは悲しんでくれただろうか。
当たり前にあった日常が綺麗さっぱり消え去ったのだと実感した。
しかし、考えてみればそれほど異常でもないのかもしれない。
例えば自然災害や刑事罰に問われたり。それが冤罪だったりしたら。
まっとうに生きていても、不運に巻き込まれて、唐突に日常を奪われてしまう。
なんとか弱き存在なのだろう。
雨の音が響いている。この二日間の、劇的な環境変化からくる興奮も鳴りを潜めた。
突然冷たいものが心を満たし始め、私は怖くなった。
誰かに手を握って欲しい、と思った。声を聴くだけでもいい。
何ゆえこんなところに私はいるのか。立ち上がりチムニー内をうろうろする。
選ばれた人間、ということか?
まさか、これでは罰ではないか。
私は罰を受けるような人間なのか。
もっとそれに相応しい人間は多くいるはず。
バチャバチャと絶え間ない雨垂れ。
あんがい相応しいかもしれない。ここでひとりぼっち、誰にも知られず死んでいく。
孤独を恐れ、自分を偽り周囲と同調したのに。皮肉なものだ。
もともと他者と関わるのは苦手である。一人になると反動のようにどっと疲れが出る。
近くに他者がいても私はいつも孤独ではなかったか。ならいつもと変わらない。
ここは孤独の終着点。誰にも迷惑をかけず、誰の記憶にも残らずに。
4日目の朝、昨日が嘘みたいに晴れ渡った空だった。
私は流木や倒木を集め、筏を作ることにした。泳いでいくには遠すぎると感じていたし、荷物もある程度運べる。
歩き回り使えそうな物をかきあつめた。
そして人の声が聞こえた。
私は動きを止めた。
首筋がゾクゾクと幾本もの針で刺されたようで、汗が吹き出す。
身体を動かすと、その振動が伝播し、この平穏な世界が崩れだすような気がした。
「だ、誰だ?」
私の声はこれほど掠れていただろうか。
あれほど切望したはずの人の気配に恐怖しているのだ。
硬くなった身体をジリジリ動かし、振り返った。
そこには大倉が立っていた。私の高校の唯一の友達だった男である。
彼はキョロキョロ辺りを見渡し、口を開く。
「よぉ高田……その頭、どうしたん?」
髪を染めてから会うのは初めてだった。
卒業後、彼と会ったのは一回だけで、適当な理由をつけて私は会うのを避けていた。
私は突然のことに、うまく頭が回らない。
何気ないふうに汗を拭い、間をとってなんとか返事をした。
「染めたんだ。てかどうして大倉が」
「似合ってへんで」
「……黒髪が似合うという固定概念を俺は打ち破ったんだ。これは進歩だ」
「そうは思えんが。ほー、それで筏でも作る気か?ロープはどないすんねん?」
「布団を細長く裂いて使おうと思ってる」
「なるほど。悪ないな」
大倉は私の周りを歩き回り、私や木材を眺めていた。
「君はどうやってここに?」
「絵、描いてるんか?」
大倉は私の質問には答えず、じっとこちらを見つめていた。
私は大倉に今の自分を見られたくないと思っていたのだ。
学校の中にうまく居場所を見つけられない私たちは、自然と友達になった。
共に違う憧れを持ちながら、それぞれ目指すところがあることを、口には出さないがお互いに認め合う関係だった。
つまり、フィールドは違えど共に戦う仲間のような、そんな存在にお互い救われてもいたのだ。
しかし今の私はその頃の自分とかけ離れた存在になっていた。それを彼に知られたくなかった。失望されるのではと恐れていた。
私は自然といつもの愛想笑いを浮かべている自分に気付いた。
「……いつまでも夢なんか見てらんないだろ」
振り返ると大倉は、跡形もなく消え去っていた。
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