第2話 私は現実を直視した
私は漫画やアニメで、主人公が異世界に転生してウハウハ人生を謳歌する物語を多少なりとも嗜んでいた。その中でもパターンがいくつかある。
まずはそれを見極める必要があるだろう。
しかしずいぶん不親切な転生ではある。
まず私の格好は下はパジャマ、上はよそ行きのシャツである。足元は靴下のみ。持ち物はない。
足を怪我しないよう、忍び足で移動を続ける。
そのうち絶世の美女もしくは幼女との邂逅、または凶器を持ったモンスターに襲われ私の非凡なる能力が開花、後に美女から手ほどきを受けるに違いない。
見覚えのあるモノを見つけ、駆け寄った。
私の寝床一式だ。
このジャングルの中に突如として現れた人工物。あまりの周囲とのギャップのせいかそれは光って見え、私は少しだけ泣いた。
それから私は周囲をかけずりまわり、あらゆるモノを集めた。
それらは私のワンルームにあるはずの品々だった。
部屋のモノごと転生とは、珍しいかもしれない。
服を着替え靴を履き、ちくわをむしゃむしゃ食べ、タバコを一本吸った。
普段見慣れたものに囲まれると、とてつもない安心感を得られる。未だジャングルに囲まれているが、また少し落ち着きを取り戻した。
テレビや冷蔵庫等の大きいものは運ぶのを諦めた。どのみち電気製品など、ここでは使えない。
もちろん、携帯電話を開いてみたが圏外だ。なんせ異世界、覚悟はしていたが、こうなると携帯もガラクタに等しい。
まずは生きねばならない。
水、食料は冷蔵庫の中にあるが、もって2日3日だろう。安全な寝床もいる。
絶世の美女も手ぐすね引いて待っているはず。
ともかく行動だ。
いつ敵に遭遇するかわからない。包丁と突っ張り棒を武器として携える。
道があるわけでもないので、道しるべ(ペットボトルのキャップ等のゴミ)を残しながら進む。
鳥が羽ばたき、鳴き声をあげ、それに応えるように風が吹いて枝葉を揺らす。
足を踏み出すごとに音がする。パキッとかクシャとか。
木漏れ日が地面にまだら模様を描く。そうか、後頭部に時々感じる熱は太陽光のせいか。
いつもなら、今頃は大学で講義を受けているだろう。
大学生活は想像以上に暇であった。
講義も自分で選べてまともに受けずとも単位取得できるものも多い。必然的に学業以外へと時間の利用はシフトしていく。サークル、バイト、飲み会等。
しかし人生最大のモラトリアム期間たる大学生活でも、厄介ごとはあるものだ。
難解かつ目的の見えない実験、そこから得た結果を数値計算しレポートを作成する。それは暗中模索、五里霧中であり、コピペである事を悟られないよう前例のない改ざんへの挑戦である。
またそうして教授を呪うほど四苦八苦し終わらしたレポートを写させて欲しいと依頼を受けたり、講義の出席管理簿へのサインを頼まれたり……
パシリではない、決して。
それを認めることはスマートフォンの検索履歴を公開することと等しい困難をともなう。
しかし未開の地を進むのも大変な困難を伴うのだと思い知る。
行手を阻む植物の生命力にはうんざりだ。
包丁で切り開き、少しずつ進む。
景色に変化があった。
足を早める。
私の呼吸は知らず知らずに乱れ、心拍数が上昇した。
ジャングルを抜けた先は、青い海が広がっていた。そしてその先には、小さな島影があった。
海を見ながら砂浜を歩き、この世界のことを考えた。
見慣れない植物があったりもしたが、海は見るからに元の世界と変わらない。空も変わらない。
緯度経度が変われば生態系も変わる。
つまりいまいち異世界感に欠けるのである。
なんせ一向に人に出会わない。ましてモンスターなど。
助けてくれる味方もいなければ、倒すべき敵もいない。
徹底的にひとりぼっちだ。
私は薄々感じていることから目を逸らすのをやめた。
「異世界転生というか、漂流じゃね?……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます