第57話 MOTHER2
「この度はうちの娘が迷惑をおかけし、本当に申し訳ございませんでした」
「いえいえ。こちらこそ、なにも把握しておらず申し訳ありません」
母親同士が頭を下げ合う光景を見せられ、俺の居たたまれなさは限界値を突破した。
さっきまで味噌煮込みうどんを食っていたダイニングテーブルを慌てて片付け、今はそこで母親同士が顔を突き合わせ、謝罪合戦をしている。
俺はといえば、マイマザーの隣で身を縮めることしかできない。
先輩のお母さんに関しては、以前写真を見せてもらったことがある。そのときも『よく似てるなぁ』と思ったけれど、こうして実物を間近で見てみると、ますますそっくりだ。
目元や口元にシワはあるけれど、美人なことには変わらない。
スタイルも非常によくて、パンツスーツがよく似合っている。
というか、俺んちに来るのにわざわざスーツを着てきたということは、最初からかなりガチめの謝罪をする心積もりだったんだ……。
先輩のお母さんは一旦頭を上げると、心底申し訳なさそうな表情をして、はぁ、と小さく息を吐いた。安堵の息じゃなく、極度の緊張からくる重い嘆息のように思えた。
「わたしの監督不行き届きです。しっかりした娘だと慢心して、食費だけ渡して放任しておりました。その結果、
今にも泣きそうな先輩のお母さんの姿を見て、血の気が引いた。俺が善意(と下心)でやっていたことは、とてつもない大罪だったんだろうか。
恐る恐るうちの母ちゃんの顔色を窺い……驚いた。
決して怒っているわけでも、呆れ果てているようでもなかったから。口元は柔らかく緩んでいる。
「こちらこそ、豪が、誰かのために弁当や料理を作っていることは感づいていましたが、放置していました」
「!?」
母ちゃんの言葉に、俺はぎょっと目を剥く。こみ上げてきた『ええっ!』という叫びを、なんとか喉の奥に押し戻した。
「豪はまだ十五歳ですが、道理を十分に
けれど、他所様の大切な娘さんに料理をふるまうことの重責を、きちんと説き聞かせるべきでした。アレルギーや食中毒の問題もあるでしょう。現に、こうして相手方のお母さまに多大な心配をおかけする結果になってしまいました。まことに申し訳ございません」
ゆっくりと落ち着いた口調で言ったあと、母ちゃんは改めて頭を下げた。
先輩のお母さんは、顔をくしゃくしゃに歪めて、何度もかぶりを振る。
「いえ、言い出したのはあきらの方です。責任はすべてこちらにあります。しかもあきらは、食費等をまったく支払っていない、と言っていました。本当に情けないことです……」
この物言いから察するに、先輩は相当こってり絞られたんじゃないだろうか……。強烈な罪悪感が生まれ、俺は膝の上で拳を握り締めた。
「巴さん、落ち着いてください」
うちの母ちゃんはあくまでも冷静、いや、穏やかだった。先輩のお母さんと目が合った瞬間、なだめるようににっこりと笑う。
それから、俺を見た。
「ここはひとつ、当人に話を聞いてみませんか?」
俺を真っ直ぐ見る母ちゃんの目の中には、相変わらず怒りの色はなかった。俺を信頼し、支えてくれるような温かい眼差し。
母ちゃんの想いに応えなくては、と俺は
立ち上がり、先輩のお母さんに身体を向ける。そして直角に腰を曲げた。
「まず、謝ります。勝手なことをして、本当に申し訳ありませんでした! 俺、家族以外の人に料理を作るということを、軽く考えていました! 素人が気安くやっていいことじゃありませんでした!」
腹の底から声を出す。これが、ガキの俺ができる精一杯の『誠意の示し方』だった。
「食中毒についてももっとよく考えるべきでした! もちろん衛生面には十分注意していますが、万が一のことがあったとき、未成年の俺ではなく、両親に責任がいくのだと今ようやく思い至りました。
費用に関しても、俺が断っていました。代わりにお菓子なんかをもらって、これでいいやと思っていましたが、それも俺の一存で決めていいことではありませんでした!
結果、巴先輩のお母さんに心配と迷惑をおかけしてしまい、本当にすみません!!」
しばらく頭を下げ続けたあと、恐る恐る顔を上げてみる。すると、先輩のお母さんはびっくりしたように目をまたたかせていた。ああ、先輩によく似ている。
「でもこれだけは信じてください。俺は決して、巴先輩に強要されたわけじゃありません。俺が作りたくて作っているんです。
先輩は、俺の作る飯を褒めてくれました。料理を作る俺をカッコいいと言ってくれました。それがとても嬉しくて、先輩に報いたくて、自分から望んでそうしているんです」
だから先輩のことを責めないで欲しい。そう切実な思いを込めて、先輩のお母さんを見つめる。
「
ですが、もし許していただけるなら、今後も先輩にお弁当やごはんを作ってあげたいと思います。衛生面には今まで以上に気を付けます。材料費も、母と相談します。
先輩のことは、暗くなる前に俺が責任もってお家へお送りします!」
たぶん、言いたいことは全部言えた。これが今の俺の正直な気持ち、俺ができることのすべて。
けれど、たかだか高校一年生のガキが言うことを、どこまで先輩のお母さんが信じてくれるかはわからない。
現に先輩のお母さんは、戸惑いをあらわにして俺を見つめてきている。
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