第49話 二人で囲む食卓 その1

 ごはんが炊き上がったので、さっそく作ったものを食べることにした。

 時刻は十七時半で、いつもよりだいぶ早い夕飯タイムになるけれど、まぁいいだろう。


 食卓に並ぶのは、ごはん、味噌汁、焼きさけ、厚揚げと小松菜の煮びたし、卵焼き。


 改めて眺めると、かなり地味というか……パンチに欠ける献立だと思う。食べ盛りの高校生には相応しくないかもしれない。初心者向けの料理を作らねば、という方に意識を取られ過ぎていた。


 けれど先輩は、初めて俺の弁当を見たときのように瞳を輝かせている。


「こんなごはん、初めて~!! ねぇ、写真撮ってもいいかな?」

「はい、好きにしてください」


 スマホを手に構えた先輩は、いろいろな角度からカシャカシャと撮影を始めた。そうしながら、恍惚としたような声を発する。


「ああ、こんな絵に描いたような家庭料理、食べられる日が来るとは思ってもみなかった……」

「そうですか……」


 先輩がどれほど家庭の味に飢えているのか、痛いほどに伝わってきた。

 俺からしてみたら地味な和食の数々も、先輩からしてみたらとびきりのご馳走ちそうなんだ。


 あまり家庭料理を食べてこなかった先輩には、ほんの少しだけ同情してしまうけれど、それはいけないことだ。それぞれの家庭には、それぞれの事情があってしかるべきなんだから。

 現に先輩は、男の俺が家事をすることを、決して否定しなかった。カッコイイと言ってくれた。 


「ねぇゴウくん!」

「どうしました?」

「一緒に写真撮らない?」

「いいですよー」


 ……な、なんですと?

 先輩の物言いがあまりに自然だったから、深く考えずに了承してしまった。


「じゃあ、あそこの棚にスマホ置いて、タイマーで撮っていい?」

「……ふぇ」


 すでに俺の顔は真っ赤っかだ。こんな猿の尻みたいなつらを、先輩のスマホに保存させるわけにはいかない。


「や、やっぱり俺はいいです。しゃ、写真、恥ずかしいので……」

「……そっか~、残念」


 意外にも先輩はあっさり引き下がってくれた。機嫌を損ねた感じはしない。


「うちのパパも、あんまり写りたがらないんだよね。男の人って、そういう人多いのかな」

「た、たぶん、そうなんだと思います」


 男が写りたがらないというのもあるけれど、女性が写りたがりすぎる、というのもあるような気がする。

 でもいつか、先輩と堂々とツーショットを撮れるようになりたい。


 それから、いつも母ちゃんとそうしているように、俺と先輩は向かい合って食卓に着いた。

 いつも隣にいる先輩が真正面にいる、その新鮮な光景に胸が高鳴る。幸い、先輩の意識はごはんに向いているので、俺の動揺を気取られる心配はないだろう。


「じゃあ、いただきま~す」

「い、いただきます」


 手を合わせた先輩が真っ先に箸をつけたのは、茶碗に盛られた白米。いつも混ぜる押し麦は、今日は入れていない。初回はシンプルに『米』の炊き方だけをレクチャーしたかったからだ。


「ん~~っ、炊きたてのごはん、おいしいっっ!」


 先輩の目尻がこれでもかと下がる。

 たしかに、いつも当たり前のように食っている米だけれど、改めて味わってみると間違いなくウマい。嚙めば嚙むほど、自然で優しい甘味が染み出してくる。


「弁当だとどうしても冷や飯になっちゃいますもんね。おかわり、遠慮なくしてくださいね」


 と笑いかけると、先輩はえへへとはにかむ。


「ありがとう……。うちにも炊飯器あるけど、滅多に使わないから……。でも、お米の研ぎ方も教えてもらったし、今度自分で炊いてみるよ!」

「わからないことがあったら……い、いつでも連絡くださいね」

「うん、そうする!」


 元気のよい先輩の返事に、俺は『どうかわからないことがありますように』と願わずにいられなかった。どんな些細ささいなことであろうとも、先輩から連絡がきたら嬉しい。


 なによりも、二歳の年の差を埋めるために、頼れる男であることをどんどんアピールしていかなくては。


「わぁ、厚揚げも味がよく染みてるね」

「そうですね。煮物は、冷めるときに味が染み込むので、放置しておけば勝手にだし汁の旨味を吸ってくれますよ。炒め物だと、味付けはどうしても時間勝負になりますけど、煮物だったら焦らずゆっくり作れるから、ほんとオススメです」

「うんうん、そういう実用的なアドバイス、助かるなぁ」


 先輩はホクホク顔で小松菜を口に含む。そしてすかさずごはんも食べて、さらに表情をとろけさせた。ああ、かわいい。


「でも、どうしていきなり料理を覚えようと思ったんですか? やっぱりご両親のため?」


 雑談感覚で尋ねてみると、卵焼きの甘さを満喫していた先輩は、驚いたように目をまたたかせた。それから、照れたように笑う。


「うん……まぁね」


 口元に柔らかい笑みを残したまま、俺を正視した。


「わたしがそう思うようになったのは、ゴウくんに感化されたからだよ。家族のためにごはんを作るゴウくんの姿に、本当に心打たれたから。わたしも、ゴウくんみたいになりたい。少しでも、パパとママの力になりたい、って思ったの」

「そ、そうですか」


 今度は俺が照れてしまい、テーブルの木目に視線を落とした。

 この答えは予測できていたけれど、改めて言われると小恥ずかしい。なによりも、俺を見つめる先輩の眼差しがあまりに温かかった。


「まぁ、今さら~って感じもするし、塾とかもあるから毎日は無理だけどね。それでも、時間のあるときはあったかいごはんを用意して、二人が帰ってくるのを待っててあげたいなぁって」

「ご両親、絶対に喜ぶと思います」

「だといいな」


 そのときのことを想像したかのように笑う先輩。その夢が一刻も早く実現することを、俺は心から祈った。

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