第50話 二人で囲む食卓 その2
「わたしが料理を覚えたいのはね、パパとママのためだけじゃないんだ」
食事を続けながら、先輩はそんなことを言う。焼き
「来年のことも考えて、ね」
「ら、来年……ですか?」
俺にとっては想像もつかないような未来のことを、先輩はつい数か月後であるかのような気軽さで語る。
「うん。一人暮らししようと思ってるの」
「まさか、東京の大学に行くんですか?!」
真っ先に脳裏に浮かんだのは、安元先輩の真面目腐った顔だった。
大都会TOKYOで幼馴染のラブラブキャンパスライフ。授業終わりはどちらかの下宿先に帰ってイチャイチャタイム。
そんな絶望的な妄想が脳内に広がって、さーっと血の気が引いた。
「え~? 東京なんて行かないよぉ~」
先輩にアハハと笑い飛ばされ、俺は「そうですか……」と気まずさに身を縮める。俺ってば、安元先輩への劣等感をこじらせすぎている。
「第一志望はN大だよ。家から通えない距離じゃないんだけどねぇ~」
先輩の希望進路が県内だったことに、俺は密かに胸を撫で下ろす。けれど離れ離れになってしまうことに変わりはないし、大学生と高校生の生活ってぜんぜん違うんだろうな。やっぱり胸が痛い……。
「料理を覚えて、パパとママにふるまって、ちゃんと自活できることをアピールしたい、っていう魂胆があるの」
「一人暮らしすること、反対されてるんですか?」
「ママは好きにしなさいって言ってくれるけど、パパは渋い顔するんだぁ~」
と、先輩はくちびるを尖らせる。
そりゃあ、こんな美人の娘を一人暮らしさせたら心配だろう。俺だって心配だもん。
でも、先輩の一人暮らしが実現したら、俺にとっても好機到来かもしれない。金曜日の夜に泊まりに行って、日曜日に帰ってくればいいじゃないか!
先輩の家で料理を作ってもいいし、タッパーにいろいろ詰めて持って行ってもいい。反対に、先輩に料理をふるまってもらうものアリだ。
そ、それから…………。
俺ってば妄想膨らませすぎ。まだ付き合ってさえいないのに。
先輩の下宿先にお邪魔する権利を得るには、まだまだ多くの壁を乗り越えなくてはならない。
「ゴウくんは、進路のこと考えてる?」
唐突な質問に、俺はしどろもどろになる。先輩の瞳の中には、
「い、いえ、まだぜんぜん……」
ついこの間に高校受験が終わったばかりで、さらにその先のことはまだ考えられない。
「先輩として、いつでも相談に乗るからね」
「ありがとうございます」
現状の気持ちとしては、『俺もN大に行きたぁい』だ。あとから大学のホームページ見てみようっと。
「一人暮らしに備えて、手軽にできる料理もお伝えしなきゃですね。やっぱり野菜が多めにとれるのがいいですかね」
「そうだね!」
俺の提案に、先輩が勢いよく賛成する。
「わかりました。あと、なにかリクエストあったりしますか?」
「うーんとねぇ……できるだけ早く習得できて、失敗しづらい料理ってあったりするかなぁ? もし可能なら、『父の日』にパパへ料理をふるまってあげたくて……」
遠慮がちな先輩の言葉に面食らった。思わず壁のカレンダーに目をやったけれど、遠すぎてわからなかった。
「たしか父の日って、今月じゃあ……?」
「うん、再来週。ちょっと間に合わないよねぇ……」
先輩は諦めたように苦笑する。
俺たちの料理レッスンは毎週水曜日だけ。つまり、
「次回も今回とまったく同じものを作って、習熟度を上げますか? もしくは、ある程度お手軽に作れるカレーはどうですか?」
「あ、カレーいいね! 家族みんな好きだし!」
「じゃ、決まりですね。よほど無謀なアレンジさえしなければ、食品会社が技術の
肩の力を抜いてもらうために言ったんだけれど、どうやら余計な一言だったらしい。先輩は不服そうに頬を膨らませた。
「え~っ、それってわたしがいかにも無謀なアレンジしそうな子みたいじゃない!」
「い、いえ、決してそんなつもりは……」
俺は慌てて首を横に振る。しっかり者の先輩のことだから、料理に対して奇想天外なアレンジを加えるとは思い難いけれど……。
でも、初心者ゆえの無鉄砲さを発揮する可能性はなきにしもあらずだ。卵を割るときの、ギンギンにキマった目を思い出すと、薄ら寒くなる。
「とりあえず来週の水曜日、一緒にカレーを作ってみましょう」
「わかった。ジャガイモとか切るのに包丁使うよね! なんか興奮してきた!」
「…………」
先輩の言葉に、激しい不安を抱かずにいられなかった。
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