第47話 料理が始まったら、どうなってしまうんだ?!!
「おじゃましま~す」
しんとした家の中に、先輩の朗らかな挨拶が響き渡る。
「誰もいないんで、遠慮なく上がってください」
なんとか自然な調子で言うことができた。もう俺の心臓はドクンドクンと脈打ちまくって、フルマラソンの直後もかくや、という感じだった。
自分の家に、思いを寄せる女子と二人っきりって、こんなに緊張するものなんだな。
くっ……今からこんなに心乱してしているようでは……料理が始まったら、どうなってしまうんだ?!!
とりあえず先輩をリビングへ導き、ソファへ座ってもらう。
今朝、いつもよりも早起きして念入りに掃除をしておいたから、先輩をドン引きさせるようなものは散乱していないはずだ。
しかし、いつも俺が寝転がっているソファに先輩がちょこんと座っている
「て、テレビ見ます?」
「ううん、お構いなく」
「ええと……ちょっとそのまま待っててもらえますか? 着替えてきます」
買った食材を適当に冷蔵庫へ放り込んだあと、自室へ向かい、制服を脱ぐ。
どんな服を着るかは、数日かけてゆっくり吟味して、もうベッドの上に準備してある。追加でもらった、瑛士のお兄さんのお下がりだ。ボーダーのシャツと、細身のデニムパンツ。
ちなみに今日のトランクスは新品だ。なにか特別な意図があってそうしたわけじゃないぞ、神に誓ってな!
リビングへ戻る前に、一階のトイレを覗き、汚れていないことを確認する。今朝、裏の裏まで磨きこんでおいたけれど、念のため。
帰宅した直後よりもだいぶ落ち着いた気分のまま、リビングの扉を開ける。
「じゃーん、見て~!」
得意げな先輩の声に出迎えられ、俺はいろいろな意味で面食らった。
扉の前で待機していたらしい先輩は、なんと制服の上からエプロンを着用していた。小花柄の、女の子らしくて非常に可憐なデザインのものだ。
「えへへ、今日のために買っちゃった」
「あ、そうなんですか……」
俺は、それだけ絞り出すのがやっとだった。
だって、エプロン姿の先輩がめちゃくちゃかわいいんだもん!!
特に、制服とエプロンの組み合わせがたまらない。白いブラウスに花柄がよく映えているし、エプロンの裾からスカートがチラチラと覗いているのも、なんだかセクシー。油断していると、視線が足に釘付けになってしまう。
「変じゃない?」
と、先輩がくるりと回る。
ああやばい、後ろ姿も実にけしからん。先輩の背中で交差するエプロンの肩紐が、腰の上で揺れる蝶結びが、俺の男心をこれでもかとくすぐってくる。
俺は今日、一つの悟りを得た。
『脱ぐ』だけがエロではない。『着衣』によっても得られるエロティシズムがある。
でも今は、いかがわしいことを考えている場合じゃない。
料理を覚えたいと真剣に考えている先輩の気持ちに応えてあげなくっちゃ。蝶結びが緩んでますよ、って嘘ついて触らせてもらおうかな、なんて思ったらダメだ。
「わざわざ用意してもらって、すみません。エプロン、かわいいですよ」
理性的な対応をすると、先輩は満面の笑みを浮かべ、「ありがとー!」と言った。
制服にエプロンのという強力な組み合わせに、先輩の
俺は死んだ。
***
エプロンの破壊力から立ち直った俺は、いよいよ先輩と共にキッチンへと立つ。
「まずは、米炊きからですね。時間がかかるんで、先にセットしましょう」
「はぁい、先生」
おどけた先輩の返事に、むずがゆい気分になる。
「先輩は、米を研いだことありますか?」
なさそうだなぁ、と予期しつつ問いかけると、案の定、不安げに眉尻を下げた。
「ないよ。調理実習のときはグループだったから、他の子がやってた。なんかすごく難しいイメージがあるんだけど……。シンクにこぼしちゃいそう……」
「そんな米研ぎ初心者に、とっておきのアイテムがあります!」
俺は意気揚々とシンク下の引き出しを開けて、そこからプラスチックのボウルを取り出す。
「米研ぎ用ボウルです! ほら、水切り用の穴が開いてるから、水を捨てるときに絶対に米がこぼれません!」
「わぁ、すご~い! どこで売ってるの?」
通販番組みたいなやり取りに、苦笑いがこぼれる。
「普通にホームセンターにあると思いますよ」
「そっか、今度見に行ってみるね!」
それから俺は、冷蔵庫の野菜室に保管してある米びつから、二合分の米をボウルに入れた。俺の手際を見守っていた先輩が、首をかしげる。
「お米って冷蔵庫にしまうの?」
「はい、温度や湿度が一定に保てますからね。なによりも、虫が湧かないので」
「生米って虫が湧くの! ハエ?」
「いや、たしか『コクゾウムシ』とかなんとか……」
「知らなかった~! 気を付けよ……」
先輩は青ざめた顔で身震いした。その気持ちはよ~くわかる。俺だって、米に虫を湧かせるなんて
米の研ぎ方をレクチャーしたあと、炊飯器にセットしてスタートボタンを押す。一連の動作を、先輩は俺の間近で見てくれていたから、けっこうドキドキした。
「次に来たときは、先輩が研いでみますか?」
「うん、やらせて」
果たして俺は、先輩の細く美しい指で研がれた米を、平常心のまま食べることができるだろうか……。
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